第34話 気まずい再会2

「うおぁ!って、お前!さっきの!」


 何時からいたのだろうか・・・。皮鎧の女は、イサベラに気が付くと驚いたように飛びのいた。


「あら、まだいたのぉ?」


 派手な軽装の女は呆れたように、イザベラを見ている。


「・・・。」


 鎧の女は、不機嫌そうに無言で目を細めた。威圧感が増している。


 イサベラは見てわかるほどに緊張で震えている。そこまで無理をして何をしに来たのか、まったくの謎だった。


「知り合いなのか?」


「い、いや違う。知り合いじゃあない。」


 鎧の女は、念のため女戦士に確認したが、関係のない人間だと分かると、何か言いたそうなイサベラを威圧するように、一歩進むと正面から見据えた。


「何のつもりだ?子供の立ち聞きするような話ではないぞ。叱られる前に、ね。」


 怒らせたら絶対怖い・・・。そんな有無を言わせぬ威圧感で、イサベラに告げると、鎧の女は、再び女戦士の方に向き直った。


「あ、あ、あの!」


 鎧の女は「はあぁ」と、ため息をつくと、イサベラの方を見た。


「何だ?」


「こ、こ、こ、これで!足りませんか!?」


 イサベラはピンと腕を伸ばして、精いっぱいの声で、銀貨の入った革袋を差し出していた。


 女戦士をはじめ、三人組も、一瞬イサベラの行動の意味が解らず、目を見開いた。


「ぷ~~~っ(笑)!」


 やっと意味を理解した派手な軽装の女が、噴き出して笑い始めた。


「おっかしいぃ~!あんたが代わりに払うっていうの?!あははっ、あはっ、やめてぇ~(笑)」


「なあ、お嬢ちゃん。どういうつもりか知らないけど、関係のない人間は、引っ込んでてもらえるかなぁ?」


 皮鎧の女はイライラで声が上ずり始めている。


「・・・。」


 鎧の女は、驚くと同時に、呆れたように無言でイサベラを見ていた。


「か、関係なくないです!・・・その人は!前に私と友達が倒した魔物を横取りしようとしたり!必死で逃げたのに、追いかけてきて、怖がらせたり!・・・。それで、私の先生にやっつけられた人なんです!」


「(先生?ああ、そういえば、この街は王立の・・・。)」


 鎧の女は、イサベラの格好と言葉から、何となく背景は察した。


 なるほど、確かに知り合いとは言えないが、自分の師に懲らしめられたならず者が、こんなに豹変していれば、気にもなるだろう。だが、なぜお金まで代わりに出そうとするのか、鎧の女には理解できなかった。


 しかも、貨幣が入っていると思われる、イサベラが突き出した貧弱な革袋は、全然足りているようには見えない。そもそもいつから話を聞いていたのだろうか?


 鎧の女は億劫そうに、深くため息をつくと、諭すようにイサベラに言った。


「いつから話を聞いていたかわからないが、これは我々の問題だ。こ奴と、まったく赤の他人というわけでもないようだが、口出しは許さぬ。」


「お嬢ちゃん。あまり大人をイラつかせるもんじゃないよ?!」


 畳みかけられて、イサベラは先ほどのように走り去りたくなる衝動にかられたが、何とか踏みとどまると、小銭の革袋をぎゅっと握りしめた。


「でも、でも・・・、あんな顔してるじゃないですか・・・。友達からもらった物だって・・・。勘弁してほしいって・・・。(うっく)」


 泣いたらダメ。イサベラは自分に言い聞かせた。


 自分でも何でここまでするのかわからなかったし、そもそもこれは、銀の骨を買うためのお金だ。話をすべて聞いていたわけではないが、女戦士が、三人組に、盗んだお金を返せと責められていることは分かった。そして、お金の代わりに魔法品マジックアイテムの靴を要求されていることも・・・。


 鎧の女の人の言っていることも分かる。しかし、理屈ではない。


 女戦士は、仲間からもらった物を、渡したくないと言っている。


 共感してしまったのだ。


 もし心を入れ替えずに、昔のままの女戦士だったら、「天罰だ!」と思ったかもしれない。イサベラとエミリアが必死で手に入れたスライムのコアを、今よりさらに理不尽に取り上げようとしたのだ。


 でも今、目の前にいる女戦士は、明らかにイサベラが前に会った時とは変わっている。気が付けば、自分から小銭の革袋を突き出していた。


 でもそろそろ限界だ。あと一回でも厳しいことを言われたら決壊してしまいそうなほど、既に目元はパンパンだ。


「(はあ、厄日か?何と億劫な・・・。)」


 鎧の女は、少しきつめに言えば、追い払えると思っていたのが、思わぬイサベラの抵抗に、思わず空を仰いだ。沈黙が続く・・・。


「・・・ねぇ。」


 さっきまで、腹を抱えて笑っていたくせに、イサベラの様子にほだされてしまったのか、派手な軽装の女が、ちらちらとこっちを見ながら、鎧をコツンと突いてくる。「じゃあ、お前がやれ」と言いたいところをぐっとこらえて、鎧の女はイサベラの差し出す革袋に目をやった。


「分かった。取り合えず、それを見せてみろ。」


「え?ちょっと!?まさか受け取るんですか!?」


 皮鎧の女が納得できないといった風に、声を上げる。この流れはもう嫌な予感しかしない。


「見るだけだ。」


 皮鎧の女を諫めながら、イサベラから革袋を受け取ると、中身を一瞥した。予想通りの、盗まれた金額には遠く及ばない。世間知らずの子供にしても、何という身勝手だろうか。


「足りんな。こいつが盗んだ金額には到底足りん。」


 後ろで女戦士も、さすがに頷くしかない。


「到底足りない」宣告に、イサベラの涙腺は決壊2秒前だ。


「到底足りないが・・・、お主に免じて、残りは待ってやる。それでいいな?」


「ちょっ!『見るだけ』って!ああもうっ!」


「チャラにするわけじゃないぞ。残りは待つだけだ。」


「甘いっすよ!」


 鎧の女は、億劫そうに皮鎧の女の非難をかわしながら、女戦士に向き直った。


「西の冒険者宿ギルド、『千鳥足亭』だ。暫くはそこにいる。少しでもまとまった金が出来たら、すぐに返しに来い。この子のお金はお前が来るまで預かる。全額返すまで逃げるなよ?もし逃げるなら、こちらも、そんなくずを追いかけるほど暇ではないが、今日のように偶然でも会った時は覚悟せよ。話し合いはない。」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、あたいは別に・・・。」


「この子の顔を立てろ。選べる立場か?子供に同情される屈辱も背負え。本当に悔い改めたのならな。」


 そういうと、鎧の女は踵を返し、表の通りに向かって歩き始めた。


「億劫でたまらん。宿に帰るぞ。」


「甘いですよ!逃げたら、また泣き寝入りじゃないですか!」


 まだ不満を言い続けている皮鎧の女の肩に、派手な軽装の女が手を置く。


「いいじゃん、いいじゃん?私こういうの好き~♡。じゃあね~。」


 騒がしく言い合いながら、三人組は去っていった。


 裏路地に残された、イサベラと女戦士。


 街に残った時に、イサベラとは、いつかは遭遇してしまうだろうとは思っていたが、まさかこのような形になるとは思ってもみなかった。


「その・・・、なんで・・・。いや、いいや。情けないところを見られちまったね。」


 何故、自分なんかを助けたのか、女戦士は理由を聞こうとしてやめた。聞けばより自分が惨めになるだけだし、相手を気まずくさせるだけの気がした。


 イサベラは唇をキュッと結んで、泣きそうな目で、女戦士をじっと見ている。正直言うと、まだ少し警戒しているのだ。女戦士は、それでもせめて、礼と謝罪はしておかなくてはならないと思った。


「あたいが言えた立場じゃないが、本当に助かったよ。恩に着る・・・。」


 イサベラは安堵と、警戒と、少しの後悔が、まだ頭の中をぐるぐると回り、こくこくとうなずくことしかできない。


「・・・見ての通り、あんたの先生にやられてから、悪いことはやめたつもりなんだぇ。今は、この街で働いている。・・・あんたのお金はすぐに返してもらうよ。あたいが言うのもおかしいが、言ったことは守る奴らだ。お金は、あとで学校に必ず届ける。本当にすまなかった。」


 そういうと女戦士は頭を下げた。相変わらずイサベラはこくこくとうなずくことしかできなかったが、本当女戦士が変わったのを感じ、警戒心が和らいでいく・・・。


「実は、今も仕事中なんだぇ。もっと礼を言いたいけど、すぐに行かないといけない。それじゃあな。」


 自分をコテンパンにした魔術師の、その幼い弟子から同情され、自分の惨めさが身に染みた。だが、鎧の女が言ったように、背負っていかなければいけない物だし、とりあえず魔法品マジックアイテムの靴が手元に残ったのだ。初心に戻って頑張るしかないと女戦士はとぼとぼと去っていった。


 ついに、一人残されたイサベラに、自分のしたことの意味が、はっきりとした自覚で押し寄せてくる。


「(お金・・・、渡しちゃった・・・。)」


 女戦士は、必ず返すと言ったが、信じていいのか?という不安。


 少なくとも、今日はもう銀の骨を手に入れることは出来ないという後悔。


 カローナ先生は、何というだろうか?怒られるだろうか・・・。


 骨鎧ボーンアーマーも、エミリアに当分は見せられない。


 不安。後悔。不安。後悔・・・。


 だが・・・、嬉しかった。


 女戦士の変わった姿は、やっぱり嬉しかった。


 色々な思いに搔き乱され、イサベラは一人、シクシクと裏路地で泣いた。

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