第41話 エミリアの家で

騒動の夜が明け、イサベラとゴニアは、街にあるエミリアの家にいた。


エミリアの家は、その界隈では名の知れた『商会』だ。


『ラダン商会』。


エミリアの父親は、その商会を束ねる、ラダンその人である。


エミリアは、昨日の夜から、その自宅に運び込まれ看病されていたが、まだ意識が戻らなかった。


先生たちの話では、魔力を取られただけで、命に別状はないそうだが、魔力を根こそぎ強引に奪われた場合、普通の魔法使用による魔力の消耗とは違い、回復に何日もかかるそうだ。魔力がある程度回復すれば、意識も戻るだろうが、意識のない状態では、魔力付与エンチャントで魔力を回復させることもできず、自然回復を待つしかないという。


本来なら、そうなるのは自分であるべきだったという自責の念に、ゴニアは昨晩、一睡もできずに放心し、時々思い出したように声を押し殺してすすり泣いていた。


後悔はイサベラも同じだった。自分が「三人一緒に」と甘えなければ・・・。


しかし、エミリアが運び込まれるときに、謝罪するカローナやディアード、そして横で泣きじゃくるイサベラたちを、エミリアの両親は責めることはなかった。


エミリアは、今度の実践は、自分が提案して行くと、嬉しそうに話していたそうだ。誰の提案だったとしても、エミリアはイサベラたちと一緒に実践に行くことを望んでいたし、ゴニアをかばったことも、むしろそんなエミリアを誇りに思うと、言ってくれた。


「ぜひ、一緒にいてやってくれんかね?」


カローナとディアードは、他の教師たちと今回の騒動の対策を練るため、学校に戻っていったが、そう父親のラダンに促された、イサベラとゴニアは、一晩をエミリアの家で過ごした。


そして今、二人は、エミリアの母親のマリーと、二人の女中が、エミリアの看病をするのを手伝っていた。


「エミリアぁ・・・。」


寝台に横たわるエミリア。細く息をしながら眠っているようだった。看病しながら、その姿を見て、イサベラは呻くようにつぶやいた。ゴニアは泣きはらした目に、また涙がにじんでしまう。


そんな二人を見かねたのか、エミリアの母親マリーは、二人に「ありがとう」と言った。


二人を寝台の横に座らせ、エミリアのことをいろいろと教えてくれた。


最初は学校がつまらないと言っていたこと、しかし、イサベラやゴニアと友達になってからは、その先生のカローナやメディキュラスがいかにすごいか、目を輝かせて話すようになったこと、その合間に、いつも楽しそうにイサベラとゴニアの話をするようになったことなどを聞かせてくれた。


「この子は、負けず嫌いだから、はっきりとは言わなかったけど、あなたたちと会う前は、心から気を許せる友達はいなかったみたいなの・・・。」


頭もよく、容姿も華やかなエミリアにも、そんな一面があったのだと、イサベラは初めて知った。


「だから・・・、二人ともあまり自分を責めないでちょうだい。むしろお礼を言いたいの。これからも娘をよろしくね。」


「はい・・・。」


エミリアそっくりの青い目をした、マリーの優しいまなざしに、イサベラとゴニアは本当に慰められた。


「もしよかったら、エミリアが気が付くまで、是非うちにいてほしいの。迷惑かしら?」


「迷惑だなんて!」


イサベラたちも、もちろんエミリアが気が付くまで居させてもらえるなら、願ったりかなったりだ。


王立魔法学校に戻っても、今は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。サニールはいまだに見つかっていないのだ。


セティカは半狂乱になって、王都の守り手シャインズガーディアン達と、サニールの捜索をしているが、有力な手掛かりはまだない。


カローナやディアードをはじめ、魔法学校の教師たちも、総出で捜索に加わっているはずだが、その中で、イサベラたちに出来ることは無いと言っていい。


騒動の直後、王立魔法学校の教師たちは、セティカの報告を聞いた時、すぐに白い魔物の正体に、目星をつけた。


魔物の名は『魔力喰いエーテルイーター』。


この魔物は、野生には存在しない、人工的に作られたモンスターだ。死霊アンデットではあるが、その特徴は、『魔法生物』に近い。


多くの教師たちが、セティカの報告から、すぐに「間違いない」と判断を下したのは、この魔物が、先の戦争で、相手軍が投入してきたものだからだ。セティカたちと同じように、苦戦した苦い記憶が鮮明に焼き付いている。


物理攻撃は聞かず、普通の魔法はもちろん、本来、死霊アンデットには、致命的なダメージを与える陽魔法さえも吸収し、死霊必滅ターンアンデットにも、強い耐性を持つため、一見『無敵』に見えるが、相手の戦力を低下させることに特化して作られたため、『魔力吸収』以外の攻撃手段を持たず、一対一の戦闘では、命まで落とすことはまずない。


さらに、自身に対する魔力吸収攻撃には、極めて脆いという弱点があり、魔力吸収の特性のある武器や、いくつかの魔力吸収系の魔法に触れると、一瞬で消滅してしまう。


戦争中に、完全に攻略された魔物であり、戦争終結と共に全滅して、もう存在しない魔物として考えられてきた。


それだけに、セティカの報告は、教師たちにも衝撃を与え、非常事態となった。


エミリアの家に居させてもらえるなら、カローナたちも、イサベラたちがここにいることは知っているだろうし、イサベラとゴニアは、エミリアの母親の言葉に甘えさせてもらうことにした。


エミリアもきっとすぐに目を覚ますだろう。ようやく少しだけ、自責の念から解放されたような気がした。


ドンドン。


不意に、扉を叩く音がしたかと思うと、慌てたようにエミリアの父親のラダンが、寝室に入ってきた。部屋を見まわしながら、イサベラを見て取ると、何かを言いかけて、言葉を詰まらせた。一体何があったのだろうか。


「例の魔物が、街中に出たらしい。」


ラダンの額には、脂汗がにじんでいた。


「イサベラさん・・・、まずいことになっているぞ。じつは、先ほど使いにやっていた店の者が、帰ってきたのだが、街なかに例の魔物が表れて、うちのエミリアと同じような犠牲者が何人か出たそうだ。」


「なんてこと・・・。」


マリーは、呻くようにつぶやくと、寝ているエミリアを見た。


「それで・・・、これはまだ確かではないんだが・・・。」


ラダンはもう一度、言いづらそうにイサベラを見た。


「何があったのか、詳しいことは分からないが、カローナ先生が・・・、カローナ先生が、王都の守り手シャインズガーディアンに連れていかれたという話で、街は相当な騒ぎになっている。」


イサベラは、血の気が引くと同時に、体から力が抜け、思わずよろめいた。

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