第2話




 アルフレア大陸での活動を終えて、半年――――。

 

 第4秘密小隊『スリーピングスコーピオンSleeping Scorpion』の姿があったのは、

 ヘルメイア大陸北部で勃発している、ヴィードナ共和国・アルストス帝国戦役だった。


 その戦役はすでに空前絶後の総力戦と化していた。

 圧倒的な物量差に押さえられ、ヴィードナ共和国首都ヘルムートは、 もはや

 陥落寸前だった。

 首都を包囲するアルストス帝国軍は、雇った傭兵団と正規軍合わせて

 500万の軍勢が、徐々に輪を縮めていた。

 悲鳴と銃殺と爆音の狂奏曲は絶え間なく、容赦なく鳴り響き、街を人を根刮ぎ

 破壊し殲滅している。

 老若男女、帝国に敵対する総てを根絶やし――――。

 依る大儀さえ手に入れば、総ての種族は残虐になれるという見本地の光景が、

 至る所で発生していた。



 ――――そんな苛烈な戦場の一つ。



「生き残ったのはこれだけか?」

 黒色の頭髪と日焼けをした肌、二重瞼の眼の騎馬騎士のような精悍な風貌の

 男性が憔悴した声で尋ねる

 第4秘密小隊『スリーピングスコーピオンSleeping Scorpion』を率いている彼は、掃射を終え合流した隊員の姿を確認して呟く。

 その場には、彼を含めて三人しかいなかった。

 傭兵団『ワイルド・ハントWild hunt』の本隊及び特殊武装機動猟兵大隊

アイスファントムIced Phantom』は、

 

 第4小隊は、『ワイルド・ハント《Wild hunt》』の

 敗戦が決定的になっているヴィードナ共和国側に

 緊急依頼料金は、それなりに高額ではある。

 上層部の目的は、高額な報酬ではなくだ。



 激戦が続くこの街区のアルストス帝国正規軍防衛線へ浸透し、苛烈な戦闘を

 行っていた第4小隊は、彼等を残してほぼ全滅していた。

 もはやどうすることも出来ない。

 敵軍はまたすぐにでもやってくるはずだ。

 特に、アルストス帝国正規軍及び帝国陣営に雇われた傭兵団は、彼が率いる

 第4秘密小隊『スリーピングスコーピオンSleeping Scorpion』に

 関しては、殺しても殺しても殺し足らないほど敵意と憎悪に身を置いている。

 現に高額の懸賞金までかけられている。



「 『ドラゴンスレイヤー』は?」

 再び彼が尋ねる。

「先ほど、隊長が装甲車に向けて使ったのが最後の一本でしたよ。

 これはいよいよ、が見えてきましたね」

 苦笑い気味に軽機関銃を手渡してくるノーム種族の傭兵団員をきつく睨む。

 が、それ以上何もしない。



『俺達の終り』――――――この場所での傭兵としての仕事は終了と言うことだ。

 首都ヘルムートが敵に蹂躙され、味方が軒並み戦死。

 最悪な状況だが、傭兵団『ワイルド・ハントWild hunt』本隊からは

「まあ、俺達第四秘密小隊から捨て

 駒にされるのは慣れてはいますけど。

 でも、最後の最後は傭兵らしいというか、兵士らしいというか、そんな格好良く

 闘り合いたいですね。

 

 ノーム種族の傭兵団員が、何処か投げやりな口調で告げる。

「そうかな。ジャレッド、パトリック、アリシアの『悪魔の3人組』なら、

 こんな状況など歯牙にもかけずに闘っているはずだ。クレメンス。

 そっちのお前もそう思うだろ?ローデス」

 彼は、先ほどから何も話しかけてこない半獣人の隊員に尋ねた。




 その三人は、第4秘密小隊『スリーピングスコーピオン』の各分隊長の名前だ。

『『眠れる狂獣』ジャレッド』 『 『鬼姫』アリシア』 

『『冷獣』パトリック』 ――――この3人は冒険者から傭兵に鞍替えした

 だ。

 傭兵業界では『悪魔の3人組』という仇名で知られている。

「あ・・・その・・・・」

 怯えを隠さない表情で、視線を彷徨わせるローデスと言う名前の傭兵団員。

 第4小隊に配属されなければ、この様な地獄を経験しなくても済んだこと

 だろう。

 これでもこの傭兵団員は、戦場で敵陣営側の老若男女の正規軍将兵や傭兵を

 容赦なく血の海に沈めた。

 それは非合法作戦汚れ仕事を率先として実行していた彼もだが。

 事情を知っている一関係者からは

 クレメンスが言った『嫌われている』には、それも含まれている。



「ここでの仕事が終わったら、我々第四秘密小隊は・・・・・

 どうなってしまうのでしょうか?」

 ローデス言う名前の傭兵団員が尋ねた。

「・・・・・」

 彼は、その質問に明確な返答ができなかった。

「僕は、第4小隊のみんなを家族や友人と思っています。

 いったい、この先―――」

 ローデスがさらに何か尋ねようとした。

「どうせ、あれだ。

 捕虜になれば、戦勝国ラトビニュア帝国が、俺達傭兵を悪魔だの非人道的だなと

 偉そうに裁いて処刑台に送るのさ、戦友。

 それと、『ワイルド・ハント》』も第4秘密小隊スリーピングスコーピオンを見捨てるぜ。

 ご丁寧に、おそらく戦勝国側からの問い合わせにも、『その様な部隊及び

 その様な者は、我が傭兵団には存在も所属もしていない』とかなんとか、

 文書も送ってな」

 クレメンスが苦々しげに吐き捨てながら、ローデスの言葉を遮った。

 彼は、その言葉を聞いて不定はしなかった。

 概ね、



「俺は投降なんてしない。例え降伏して運が良くても、適当な戦争犯罪を

 着せられて、一生収容所生活だ。

 そんな惨めな経験するぐらいなら、骨の欠片も残さずに魔術や砲撃で吹き飛ばされた戦友らの仇を――――」

 クレメンスは最後まで言う事はできなかった。

 側面からの銃声が連続する。

 咄嗟に伏せた彼とローデスは難無く逃れる事が出来た。

 だが、クレメンスは第一射で頭を吹き飛ばされ、続く一斉射撃で全身を蜂の巣に

 変えられた。

 側面からは、四十丁近くの短機関銃が自動小銃が2人を目がけて弾を吐き出して

 いる。

「糞っ!!」

 また1人、第4秘密小隊スリーピングスコーピオン隊員があっけない

 最後を遂げた。

 彼は、怒りや絶望の念を抱くことはなかった。

 抱けば瞬く間に死神に捕らわれる事を知っているからだ。




 故郷に残してきた愛する妻と息子のためにも、この様な所であっさりと死ぬわけにはいかない。

 だが、状況が状況なだけに生き残れる可能性は零に近いが、義務を果たすこと

 だけを考えている様な余裕はない。

 彼は、怒りや絶望の念を抱くことはなかった。

 抱けば瞬く間に死神に捕らわれる。

 故郷に残してきた愛する妻と息子のためにも、この様な処であっさりと死ぬことは、彼には出来ない。

 だが、状況が状況なだけに生き残れる可能性は零に近いが、義務を果たすことだけを考えている様な余裕はない



「ローデス、聞こえるかローデスっ!!」

 銃弾の弾幕から逃げのびるため、倒壊しかけたビルらしき陰に転げ込んだ。

 彼は、力の限り聞こえるように1人の名を叫ぶ。

 だがそれに応えるのは、無情にも5分ほど間隔を置いて落下する砲弾だった。

 閃光と轟音と爆炎を辺りに撒き散らす。



 その砲撃により吹き飛ばされたが、彼のすぐ足下に転がってきた。

 血と臓腑の焼ける臭いが、細い路地を充満する。

 を彼は視て、呻いた。

 表情が変わるのを押さえようとしたが、唇の周りが白っぽくなっていくのを

 自覚する。

 広がってくる血の海に力無く膝をつきそうになるが、辛うじて踏みとどまった。

 吹き飛ばされたの正体は、砲撃により吹き飛ばされたローデスの

 上半身だった。

「嗚呼・・隊長ぉ・・・・」

 ローデスが苦痛に貌を顰め、上半身を小刻みに震わせながら、聞き取れない

 小声で言う。

 彼は、ゆっくりと膝をつける。




「すみません・・・僕は・・・・・ここまでです・・・・・」

 聞き取れない小声でローデスが、微笑みながら言う。

 状況から見て、もう一分と保つ事はできない

 彼は、ローデスの手をそっと握る。

 ローデスが助からない事は頭では理解していた。

 この場所に、 高度な治療魔術を使える隊員もいない。

 そして、この状態では神であろうと救えない。

 今、傭兵である彼がするべき事は銃を握り、敵兵の息遣いに耳を

 傾けるか、さっさと戦線離脱するかの何方しかない。

 こうしている間にも銃撃が続いている。

 その銃撃の音に混じって、装甲車らしき音も響いてくる。



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