17 歯食いしばって、這いつくばって

「お願いします」

「ん、じゃあいこっか」


 合コンの話題でムダに盛り上がってから数日、今日は真面目モード。長石と横並びで橋上さんの対面に座り、作った資料のレビューを受けるところ。


「まずは昇格要件ですが……」


 長石の作ったスライドを説明する。それにしても、色使い上手だな。多分家もイイ感じの色彩になってるんだろうな。クリアーカラーのグラスとか。


 俺の家? コンビニでコーラ買ったらついてきたグラスがいっぱいあるよ。


「……という感じで、柔軟に昇格・降格させられるようにしました」

「うん、基本的な方針は、僕もそんな感じかなあと思う」

 やったぜ。橋上さんと向いてる方向が一緒だ。


「でもね、全然詰められてないね。そこがダメ」

 だから1段階上げた後に3段階下げるの止めてくれませんかね……。


「あのさ、『役員の推薦があれば、要件を満たしてなくても昇格対象にノミネートできる』って補足で書いてあるけど、これいつ推薦するの? 評価結果出た後? 評価結果がAとかBとか出ないと、ノミネートされる人分からないんだよね?」


「あ、それは……」


 落ち着け、落ち着け。1回考えただろその問題は。

 おい、太陽、暑いぞ。昼だからって調子乗ってんなよ。俺の思考の邪魔するな。


「評価結果出る前に推薦募集します。ノミネートの要件を満たしても満たさなくても、推薦された人はノミネートされるってことですね」


 橋上さんは「なるほど」と口元を緩めた。「ふうん、ちゃんと考えてたね」というニュアンスのこもった笑い。


「じゃあ推薦ってどうやるの? 役員が口頭で人事に伝える?」

「そう……ですね。個人的には、役員がいちいち紙出したりするのは大変だと思うので、口頭での連絡を考えてました」


「それは誰に伝えてもいいの? 人事部の一番下っ端の子に『○○さん推薦するよ』とか言っていいの?」


 うっ。そんなことまで考えてなかった……とは言えないな。


「……いえ、それはマズいと思います」

「じゃあそれちゃんと資料に書きなよ。もっと運用する相手の立場になって問題点洗い出さないと自己満足の資料になるよ」

「はい、すみません……」


 言ってることは正論で、だからこそ余計に突き刺さる。

 隣を見ると、長石が不安の色を隠すような表情でメモを取っていた。


「じゃあ次のスライドいこ」

「はい、次は報酬のスライドになります」




 別に長石を女子として意識したこともないし、先輩面が似合う性分じゃないってのも分かってるけど、それでも後輩の前で叱責されるとしんどいものがある。


 カッコいい先輩でいたいわけじゃない。カッコ悪い先輩になりたくないだけだ。そんなこと気にしてる自分の俗っぽさが何だかおかしくて、苦笑いの口のまま橋上さんへの説明を進めた。




「あのさ、唐木さん」

 賞与のスライドの説明を終えると、会議室の外まで聞こえそうな溜息。


「前に永田さん、賞与は原資管理したいって言ってなかったっけ? 業績に応じて賞与の原資調整したいって」

「…………え?」



 そんな話してたっけ? え? 賞与の原資? というかここで何て返事するのが正解? 「忘れてました」か? それもう「罵倒してください」と同義ですけど。



「えっと、私はそう言われた認識はないんですけど……」

「うん、それはダウトだね」


 ダウト入りました。トランプゲーム以来です。


「6月のインタビューのときにちょっと話してたでしょ。インタビューメモにも書いてあるよ、多分」

 え、最近の話じゃないの。よく3ヶ月前のこと覚えてるな……。



「すみません、メモの内容把握できてませんでした」

 今度はビルの外まで聞こえそうな溜息。


「デタラメに人事制度作ってもしょうがないじゃん? ちゃんと根拠が必要なんだよね。メモの内容も全部頭に入れておいて」

「はい……」


 そんなん出来たらやりたいって……みんなアナタみたいに出来るわけじゃないんですって……。


「あ、あとここ、前回の打ち合わせのこと書いてあるけど、これもダウトだね」


 ダウト2回目入りました。本人は正しいカード出してるつもりですけど、どうやら間違ってるみたいなんで、手札いっぱい増えてますね。





「長石さん、この『月給の洗い替え』の部分、本質まで理解できてないかなあ」

 会議も後半。ついに長石にも矢が飛んできた。


「えっと……前年の給与に加算したり減額したりして月給を決めるんじゃなくて、前年の給与関係なしに評価で次年度の給与を決める、ということですよね?」

「いやいや、それは仕組みの話でしょ? それはお客さんも分かってるよ」

 淡々と、率直な物言いトークストレート。長石は返答に困った顔で橋上さんを見ている。


「この仕組みのポイントはさ、1つはダイナミックに月給動かせるってことだよね。それはスライドに書いてある。でももう1つね、経営目線で言うと、昇給のために原資を用意しておかなくていいってメリットがあるんだよ」


 分かったかな、という目線に、まだよく分かりません、の表情。言葉を交わさない、2人の会話。


「極端な話、10人に順番つけて、1位の人は幾ら、2位の人は幾ら、って決めておけば、毎回順位は変動するけど総額は変わらないでしょ?」

「あ、なるほど!」


 ああ、そういえばそんな話聞いたことある気がするな。


「この辺りは人事関連の本読めば載ってるから、ちゃんと勉強しておいてね」

「はい、すみません……」

 2人で落ち込む。やっぱりこのレビューはしんどい……。

 お互い、歯食いしばって、這いつくばるしかないぜ。





「カラさん、飲みに行きましょう、飲みに!」

「……別にいいけど」


 1時間半のミーティングが終わってすぐ、長石が俺の席にやってきた。

 まあ15時だし、ちょうどいい時間だろ。



 本社ビルを出て、3つ隣のビル、その地下街にあるカフェ。チェーン店だけど、席数が少ないからか、会社の人間と出くわさないのがありがたい。


 コイツが「飲みに行く」と言うといつもここ。まあ息抜きってヤツ。


「お疲れさん。今日は急に攻撃きたから大変だったな」

 職場を離れて、自然、ラフな口調になる。


「いやあ、厳しいですね。仕事も橋上さんも」

 アメリカンのカップを啜る長石。おいお前この気温でよくホット頼んだな。


「なんか、言い方がストレートですよね。まともに喰らうと辛いです」

「でも、前はもっと厳しかったらしいぞ」

「今よりも!」


「そんときだったらお前、完全に泣かされてたな」

「いや、そのときはトイレの個室入るまで我慢します!」


 偉そうにするだけが先輩じゃない。カッコつけられそうにはないけど、自然体で話聞いてやるくらいは出来そうだ。

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