第26話 鮮烈デビュー

 翌日、僕は朝礼で社員全員を集めた。18歳から32歳まで10名いる。

「急な話なんだけれど、この中でライブをやってみたいなと思う人いないかな?」

 みんなザワザワした。無理もない。なんの前ぶれもなくライブなんて言っているんだから。


「ライブってなんですか? バンドとかですか?」

「いや、バンドではなくて、ギターだけで……。ギターはしずくさんが弾いてくれるんだ」

「へぇ。しずくさん、すごいですね。じゃあ、1名でいいんですか」

「いや、できれば5名ほど…アイドルグループを作りたいんだ」

「アイドルグループゥゥゥ????」


 ―何言ってるんだこいつ状態だよね。こんなの。でも、これしか今のところ良案がない。


「みんな、ライブの練習時間は残業で計上するのでよろしくお願いいたします」

 その時「はい! 私やります!」と声をあげてくれた女性がいた。


「き、北野さん?」僕は少し驚いた。まず手を上げることはないと思っていたから。

「何、店長? 私じゃ何か都合が悪いんですか?」

「い、いや……、ご家族は大丈夫なーと思って」


 北野あかりさんは、32歳だ。5児の母である。

「大丈夫よ! うちには姑さんと大姑さんがいるから! お金儲け、お金儲け、ウシシ」

「あ、そう……。嬉しいよ」

 ―アイドルってさ、32歳でデビューってどうなんだろう…。


 そのとき、僕の隣にいた萌美がしゃしゃり出てきた。

「いや、32歳のオバサンはかなり大歓迎よ」

 ―ああ、萌美さん、僕の心の代弁やめてくれぇ〜。


「コラ、クソガキ! オバサンじゃないわよ!」

「30過ぎてその厚かましさは素質あるわ」

「何、この子。店長追い出してよ!」

「ごめん、僕に免じて。萌美さんはマネージャーなのでみんな仲良くお願いします」

  僕は必死で頭を下げた。

 ―僕だって、こんなクソガキ追い出したいよ。でも今はできないんだよ。


「あの、本当に冗談じゃなくて若くなくても問題ないから」

萌美さんがさらに追い打ちをかける。


 すると一気に4人の手があがった。どうやら、あかりさんが手をあげたことで一気にハードルが下がったのだろう。


 メンバーは次のように決まった。

 北野あかり(32)、西村マリア(18)、園城寺さやか(21)、松井 舞(19)、

中山 雅美(20)、そしてしずくさんだ。


「じゃあ、1ヶ月後にさっそくライブをするから、閉店時間をこれから18時までにします。19時から2時間練習します。よろしくね!」

「はーい! クソガキの教育もついでにしてあげるから」

 メンバーたちも萌美さんの毒舌に負けていない。ある意味安心である。


 反対隣にだまって立っていたしずくさんが、僕に耳打ちをする。唇が触れそうでドキドキする。ああ、やっぱり大人の女性がいい。

「ねぇ、本当にこの作戦で大丈夫かしら」

「多分、大丈夫だよ。確かに30過ぎのあかりさんが入ったことで、この戦法はかなり有効性が高くなったよ」

「確かに。若い子ばっかりだと、ちょっと説明つかないもんね」


 あかりさんとバチッと目があった。

「店長、しずくさん、声聞こえてますよ」と、あかりさんが軽くこちらを睨んできた。

「すみません」

「謝ったらよけい傷つくからっ! ふん、若い子たちに負けないわ」

と、モデルポーズをとるあかりさん。みんなケラケラ笑っている。


 なんだか、楽しいアイドルグループになりそうだ。


 アイドルグループの名前は、先日の鉛筆会議で「カフェ55」になった。グループメンバーからは「ダサい」と不評だが、決まったのだからしょうがない。


 それからあっという間に1ヶ月が過ぎた。マイクや音響機材も全てそろえた。ビラもみんなで手分けして巻いた。鉛筆会議のメンバーたちは、プレスリリースを出した。


 みんな1年かけてアイドルたちを育成したふりをしなければいけなかった。カフェ55の取材記事をみんなこぞって掲載をした。

 カフェは頑張っても50名も入らないのに、5,000名以上のライブへの申し込みがあった。チケットの抽選倍率は100倍を超え、またそれがニュースとして様々なメディアで取り上げられた。


 僕としずくさんは、カフェライブ前日、二人で珈琲を飲んでいた。僕たちはお互いに落ち着かない様子であることに気づき、笑った。


「ああ、どうしても目立っちゃうよな」

「そうよね」

 しずくさんが、コーヒーカップを両手で包み込んで笑う。

 ―ああ、本当はもっと触れたい。できればコーヒーカップになりたい。変態だ、僕は。


「メディアの人間たちが垣根を超えてボランティアで立ち上げたアイドルグループってことになっているからね。そりゃ、紹介するしか無いもん」

「それに、あの作戦をとったから…。だからよけい目立っちゃったよね。なんか私の正体があっという間にバレちゃうんじゃないか不安で」


 しずくさんは、少しうつむいた。長いまつげがダウンライトに照らされ、少女漫画のようにツヤっと輝く。

「大丈夫だよ。萌美さんが言っていることは道理にあってる。僕もちゃんと下調べもした」

「そうね。もっと信じなきゃいけないんだけれど、でももともと敵側にいた人だし。頭ではわかっているんだけれど心が…」

「しょうがないよ、しずくさんは怖い思いを何度もしているんだから」


 僕は何があっても、しずくさんの理解者だ。そう言いたいけれども、勇気はでない。今、これ以上彼女に動揺を与えてはダメだ。それに、恋人になれるわけがない。彼女には、想う人がいる。たとえ、もう届かなかったとしても……。


 でも、手だけは……。そう思って彼女の手に指をだんだん近づけていった時、僕としずくさんのスマホが同時に鳴った。くそ、いいところだったのに。


「あ、萌美さんだわ」

「僕も」


メールを開くと、とんでもないことが書かれていた。

ああ、前日に何をやってくれているんだっ! もうっ!

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