Catch:関係者を捕まえろ ~女性ファッション誌編集部門 業務標準化~

21 ようこそパラダイス

「じゃあ、私の方で一旦仮のフロー作ってみて、編集の方にチェックしてもらいながら直していきますね」


 メモ帳に自分の作業をパチパチと打つ。打鍵するその手はジャズピアニストのように軽快。


「唐木さん、なんか楽しそうですね」

 隣にいた箱崎はこざきさんが、ちょっと笑いながらツッコんだ。こっちを見ながらも、彼女の右手は資料に日付を書き記している。


「そうですかね。いや、まあ、久しぶりの常駐なのでちょっと楽しみってことですかね」


 浮かれないわけないだろう? 今の俺は結構やる気に満ち溢れてるぜ。



 東京駅は丸の内側にある、28階建てのストレイブルー・コンサルティングの本社ビル。いつもはここでガチャガチャと仕事をしているけど、今俺がいるのは、駅を挟んでその反対、八重洲側にある、45階建てのビルの41階。


 11月中旬ということで空はすっかり冬の入り口の色。若干灰色交じりの青の中に、急な寒波で縮こまったような雲が丸まって泳いでいる。



「じゃあ今日からよろしくお願いしますね、唐木さん!」


 41階の真ん中にある会議室の一室で、猪井いのいさんが目を見開いて挨拶してくれた。パーマをかけた黒髪に快活そうな顔立ち、「この人はデキる!」と瞬時に思わせるオーラがある。


 プロジェクトマネージャーの箱崎さんと、敏腕チーフ編集者の猪井さん。パワフルな女性2人に負けないようにしなくちゃ。




 今回のクライアントは、最近急拡大している出版社、文道社ぶんどうしゃ。その中の女性雑誌「Fucusフークス」編集部門のコンサルティングを担当する。


 Fucusは「自然体でオシャレを謳歌する」をコンセプトに20代後半~30代前後の女性をターゲットにしたファッション雑誌だ。雑誌名はラテン語で口紅という意味らしい。


 響きが既にオシャレ。俺もいつか「Fucus系の服着てる人好みなんだよね」とか言ってみたい。広告代理店のメンズとも渡り合える気がする。



 で、プロジェクトの内容は一言。

「業務を標準化して、編集作業のミスを減らす」


 モデルの選定や付録が当たったらしく、Fucusの売上が一気に伸びる中で、もともと小さかった部門が急激に大きくなった。その中で、どの編集者も「自分流」のやり方でライターさんとのやりとりや付録製作の打ち合わせをしていたらしく、ミスが出始めたらしい。


 そこで「全員同じやり方で」「きちんと上がチェックをしながら」やれるように、業務の流れとチェック機能を整備する、というわけ。


 そんなん自社でやれ、という意見もあるだろうけど、編集者の方は日々忙しいし、弊社はノウハウも豊富だということで依頼が来たわけだ。


 そして今回はのプロジェクト。つまり、クライアント先のこのビルに直行して、ここから直帰する。別会社の社員になった気分。




「でもアレなんですね、唐木さんは人事がご専門なんですね」

 猪井さんが俺の名刺を手に取ってまじまじと見た。


「ええ。でも人事システム導入も経験したことがあって、そこで業務をフロー図に書き起こしたりもしてるので、箱崎の足を引っ張らずにお役に立てるかと思います」

「なるほど、頼もしいです!」


 社会人生活の賜物、このくらいの軽いジョークはサッと出るようになったんだ。これをプライベートにも活かせればもっと友達増えるのかな……。




 そう、今回はHR(=Human Resource:人材)チームではなく、別のチームの仕事。


 クリンダ社の仕事が終わった後、ちょうどHRの仕事がなかった一方で、このプロジェクトに緊急で人手が必要になり、「唐木さん、業務の標準化とか出来るよね!」というチームの判断で貸し出されることになった。

 バガボンドコンサルとは俺のことよ。




「で、次の打ち合わせ日程ですけど……」

 隣で箱崎さんが話している中で、頭はポジティブ一色。とても清々しい気持ちで臨んでいる。そう、「フレッシュな気分で浮かれてる」ってヤツだ。



 その理由の1つ。ああ、言うぞ、あの甘美な響きの一言を言っちゃうぞ。「有休を取ったから」です!

 ほら、脳内にいる8人くらいの性格の異なる唐木柊司が満場割れんばかりの拍手だ。


 10月のクリンダ社のプロジェクトが終わって、どこのプロジェクトにも入らない時間が出来た。所謂「アベイラブル」ってヤツだ。


 コンサルは何もやることがないときどうする。そう、有休を取るんだ。ここしかない。前年繰り越しも含めて、有休だけはたっぷりある。10日間使って、2週間丸々休み。


 四国を1周してきちゃいましたよ。金比羅山も登った、道後温泉にも入った。四万十川でレンタサイクルこいで、鳴門海峡に徳島ラーメン。美味しいもの食べて、地酒飲んで、たくさん散歩して、ぼーっと夕焼けを見て。贅沢な時間の使い方をした。で、戻ってきたら文道社の話が来ていて、今日からプロジェクト参画、というわけ。


 ちなみに朱乃あかのに会いに行こうかとも思ったけど、こんなにまとまった休み取れる機会はないので次回に持ち越し。



 そして、もう1つ。もう1つ浮かれている原因がある。


「じゃあ唐木さん、自席戻ってちょっと打ち合わせしましょう」

「そうですね。じゃあ猪井さん、よろしくお願いします!」

「こちらこそ、お願いします!」

 箱崎さんと一緒に会議室を出て、オフィスに用意してもらった机に座る。


「あの、よかったらこれ、どうぞ」

 向かいに座ってる女性が腕を伸ばして、アソートパックのチョコをくれた。


「あ、ありがとうございます」

「甘いもの好きなんですか?」

「はい、雑食なんで」

 同じブロックに座ってる女性も、隣に座った箱崎さんも笑う。


 そうです、なんたってここは女性ファッション誌の部門。当然、それを編集してる人達はほぼ女性。


 オシャレで、綺麗で、30前後。最高に美しい。ふわふわのフレアスカートに、淡い色のインナーに、カラフルなシャツとジャケット。休憩で頂く美味しいコーヒー、差し入れでもらえる新作のお菓子。




 唐木柊司、春が来ましたよ。コンサルタント4年目、ついに最高のプロジェクトに入りました!

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