第27話 試験準備

「子豚ちゃん」の屈辱の日から、イサベラは猛勉強を決意した。


 聞いたところによると、王立魔法学校は、一人前の魔術師になるための、いくつかの試験を定期的に行っていて、試験は合格・不合格で結果が出され、合格しなければ、魔術師にはなれるが、永遠に魔術師の王国公認資格はもらえない。それは、王国で魔術師と暮らしていこうとすれば、様々な不便が生じる事になる。


 そのいくつかの試験の一つ、カローナの言う次の試験とは、「七属性概論」。


 魔法学の基本中の基本にあたるもので、魔法の各属性の説明と、それぞれの相関関係に関するものだが、概論のくせにやたらと量が多く、授業をちゃんと聞いていないと、理解できない内容も多い。


 さらに、イサベラは決意したはいいが、何しろ初めてのことなので、勉強の要領が分からない。闇雲にやって、いきなり合格できるほどの自信もないし、地頭が良い訳でもないことは自分が一番よく知っていた。だからと言ってカローナに試験の要領を聞くのは何となく気が引ける。そこでエミリアたちに聞いてみることにした。


「試験勉強?私は課題以外は特にやらないよ?だって授業聞いてて分からないことなかったし、課題は一度読んだり書いたりしたらそれで終わり、見直したりしないわ。他にも読みたい本はいっぱいあるし・・・。」


「(あわ、あわわわ)そ、それで、試験はどうだったの?」


「フフン♡、一番に回答を提出して、当然合格よ!」


 すごいでしょというような顔で、鼻を鳴らすエミリアを見ながら、イサベラは固まった笑顔で大きくうなずいた。うん、無理だ。とてもまねできる物ではないし、聞く人間を間違えたようだ。


 うすうす気が付きつつあったが、エミリアは魔法学の優等生だ。話していても、言葉の端々に、知識の多さが見え隠れする。魔法習得の才能はあっても、勉強は凡才のイサベラには全く参考にならなかった。


「ゴニアは?試験勉強はどうやったの?」


「あの(汗)・・・、はい、私はエミリアさんみたいに呑み込みがよくないので、授業で分からない所はメデュキュラス先生に聞いたり、同じところを読んで覚えての繰り返しです。試験前は夜更かしして先生に注意されました。」


 これこれ、これだ。何というか、応援したくなるような、微笑ましい努力家だ。将来の夢は「楽して生きること」であるイサベラには、むしろまぶしすぎて目がくらむ。


「そ、それで・・・。結果は・・・(ゴクリ)。」


「え、えーっと、何というか、運よく合格でした、私ったら勉強ばっかりしてたから・・・。」


「(かわいい・・・。)」←エミリア


「(かわえぇ・・・。)」←イサベラ


 ゴニアがもじもじと謙遜するので、イサベラまで何だかそわそわしてしまうが、要はやっぱり優秀な成績を取っているということだ。やり方はマネできても、頭の良さはマネできないだろう。


 だがエミリアのやり方は無理だ。必然的にゴニアのやり方を参考にするしかない。つまり「コツコツ努力」だ。なまじっか、魔法の習得がホイホイと出来てしまう分、イサベラの苦手な言葉だが、今はそうもいっていられない。


「そ、それで、試験はどのぐらい難しいの?」


「一回目は結構不合格も多いけど、普通は二回目で大体合格するわ。ちゃんと授業聞いてて、油断しなければ、いけるんじゃないの?」


「いまからでも、みっちりやれば、イサベラさんならきっと大丈夫だと思います!」


 エミリアの無責任な太鼓判と、ゴニアの贔屓ひいきバリバリの応援に、単純なイサベラは、何だかやれそうな気がしてきた。


 しかし、エミリアが気になることを言った。「ちゃんと授業を聞いてて・・・、」と。


 そうなのだ。本を読んで勉強することは何とかなるにしても、問題は今までの授業内容だ。


 イサベラの脳裏に甘苦い・・・、いや間違えた、にがいだけの記憶がよみがえる。


「七属性概論」は、魔法学の基礎のため、七属性すべての学生が、一度は受ける合同授業の一つであり、それぞれの属性の先生たちが、学期ごとに回り持ちで担当する、何かと大所帯の授業である。普段はカローナと一対一で授業しているイサベラも、当然参加しなければならない。


 そして、忘れもしないイサベラにとっての、授業初日、イサベラに一斉に集中した生徒たちの視線、それは不安や、好奇心。そして、あからさまな拒否感の混ざったものだった。


 その視線に圧倒され、イサベラは思わず迷惑になるまいと、一番空いている、一番上の端っこに、自分から座ってしまい、それ以来、そこが定位置になっている。エミリア達という友達ができた後も、大教室では属性ごとに座ることが決められているため、エミリアたちはイサベラの隣には来れない。


 何度、寂しさを紛らわすため、落書きとポエムいそしんだか分からない。


 そんな劇苦げきにがの記憶がよみがえり、思わずイサベラは口をすぼめた。しかし、いつまでもにがさの余韻に浸っているわけにもいかない。苦さよりもさらにとてもまずいことがある。


 初日から、もちろん授業に集中などできず、授業内容は右耳から左耳に抜け、その日はまともに内容を筆記できなかった。それは現在進行形で、今でも時々、授業と関係のない落書きで埋まっているところがある。


 痛いポエムはともかく、授業内容を書いてないのがとてもまずい。説明された内容がすっぽ抜けているので、本だけ読んだ理解ではとても不安がある。


 カローナに助けてもらえばいいのだが、授業を聞いてなかったことがばれるのはもっとまずい。絶対怒られる。それは嫌だ。ディアードやメデュキュラスに頼っても、絶対にカローナにばれる。ここはやはり、友情パワーにおすがりするしかない。


「ふ、二人とも筆記張はどのくらいとってる?」


「私?私は筆記はあんまりしないわよ。授業で聞いたことは全部覚えているし・・・。」


 いきなり友情パワーが半分に!


「私は要領が悪くて・・・、とにかく書き漏らしがないように、ほとんど全部書いています。」


 いや、ゴニアの友情パワーだけでもイケそうだ!


「ゴニア・・・、その・・・、筆記張を貸してほしいんだけど・・・。」


「あらどうして?イサベラも筆記してるでしょ?」


「あうあう」としどろもどろになるイサベラだったが、ついには観念して、正直に自分の筆記張を鞄から取り出して、二人に見せた。


「イサベラ・・・。」


「イ、イサベラさん、これはまずぃ(ごにょごにょ)・・・」


 まさかの問題発生に、二人とも言葉が続かない。試験経験者からしても、これは非常にまずいことが分かるらしい。


「だって・・・、だって・・・、ふぐぅ・・・。」


 イサベラの様子と、悲しみのつづられたポエムにすべてを悟ったゴニアが、すくっと立ち上がった。


「大丈夫です!イサベラさん!私に任せてください!すぐに私のノート持ってきますね!」


 崇拝する恩人の危機を助けるべく、教室を飛び出していったゴニアが息を切らせて戻って来た時には、3冊の筆記張がその腕には抱えられていた。


「(え?ちょっと待って?七属性概論の本より分厚くない?)」


「どうぞ!思う存分役立ててください!」


 イサベラは、その分厚さに戦慄しながらも、ゴニアの気迫に押されて、その一つをめくってみた。興味津々といったようで、エミリアも一つを手に取る。


「(これは!)」


 衝撃的な内容だった。


 いや、衝撃的なのは内容ではなく、その文字だった。


 ・・・読めない。


「ほとんど全部書いています。」というゴニアの言葉は、おそらく嘘でも誇張でもないのだろう。もしかしたら授業で先生たちがしゃべった内容を、下手したら一字一句書き留めているかもしれない。


 しかし、すごい速さで書きとったのだろうと思われる、崩れに崩れた文字が、さらに小さくびっしりと紙いっぱいに広がっている。おそらくゴニア以外は、すべての解読は不能と思われる。


 エミリアも、いろんな意味で、すごいものを見たというように、冷たい汗が流れた。そして居たたまれない視線でイサベラを見る。


 その後の、善意と感謝と無能がすれ違いまくった痛ましいやり取りは、とても言葉で表せるものではないが、結局色々あって、イサベラも泣いて、ゴニアも泣いて、エミリアが叱ったり慰めたりして、最終的に筆記張問題は振出しに戻った。


「ぐすん・・・、イサベラさん本当にすいません。」


「エグッ、エグッ、私こそゴメン・・・。せっかく持ってきてくれたのに・・・。」


「二人とも、もういいから!それよりどうするの?私は筆記張も持ってないし・・・、他の生徒から借りるにしても・・・。」


 エミリアは自分で言って無理だと思った。授業の様子はエミリアも知っており、快くイサベラに筆記張を貸してくれる生徒がいるとは思えない。


 さらに重くなった空気に、またイサベラの涙腺が決壊しそうになる。


「こうなったら・・・、私が今からすべて清書しなおします。」


 ゴニアが青ざめた悲壮な覚悟で、こぶしを握る。


「は、早まらないでゴニア!そこまでしなくていいから!」


 さすがにお小遣い増額という私利私欲のために、ここまで重たくも純粋な友情パワーは利用できない。


「でもっ、でもっ、それじゃあ一体どうしたら・・・。いったいどうしたら・・・・・・あっ。」


 ゴニアが何か思いつた様に、考え込んだ。


 イサベラとエミリアが固唾をのんで見守る。


「・・・筆記張があるかもしれません。」


 考え込んでいたゴニアが、少し確信したように明るい表情で顔を上げた。


「図書館です!」

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