あの頭のおかしいアークウィザードに怒りの鉄剣を!

ふだはる

第1話 爆裂魔法 二発目

「ここがこう…?いや、こうか?」

 魔王様の命により辺境の地へ調査に赴いて数日経った。

 このベルディア、主の命令とあれば、いかなる苦労をも厭わない覚悟だが…。


 暇だ…。


 まあ、いい休暇だと思って、こうして暇を潰しているのだが…。


 今、俺が暇潰しに組み立てている物は異世界にあるプラモデルという物らしい。

 ニホンという世界から女神によって魔王様討伐に送り込まれて来た勇者の持ち物だ。

 女神に持たされた物ではなく、自分の持ち物だったらしい。

 一応、配下の魔術師どもに異世界の言葉で書かれた組立解説書の様な紙の翻訳はして貰っているのだが…。

 設計図の様な絵と判別し易い記号で大体の組み立て方は察しがつく様になっている。

 ニホンという異世界の住人の知恵には驚かされる。


 今回の調査は長引きそうなので、この様な暇潰し用の異世界の品物を沢山持ってきている。

 もちろん仕事も、きちんとする…つもりはあるのだが…。

 何せ今回の調査に関しては、得体が知れなさすぎるので慎重にならざるを得ない。


 発端は、この周辺に強い光が落ちてきたと、うちの占い師が言ったせいだ。


 また女神に送られた勇者の一人でも落っこちたのだろう?

 どうせ、向こうから魔王軍に攻め込んで来て、俺に仏にされるのだから、ほっとけ。


 と、答えたのだが、通常の勇者召喚とは桁違いの強い光だと言い返された。

 運悪く魔王様も聞いていたため俺に…辺境へ出張して調べて来てくれないか?と、命令が下ったわけだが…。


 着くまで半信半疑だった俺も流石に驚いた。

 何か大きくて強い神聖な力が、この周囲に薄く、だが広く満ちていたのだ。

 原因も、発生源も、正体も不明。

 余りにも巨大過ぎて特定が困難だ。

 どうにも嫌な予感がするので、しばらく街の様子を見てみる事にした。


 この辺境の街には駆け出しの冒険者風情しかおらん。

 既に、この古城に魔王軍の幹部が越して来た情報くらいは漏れている様だが…。

 どうせ大した事は出来まい…そう、思っていたのだ…。


 そんな事を思い出しつつ、プラモデルとやらは組み立て終わった。

 鎧を着た戦士の姿を模した物らしい。

 片手斧を持ち反対側の肩には、上腕を覆う様な珍しい盾を装備している。

 真紅の鎧も鮮やかで、兜には角も付いていて勇ましい感じだ。

 中々に格好いい。

 気になるのは兜の覗き穴らしき部分が、丸が一つである所くらいだ。

 この鎧はサイクロプス専用なのだろうか?

 だとしたら実際は、かなり巨大な鎧という事になる。

 この様な巨大な鎧を造る事の出来る鍛治スキルを有するとは、ニホン恐るべし…。


 出張前に、これの持ち主に拷問ついでに聞いた所、このままでも充分に格好良いが塗装をすると更に格好良くなるらしい。

 しかし、専用の塗料や道具が必要らしく生憎そこまでは持って来ていなかったそうな。

 使えん奴だと首を跳ね様としたのだが、勇者は慌てた様子で単純だが効果があって初心者にも優しい方法があると言って来た。

 スミ入れと言うらしい。

 黒いインクで表面の溝をなぞるだけでも見栄えが変わるそうな。

 組み立てた物を一度分解してから試してみるとするか…。


 プラモデルを各部ごとに少しだけ分解した後で、脚部を左手に持って右手にインクを付けた羽根ペンを持つ。

 頭は先ほどから机の上に置いてあるので、自分が見やすい位置に両手を持ってくる。

 プラモデルの脚部に彫られた溝に沿って羽根ペンで黒い線を描く。

 描き終えた後の出来映えを脚部を回して眺めながら確認してみる。

 …なるほど、なんだか存在感が増した様な気がする。

 完成形を想像するとワクワクするな。


 続けて胴体、腕とスミ入れをしてみる。

 意外と集中力に根気、丁寧さを要求される作業だ。

 初心者向けの簡単な作業には違いないが、仕上げに拘ると神経を使うなぁ…。

 さて、最後の兜だが…丸いから線を引きずらい…もっと集中して…こうか?


「『エクスプロージョン』ッッ!!」


 のわわわわわわっ!

 線がっ!線が、ずれてっ!あらぬ方向にっ?!


 くそっ!

 爆裂魔法だとぉ?!

 昨日に続いて敵襲かっ?!


 俺は古城の空中庭園に出ると外を確認した。

 遠くの方で魔術師の少女を背負って逃げる男の姿が見える。

 何故か少女を背負っている為か男の足取りは重い。

 今から本気で追いかければ、街に着く前に捕まえられない距離ではないが…。

 …何かの罠か?

 男女二人だけで、この魔王の幹部であるベルディアに戦いを挑むとは思えない。

 伏兵が潜んでいる可能性が高いかもしれない。

 …それとも街に攻め込ませる為の挑発の類いだろうか?

 普段の俺なら躊躇せずに八つ裂きに赴いてやる所だが…。

 街の周辺に漂う嫌な神聖な気の正体も分からない内に踏み込むのは、得策では無いかもしれない…。

 俺は昨日に引き続き、対応するのはやめて静観する事に決めた。


 この古城には強力な結界を越してきて直ぐに張ってある。

 爆裂魔法とはいえ一撃程度で、どうにか出来る様な代物ではない。

 城だけに…。

 だから昨日も討って出ずに、城の守りを固めて様子を見ていたのだが…。

 爆裂魔法を皮切りに街の冒険者達は、攻め込んで来たりはしなかった。

 …少しは期待したのだが…。

 まさか二日連続で爆裂魔法の撃ち逃げをかまされるとは、思ってもみなかった…。

 奴等の目的が、はっきりとするまで今暫く泳がせるとしよう…。

 そうと決まれば…スミ入れの続きを…。


 あぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!


 見れば兜に稲妻の様にグチャグチャな線が描かれている。

 先程の爆裂魔法の衝撃による振動のせいだ…。

 取り敢えず、組んで眺めてみるが…当たり前だが兜のスミ入れが失敗したせいで格好悪い…。

 城自体にダメージは無いが、如何に強固な結界とはいえ多少の影響は致し方ない。

 昨日は昨日で振動のせいで、あちこちの天井や壁から埃や老朽化した一部が剥がれたり、崩れ落ちてしまった。

 配下のアンデッドナイト達と共に午後から掃除のやり直しをする羽目になったのだ。

 ええい、忌々しい…。


 まぁ壁や天井と違って修繕は容易だろう。

 俺はインク消しを手に取ると布に垂らして、そっと兜に付いた線をなぞる様に拭いた。

 …線は消えた…消えたのだが…。

 非常に良く目立つ擦り傷が兜に無数に付いてしまった。

 がーん。


 しばらく兜を眺めて意気消沈していたのだが、ある事を思い付いた俺は、おもむろに他の部分もインク消しで擦った。

 きちんと自分の思い描く姿になる様に慎重に擦ってゆく。

 終わったら斧を振り上げ今にも敵を討ち倒さんとする様なポーズを決めてみた。

 …いい塩梅だ。

 そこには、敵の攻撃を受けながら傷だらけになりつつも勇敢に戦う戦士の姿があった。

 うむ、満足な出来栄えだ。

 怪我の功名とは、この事だな。

 かえって、あのアークウィザードの少女に感謝せねばならない。


 俺は多少引っ掛かりつつも前向きに考えて自分を納得させる事にした。

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