第21話 合わない二人

「あら、イサベラ。そしてゴニア!って、二人ともその恰好どうしたの?!」


 二人とも雨でびしょびしょで、ゴニアに至っては転んだので、膝から袖まで泥まみれだ。


 イサベラは、濡れた子犬ちゃんのようになったゴニアを、メデュキュラス先生の部屋へ連れていくことも考えたが、エーテル魔法水の匂いのきついあそこへ行くのはちょっと気が引ける。


 月魔法校舎のカローナの部屋なら、すぐ目の前で、手拭いも使えるし、泥まみれになった服の着替えもイサベラの部屋着を貸せると思い、こっちに連れてきたのだ。


「いや、あの、話せば長いんですけど・・・、とりあえず、雨を拭いて、着替えてからでいいですか?」


 カローナは、イサベラとゴニアを交互に見ると、何となく合点がいったようで、にやにやし始めた。


「ふふ、何だかいつの間にかうまくいったみたいね。ゴニア!どうせそれだけドロだらけなら、湯浴みもしちゃいなさいよ。ちょうど今、準備してたところで、もう沸き上がっているから。」


「い、いや私は別に!て、て、手ぬぐいだけお借りできれば・・・。」


 ゴニアは慌てた、魔法学校に来てからの友人ができるのも初めてだったし、友人の部屋に招待されるのも初めてだった。ましてやお風呂をいただくなど、難易度が高すぎてくらくらしてしまう。


「子供が遠慮するもんじゃないわ。さあ、こっちよ。」


「せっまいけどねっ、着替えも私の貸してあげるから、入りなよ!」


「イ、イサベラさんがそういうなら・・・。」


 いそいそと、ゴニアはカローナに連れられて浴室へ向かったが、カローナが振り向きざまにイサベラに目配せしながら言った。


「エミリアも来てるわよ。」


 ゴニアはギクッと体を硬直させながら、そのままカローナに押されるように奥へ入っていった。


 イサベラは、ばっとはじけるように奥の部屋のテーブルを見た。そして瞬時に、先日のような恥ずかしいものが落ちていないか確認する・・・。今日は大丈夫そうだ。


 そして、エミリアがいた。


 怪訝な表情で、イサベラを見ている。


「エミリア!帰るって言っていたのに!」


 エミリアがいて嬉しいような、でもカローナに会いに来ているので、恨めしいような、いろんな気持ちが声にこもる。


「おかえりなさい、イサベラ。そうなの、急に課題で聞きたかったことを思い出して、ちょっと寄るつもりで、来ちゃった。ドアで話してたけど、誰かと一緒に来たの?」


「うん!実はエミリアが帰った後、ゴニアが教室まで謝りに来てくれて、なんだかんだで、仲直りできたの!」


「ほんとに?良かったじゃない。」


「(あれ?そ、それだけ?なんか反応が薄いような・・・。)う、うん。ゴニアは外で汚れちゃったから、いま湯浴みしてる。」


 イサベラは、先日から、エミリアの反応の薄さが、妙に気になった。一番気になっているのは、一緒に来てと誘った時の「無理に決まってるでしょ」発言だ。


 エミリアは、何だか妙に距離を置いているような、そして何だかゴニアもギクッとした顔していたので、イサベラはここにきて、急に気になってしょうがなくなってしまった。


 しばらく無言が二人を包んだ後、堪え切れずにイサベラが口を開いた。


「エ、エミリア、もしかして、もしかしてだけど・・・、ゴニアのことが嫌い?」


 あまりにもド直球すぎる。不器用な子、イサベラ。


「はい?何で急にそんなこと・・・、何とも思ってないわよ?」


「でもでもでも、なんか素っ気ないっていうか、一緒にゴニアのところに行こうって言った時も、『無理』って言っていたから・・・。」


「ええ?あれは当たり前に・・・、イサベラ、あなたもしかして・・・、『属性の相克と相生』わすれたの?習ったでしょ?」


 いや、習った。


 今思い出した。


 魔法学の基礎中の基礎である、属性同士の関係の話。


 カローナからは、学校に来た当初に、教えられていたことだ。カローナが聞いていなくてよかったと心底思った。ばれたらどうなるか分からない。


『相剋』。七つの属性に分かれた魔法の、基本的特徴の一つである。


 さらにその中の一つ、金剋木ごんこくもく


 金属は木を傷つけ、切り倒すものであり、魔法においては、その力を抑えてしまう力関係にある。月と太陽以外は、木、火、土、金、水のすべての属性に、それぞれの相剋がある。


 魔力の拮抗した者同士でも、単純に同じような威力の魔法をぶつけ合えば、必ず木にごんつ。そのようになっているのだ。


 魔力に差がありすぎると、剋される側は気おされて、魔法の発動にさえ支障をきたすようになる。


 だが複雑なことに、ならば『相剋』が完全に天敵の関係かと言えばそうでもなく、ある程度の実力差があれば、金魔法に樹魔法が勝つこともあるし、高位魔法の中には、相剋同士の連携魔法さえ存在する。


 この相剋関係は、人間関係にも当然影響があり、簡単に言ってしまえば、隣に相剋の術士がいると、何となく居心地が悪いのだ。


 これをすっかり忘れていたイサベラに言い訳をさせれば、死霊術含む月魔法には相剋がないので、この実感がない。加えて相剋が日常で実感できる友達ができたのも最近だ。不憫!どこまでも不憫!


「はわ、はわわわわ。お、思い出したよ。私ってばなんて勘違いを・・・。」


(「ゴニアのことが嫌い?」「ゴニアのことが嫌い?」「ゴニアのことが嫌い?」)


 自分のおっちょこちょいを、さらけ出した台詞が頭の中で木霊リフレインする。


 穴があったら入りたい。そして上から土をかぶせてほしい。


「(うわぁ・・・ほんとに忘れてたみたいね。)そういうことなの。思い出した?嫌いとかそういうのじゃなくて、私たちは、金魔法の校舎にさえ近づかないの。前に何かの間違いで、メデュキュラス先生の魔力にてられちゃった子が、ちょっとの間だけど、魔法が使えなくなって、実習で大変だったんだから。」


 相剋と無関係なイサベラでさえきついのだから、まだ魔力の幼い樹魔法の生徒への影響は、さぞかしすごかろう。メデュキュラス先生があまり部屋から出ないのは、そういう配慮もあるのかもしれない。


 しかし、何ということだろうか。


 イサベラが描いていた、『キャラメルバイツ』3人娘の、さわやかな青春の未来ゆめが、自然の摂理という壁の前に、儚くも打ち砕かれようとしている。


「ででででも、ゴニアはどう?エミリアはゴニアに近寄れないの?」


「近寄ってみないと分からないわね。でも危ないから、普通はあえて近寄ろうともしないわ。みんなそうだもの。」


 一つ向こうの部屋にいて大丈夫なのだ。まだ、かすかな希望が見える。これはもう対面させてみるしかない。


「い、今、そこにいるけど、会ってみない?ついさっき、魔力の制御もできるようになったんだよ。」


「まあ、イサベラがそこまで言うなら・・・、でも本当に危なくないの?


 エミリアは、かわいい金色の眉をおでこに寄せて、すこし難色を示している。


「魔力差が大きいと大変なことになるのはもちろんだし、居心地悪いっていうのも、大した事なさそうだけど、長いと地味にイライラしてくるの。ほらこれ!なんかそんな話してたら、まさにその違和感がしてきた!あれ?ちょっと待って?なにこれ?きついんだけどこれ?」


 まさかすでに、そんなにもゴニアの魔力は成長しているのだろうか?しかしさっきまでなんともなかったのに、このわずかな間に魔力が強まることがありうるのだろうか?


 青ざめているエミリアを見て「これはもう色々とだめかもしれない」と思った時、隣の部屋でドアのノックする音が聞こえた。


 もしかして、エミリアの違和感の正体は・・・。


「こちらに、ゴニアが来ていませんか?さっきから姿が見えないのです。」


 そのもしかしてだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る