第2話 外へ

 白髪の青年によって外へと連れ出された私は、今まで自分がいた建物を初めて見ることとなった。当時、青年の腰ほどの背丈だった私は、ちょうど目の前の高さにある青年の手に自身の手を握られながら、出てきた場所を振り返った。そこには、大きくて安っぽい木造の小屋と、テントがいくつかあったが、今はどれも炎に包まれ、メキメキと音をたてながら崩れている。

 後で教えてもらったのだが、ここはいわゆる見世物小屋で、人とも動物ともつかない、多くが怪物と呼ばれる生き物を飼育し、暇をもて余した金持ちたちにその姿を披露していたのだそうだ。そして私も、その怪物の一人だった。この時は自分がどんな生き物なのかまでは把握していなかったが、月に一度、大勢の人の前に出されていることはなんとなく分かっていた。

 私は炎に包まれる建物を見ながら、檻の内側にいた時にはあれほど聞こえていた人の騒ぎ声が、いまは一切聞こえてこないことに気づいた。みんな逃げ切ったのだろうか。それにしては不自然に静まり返っている気がする。

 疑問に思って、何とはなしに青年を見上げると、にこりと穏やかな笑みが返ってきた。それを見て、私はこの人が全員をどうにかしたのだなと何故か確信した。

 燃え盛る見世物小屋は木々に覆われた場所に位置しており、私は青年に手を引かれて間に延びるほっそりとした道を歩いた。夜の帳が降りたこの場所では、木々は黒く染められており、炎から離れると辺りは本当に真っ暗だった。しかし、ずっと薄暗闇の空間にいたので気づいていたのだが、私は夜目が利く。従って、暗闇に対する不安や恐怖は感じなかった。

 だから今、私が感じているこの恐怖と興奮は、暗闇によるものではない。檻が壊されて急に連れ出された世界の外に対する、未知への恐怖と好奇心だ。一人ではおそらく足がすくんで歩き出せもしなかっただろうが、青年に引っ張られているおかげで立ち止まらずに進むことができた。

 青年は暗闇をずんずん進んでいく。迷いのない足取りから、どこか目的地があるのは感じられたが、それを私に伝えようとはしなかった。尋ねようにも、私は人と話をしたことがなかったから、どのように話しかけたらいいのかも分からなかった。しかし、人生で初めて踏んだ土が足の裏にこびりついて気持ち悪くなり、不快に感じ始めた私は問うような視線を青年に向けた。何処に行くのか、いつまで歩くのかという疑問を顔に浮かべて。青年はなんだか察しが良く、私が青年を見上げる度にその視線に気づいていたようだったから、聞きたいことがあれば雰囲気を察して分かってくれるだろうと思ったのだ。

 案の定、視線に気づいた青年は私を振り返り、私が顔に浮かべた疑問を正確に読み取った。少し首をかしげて、穏やかに微笑みかける。

「疲れたかい? もう少しで着くから頑張って」

 青年はそう言って歩みを止めることなく、顔を正面に戻した。しかし、私の疑問に答えるため、話を続けてくれる。

「この先には大きな街があってね。私はその外れに宿をとっているんだ。今日は色々あって疲れただろうから、そこで休もう」

 誰かにこんなに長く話し掛けられることのなかった私は、青年の言った言葉のすべてを理解できたわけではなかったが、とりあえずこの先で休めることは分かってほっとした。青年の言う通り、頑張って歩き続ける。

 そのうち、木々が開けて私と青年が歩いている道がY字路に繋がった。私たちは左手に曲がり、広くしっかりと舗装された道を進む。足元は土ではなくコンクリートへと変わっていた。

 そうして程なくすると、ポツポツと小さな家が点在するようになり、街頭も並んでくるようになった。私は人の気配をそこここに感じ始め、落ち着かなくキョロキョロと周りに目を遣る。とうに子供は寝静まり、大人もそろそろ寝入ろうかという時間帯だが、ベッドの中にいる人間の息づかいも、寝る前のゆったりと動く人間の動作も、私の鋭い感覚が拾い集めた。なにより、人間の出す生活の匂いは、彼らが寝たところで消えるものではなかった。始めて感じる人間の暮らしに、私の心臓は高鳴りっぱなしで、思わず青年の手をぎゅうっと握りしめた。

 そこで青年はピタリと足を止めた。私は強く手を握りしめたのが意に介したのだろうかと心配になって青年を見上げたが、返ってきたのは変わらぬ笑みだった。

「着いたよ」

 その言葉に、私は青年の視線をたどって右前方を見た。が、すぐに私の視界には収まりきらないことを悟って見上げる。

 そこには、点在する家々とは比べ物にならないくらい大きい、煌々と輝く城があった。

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