第39話 喰らうもの

 セティカは、思わず顔を歪めた。


 自身の光の壁ライトウォールを毟られるたびに、形容しがたい嫌悪感が頭の奥を突き抜ける。こんな攻撃(そもそも攻撃なのか?)は、見たことも聞いたこともなかった。


「(こ、こんな、こんなことが・・・、な、何ですの!?これは!)」


 光の壁ライトウォールで、白い魔物モンスターの動きが止まった隙をついて、今度はイサベラが仕掛けた。


死霊操作パペットアンデット!」


 今のイサベラでも、下位の死霊アンデットなら操作できるはずだ。目の前の死霊アンデットからは、そんなに強い魔力を感じないし、加えて今日は、『満月の夜』だ。異様な死霊アンデットとはいえ、「うまくいけば」と言う期待感はあった。


 ・・・が。魔法を発動させてすぐにわかった。


「(これは!!・・・。違う魔力が操作を邪魔している!)」


 つまりそれが意味するところは・・・。


「サニールさん!どこかに操縦者がいます!」


 さすがのサニールも衝撃に目を見開いた。


「それは確かかい?」


「はい!間違いありません!」


 しかし今は、姿の見えない操縦者の正体を詮索している時間はない。光の壁ライトウォールは、もう突破される寸前だ。


 サニールは、次々に起こる予想外の事態にも取り乱さず、頭の中で瞬時に戦闘を組み立てた。陽魔法の生徒たちの死霊必滅ターンアンデットの祈りは、結句までもう少し時間がいる。念のため神棍シェングンにも、少しでも多くの魔力をためて置きたい。


「セティカさん!もう一枚だ!時間を稼いで!」


「くっ・・・、はい!光の壁ライトウォール!」


 セティカは、サニールの声に何とか平常心を保ちながら、二枚目を発動させた。


 しかし、案の定、貪欲な摂食者は、二枚目の壁も、まるで紙を丸めるかのように、両手で掴んで、口と思われる場所に取り込んでいる。


「イサベラ君!操縦者の位置を探るんだ!君なら感知できるはず!」


「は、はい!」


 イサベラは周囲の暗闇に意識を集中させたが、巧妙に距離を取られているのか、まるで相手の位置がつかめなかった。しかし、簡単にあきらめるわけにはいかない。


「(死霊必滅ターンアンデットの結句まであと僅か・・・だが!)」


 さっきよりも、光の壁ライトウォールの喰われる速度が早い。


「(セティカさんに三枚目を!)」


 そう指示を出そうとセティカの方を見て、サニールは愕然とした。


 セティカの顔は、苦悶の表情に歪み、その額には脂汗がにじんでいた。片膝をつき、立っていることも困難なほど、消耗しているように見える。


「(消耗のしかたが明らかにおかしい。退却のことを考えると、これ以上の消耗はまずいか?・・・どうする?少し早いが、太陽殴りフルスイングフレアをぶち込むか?)」


 サニールが決断しかけた寸前、サニールの横を、三つの影が、駆け抜けていき、素早い動きで、白い魔物の手をよけながら、かく乱をし始めた。


 三体の小さな木偶人形ウッドゴーレム。エミリアの新魔法、『森のこびと』だ。


 ディアードが呼び出すような、屈強な木偶人形ウッドゴーレムでもなく、そもそも実体のない魔物モンスターに対する有効な攻撃力もないが、「時間稼ぎになら・・・」と、考えたエミリアの勘は、的中した。


 素早い攪乱むなしく、すでに一体はとらえれて、枯れ木のようになって吐き出されていたが、この|魔物は、目の前にある魔法は食べようとするのは明らかだ。残り二体でも、時間は稼げる。


「お見事!」


 サニールは、エミリアに親指を立てて、礼を言ったが、必死で木偶人形を操るエミリアには、返す余裕はない。


 そして、『森のこびと』の二体目もとらえらえられて、残り一体になった時だった。


「・・・汝は顔に汗して食物をたべ、ついに土に帰らん、汝は土よりとられたれば、汝は塵なれば塵に帰る。」


 ついに、死霊必滅ターンアンデットの祈りの力が満ち、結句まで辿り着いた。


 上位死霊アンデットでも、これだけの人数の死霊必滅ターンアンデットに耐えうる死霊アンデットは、そういないはずだ。


死霊必滅ターンアンデット!!」


 集団の祈りから導き出された、強力な浄化の力が、白い魔物を包み込んだ。魔物の動きが止まり、パキパキとその体がきしむ音が聞こえ、誰もが浄化を確信した時だった。


 パキィィィン!


「まさか!」


 白い魔物が、体を震わせると、浄化の力は霧散していった。


 信じられないことに、死霊必滅ターンアンデットは抵抗された。


 浄化に失敗した陽魔法の生徒たちの間に、動揺が広がった。もう明らかに自分たちの手に負える相手ではない事がはっきりしつつある・・・。まだ希望があるとすれば・・・。


「よう!こいつは全部食えるかな?」


 いつの間にか、白い魔物の横に立って、サニールが神棍シェングンを構えていた。充填は完了している。


『平民出』だと、自分を卑下していた・・・。誇り高き陽魔法だろうが、面子よりも死霊アンデットからの退却を選びもした。


 しかし、成り行きとはいえ戦闘になった以上、「死霊アンデットに勝てませんでした」などと、すんなり認められるほど、背負ったものは軽くない。そう、軽くはないのだ。


 白い魔物が赤い目でサニールを見た。いや、神棍シェングンを見ていた。


「オラァァァァァ!!!!!」


 サニールが、真一文字に神棍シェングン振りぬくと同時に、解放された魔力は閃光フレアとなって、魔物を直撃する。


 太陽殴りフルスイングフレア


 その、陽魔法最強ともいわれる攻撃力は、陽魔法の生徒たちから、崇拝に似た思いも寄せられている。


 しかし、その思いが・・・、喰われていた。


「ははっ、ははは、まいったな・・・。」


 白い魔物は、喰らった魔力を咀嚼するように、体を揺らすと、次のエサを探すかのように、赤い目をキョロキョロさせた。

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