第47話 木と石

ディアードは焦っていた。


サニールの手がかりが何もないうえ、さらに悪いことには、街のいたるところに、ゾンビなどの下位の死霊アンデットが出現し始めたのだ。


陽魔法の生徒二人と、行方不明のサニールの捜索を手伝っていたディアードだったが、事態は解決どころか、悪化している。


恐らくカローナの偽物だろうが、神出鬼没で、死霊アンデットが暴れているという知らせを聞いて駆けつけても、偽物カローナの姿はすでになく、不毛なイタチごっこが続いた。


何よりも数が多すぎる。この死霊アンデットの召喚数は尋常ではない。


本物のカローナでさえ、これほどの数の死霊アンデットを街のあちこちで召喚させることは難しいだろう。


幸い、下位の死霊アンデットならば、少しでも戦いの心得があれば街の人間でも何とかなるうえ、今は学校の戦闘の得意な教師や、王都の守り手シャインズガーディアンたちが、ほぼ総動員で街中に散らばっている。死人、けが人の知らせは、まだない。


だがこのままではらちが明かない。サニールの手がかりも皆無だ。


「コォォォォォォ!!」


そんなディアードの焦燥をあざ笑うかのような、悪寒の走る咆哮が、街中に響いた。


聖なる壁ホーリーウォール共同墓地のほうだ。


やはり事態は悪化し始めている。


額の汗をぬぐい、唇を真一文字に結ぶと、ディアードは、陽魔法の生徒二人とともに、咆哮のとどろく、共同墓地へと駆け出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


メディキュラスは、ぼさぼさの髪を振り乱しながら、顔の仮面をはぎ取ると、墓地の敷石の上に投げ捨て、ワンドを構えながら、完全な戦闘態勢に入った。


他の教師たちと同様、陽魔法の生徒二人と墓地の探索中していたところ、突如として現れた『それ』と鉢合わせたのだった。


「あなたたち!死霊必滅ターンアンデットはやめなさい!増援が来るまでは、防御に徹するのよ!」


言われなくても、陽魔法の生徒たちには、自ら挑んでいく気には到底なれなかった。


ひしひしと感じる禍々しい気は、確かに死霊アンデットのものだ。だが聞いていた、魔力喰いエーテルイーターとは違う。それまで死霊必滅ターンアンデットで、一瞬で滅してきた下位の死霊アンデットとも、明らかに違う禍々しさだ。


黒い鎧、そしてその隙間から見える、太く強靭な骨。何よりも気圧されたのは、その巨躯だ。腕だけで、生徒一人分はありそうなほどの巨体に鎧をまとった骨の戦士。


長い咆哮を終え、踏み出したその一歩は、心なしか石畳が沈んで見えた。


竜骨戦士ドラガラン・・・。こんなものまで・・・。」


メディキュラスの呻くようなつぶやきに、陽魔法の生徒の一人が、つばを飲み込んだ。


死霊術士の召喚する、普通の骸骨スケルトンは、鎧もなく、巨大化もしない。しかし、その触媒となる骨に、竜の骨を使った場合は別だ。いくつかの竜の特性を引き継いだ、たちの悪い死霊アンデットとなる。


その巨躯と重量ゆえに、動きは非常に遅い。だが、ただの腕の振り下ろしさえ、常人がまともに喰らえば、一撃で致命傷だ。さらに、通常骸骨スケルトンに最も有効なハンマーなどの打撃も、生半可なものでは、強靭な鎧と竜の骨にダメージさえ与えられない。仮にダメージが通ったとしても、その耐久力もドラゴンゆずりだ。


生半可な攻撃が効かないのは魔法も同じであり、死霊アンデットには、メディキュラスの石化も効果がない。メディキュラスが仮面を取ったのは、味方と自分の石化防御のためだ。


「(何故、竜骨戦士ドラガランがここに召喚された?何がしたい?)」


出現時のあの咆哮では、まるで自分の居場所を知らせているようなものだ。


メディキュラスは何者かの陽動の意図に気づき始めていたが、、とりあえずは、これをこのまま街なかに放っておくわけにはいかず、なにがなんでもここで仕留めなければならないのは明白だ。選択肢はないのだ。自分に有効打となる攻撃方法がない以上、防御に徹して、増援を待つべきだ。


「先生!横に!」


一人の生徒の掛け声に、メディキュラスが振り向くと、墓石の暗がりから、スケルトンが顔をのぞかせていた。


よく見ると、その先の墓石からも、その先からも、そのまた先からも・・・。


「ひっ!」


瞬く間に大群と化したスケルトンに、生徒の一人が思わず悲鳴を上げた。


さらにそこへ重圧をかけるかのように、竜骨戦士ドラガランが、メディキュラスたちの方へ、ずしんと一歩を踏み出してきた。


「大丈夫よ。こちらにも増援が来たわ。」


少し離れた墓地の入り口で、衝撃とともにスケルトンの何体かが粉々に吹き飛んだ。


土煙の中から現れたのは、ディアードの木偶人形ウッドゴーレムだった。


「メディ!怪我はない?!」


そのまま木偶人形ウッドゴーレムを、スケルトン竜骨戦士ドラガランに対峙させるように立たせると、メディキュラスたちの方へ駆け寄ってきた。


木偶人形ウッドゴーレムは、蚊でもつぶすかの様に両腕を叩き合わせながら、次々スケルトンたちを粉々にしていく。骨の大群相手に、これほど頼もしい打撃魔法はない。


しかし、それはあくまでも『普通の骨』相手であればの話だ。


「コォォォ!」


スケルトンたちの後ろにいた竜骨戦士ドラガランは、低く唸りながら、丸太のようなかいなで、スケルトンごと木偶人形ウッドゴーレムを薙ぎ払った。


スケルトンの破片とともに吹き飛ばされた木偶人形ウッドゴーレムは、すぐさま立ち上がったが、木偶人形ウッドゴーレムも、ある程度の重量があるとはいえ、所詮は『木』。『超重量』との力比べでは分が悪そうだ。


「(これは、まずいのでは・・・。)」


合流した陽魔法の生徒たちには、動揺が広がった。不安はまだあるからだ。


学校で、この二人の教師の仲がいいのは知っている。


だが、二人の魔法属性は相克だ。メディキュラスはともかく、剋される側のディアードが、まともに術が使えるとは思えない。


教師とはいえ、『死霊アンデットへの攻撃力』と言う点で考えれば、効かない石化能力より、対死霊アンデットに効果大の陽魔法を使える自分たちと、木偶人形ウッドゴーレムのディアードがここに残り、メディキュラスはいったんここを離れて、さらなる増援を呼んだ方が得策ではないのかと言う思いがよぎる。


生徒たちの不安げな視線を察したのか、ディアードは安心させるように微笑んだ。


「私たちの相克なら大丈夫よ!竜骨戦士ドラガランは私たちが引き受けるわ。あなたたちは、スケルトンをお願い!」


確かに術の発動は鈍くなり、魔力も余計に消費している。だが・・・。長い付き合いは伊達ではない。


「メディ!あと二体出すわ!あれをお願い!」


メディキュラスは頷くと、その瞳に魔力を集中し始めた。


新たにディアードが出現させた二体と合わせて、三体の木偶人形ウッドゴーレムが、竜骨戦士ドラガランの前に立ちはだかった。


「コォォォォォォ!!」


すかさず、そのうちの一体に、竜骨戦士ドラガランの超重量級の薙ぎ払いがさく裂した。


・・・が、木偶人形ウッドゴーレムは吹き飛ばなかった。


正面で竜骨戦士ドラガランの攻撃を受け止めると、その腕をはじき上げ、逆に竜骨戦士ドラガラン僅かに後退させた。


いつの間にか、木偶人形ウッドゴーレムの体表面は、石の鎧で覆われ、それはなお、めきめきと厚さを増している。


数少ない相克同士の高位連携魔法の一つ、木石漢ゴリアテ


重量で引けを取らなくなった巨人同士の殴り合いが始まった。

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