34 抜け殻の金曜、突っ伏して月曜

「お疲れ様です、唐木さん」


 画面を見ながら溜息をつくしか出来ない俺に、近山さんが労いの言葉をかけてくれる。


 デモ操作を見て忌憚なき意見を言ってもらおうの会2日目、金曜日。約束の22時となり、ぞろぞろと帰っていく採用チーム。



「近山さん、今俺が、悪意と殺意だけで人を殺めることができるなら、道を歩いてる腹の立つ人を次々に犠牲にしてるかもしれない」

「もうダメだよ、このプロジェクト……」


 浜田さん、帰ってるよな? よし、じゃあ言うぞ、心の中で言うぞ。



 あのですね、精一杯敬語使わせてもらいますけど、ひょっとしておふざけになっているのでしょうか。

 ちゃんとチームの意見聞いてまとめてくださいませ。

 自分の考えだけ開発側に伝えるなんて蛮行の度が過ぎます。



 課題表に書き連ねた課題は180個。求人から応募、面接から入社決定まで、8時間で急いでやってこれ。


 3分に1回は質問が飛んできた計算だし、時間足りなくて最後は巻きでやってたから、まだまだ何か潜んでてもおかしくない。



 そして帰りがけ、採用チームのお姉さま方から口を揃えて小声で愚痴を言われた。


「ホントにさ、浜田さん何なの? 全然質問しに来ないし、回答したもの全然反映されてないし」

「協力する気なくす」

「唐木さん、ちょっと言ってやって」

「はい……」

 なぜか自分も一緒に怒られてるような気分になる。なんかもうすみません……。





「唐木さん、お疲れ様でした。まとめてくれて助かりました」


 放心状態の俺の隣に座る円藤さん。残っているのは、近山さんも合わせたコンサル3人だけ。


「これ、どうします……?」

「ううん、正直こんなに出ると思ってなかったんだよね……浜田さん困るんだよなあ……」


 言いながら、円藤さんが机に突っ伏す。こんな抜け殻みたいな男3人が一同に会す花金があるかね。


「とにかく、開発側に時間もらって、共有してみましょ……散る覚悟で」

「そんな覚悟で行きたくないです……」


 システムエンジニアの方々に会って、導入2ヶ月半前にこの惨状を伝えるという誰も笑わないバラエティー企画。ドッキリカメラだと思われるに違いない。




***




「いや、我々もなんとかしたい部分はありますけどね。このタイミングで言われても出来ないものもありますよ」


 週明けの月曜夜。

 質問や改善要望を報告をしてすぐに、開発側リーダーの石島さんが若干の苛立ちを孕んだ声で返事をする。およそ、想定通り。



 神原の本社、俺達がいるフロアの1階上である15階、左手奥側の小会議室。ここに、ケーラー社の社員が常駐している。


 4人がけの机に3人、机の上には分厚いファイルとPC、残ったスペースにガムやチョコ、空いたペットボトル。

 ああ、この人達はここで「暮らしている」のだと一目で分かるコーディネート。




「例えばね、このリストの121番だけど」

 紙で渡したリストをパラパラと捲る石島さん。30代後半、円藤さんと同じくらいだろうか。割と長めの無造作ヘアに太い黒縁の眼鏡が印象的。


「営業とか設計の募集してる部門側のユーザが応募者の履歴書を削除できちゃうって話。これね、始めに浜田さんに話してあるんですよ? これ何とかするなら早めに要望下さいって。浜田さん言ってませんでした?」

「いえ、言ってませんでしたね……」


 近山さんが無表情で答える。円藤さんは苦笑い。あのおっさんは何をどれだけ隠していやがるんだ。



「あと、このメール振り分けについても、このタイミングからは無理です。予算取って次年度以降対応ですね。それまでは運用でカバーして下さい」


 機械的に意見を述べる石島さん。まあね、そりゃね、「出来ます!」って言って直前で「やっぱり無理でした」みたいな人に比べたら率直で助かりますけどね。


 でもなんかこう、もっと「お気持ち……お察しします……さぞお辛かったでしょう……一緒に地面這いつくばって頑張りましょう……」みたいなニュアンス出してくれてもいいんじゃないですかね。



「とりあえず、この課題一覧表データでもらえますか。一旦開発側で回答書くので」

 そう締め括られ、3人で力無く頭を下げて会議室を出た。



「じゃあ、どんどん運用でカバーしよう。それができれば怖いもんなんてない。運用で全部カバーして、システム導入もやめてしまえばいいのだ」

「円藤さん、壊れるには早いです」

「……ま、とりあえず打ち合わせしよ」


 こうして21時から3人で会議することになり、俺達は体力を生贄に「今後のタスクの進め方」を召喚した。






「ぐう……疲れた……」


 終電で帰ってきて、スーツのままベッドに倒れこむ。机に放り投げたのは、コンビニのそばとおにぎり、野菜ジュースと自分へのご褒美のアイス。



 2週間終電や、3日始発くらいの修羅場は越えてきている。でも、それで慣れるかといえばそうでもなく、しんどいものはやっぱりしんどい。


 システム導入まであと2ヶ月。見えない終わりと見えきっている繁忙期に、心が萎む。


 でも、円藤さんも近山さんもいる。一緒に終電まで戦っている。それが少しだけ、俺の体を軽くしている気がする。



 ああ、まだ月曜とか冗談だろおい。ああ、実際は日付超えてるから火曜だったわー、唐木さん勘違いしちゃったわー。クソッ、もう水曜夜みたいな疲労だぞ。



 それでも、少しだけ、「仕事だけで1日終わるなんて」という変な負けん気だけが働いて、週末に買った漫画を棚から引っ張り出す。途中で電子書籍になっちゃったけど、これは最後まで紙で買うんだ。



「まあ、まずは食べてからだな……」

 会議の前にビルの1階のコンビニ行けば良かった。夕飯にしちゃ遅すぎるし、夜食にしちゃ豪華すぎる。


「いやっほおおう! 漫画2冊も読んじゃうんだから!」


 解放感と深夜テンションのコラボ。明日辛いなんて気にしない。今は今を生きて、僅かな自由時間を精一杯謳歌する。

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