4 お金に換わる、その言葉

「で、定年した方の再雇用についてまとめました」


 いつの間にか週が明けて、月曜日。今日も逸見さんと金森さんと社内会議。

 2人とも幾つかのプロジェクトを掛け持ちしてるから、味噌っかすの俺のためにこうして何度も時間割いてもらえることに感謝しないといけない。


「労政時報などの雑誌も含めて調べましたが、幾つかのパターンに分けられそうだったので、難易度順で並べました」


 2人が黙って聞いている。金森さんがペンで何かを書き込んでいて、フィードバックが少し怖い。逸見さんは椅子の背もたれをグッと後ろに傾けてリラックスポーズで見ていて、その余裕がもっと怖い。


「一番難しいのが完全な新規事業。定年した人を集めて新たに農業を始める、という会社がありました。これが難易度Aです。逆に一番簡単な難易度Cは、例えば今の部門で継続して同じ業務をやってもらうといったパターンです」



 説明を終えて5秒の沈黙、後、逸見さんの「フヴン」という相槌。

 「とりあえず言ってることは理解したよ」と「でも解せないところもあるけどね」の2つのニュアンスを表している、絶妙な発声。俺もいつかあの相槌をマスターしたい。


「あのさ唐木さん。『難易度』って、どういう意味で使ってる?」


 出ました、言葉の定義問題。気を落ち着けるために、ガラス張りになっている壁から一瞬だけ外を見る。ビル街に高い空、晴天に漂う徒雲あだぐも


「どういう意味……」

 復唱しながら思考を巡らせる。



 コンサルタントは言葉が命。入社したときから事ある毎に教えられている。


 例えばアレだ、うどん。前、福岡に出張に行ったときに天ぷらうどん頼んだら、丸いさつま揚げが乗ったうどんが出てきた時があった。正式には「丸天うどん」というらしいけど、「天ぷらうどん」とだけ書いてある店もあって、知らない人にとっては混乱甚だしい、というわけ。


 この仕事も同じこと。コンサルタントは形ある商品を売るわけじゃなくて、考え方や仕組みを分析・整理・発案して売っている。スライドやシートに書かれた言葉で、クライアントから安くないお金をもらっている。だからこそ、言葉には慎重にならなきゃいけない。



「唐木さん、言い換えるとね、この『難易度』って、誰にとっての難易度なの?」

「っと…………定年を迎えた方たちにとって難しい、という意味で使ってます」

「本人だけ?」

「えっと…………」

「……………………」


 この無言。こちらが意見を述べるまで、決して答えを教えてくれない。

 それは考える力を伸ばすためには役立つんだろうけど、如何せんこの状況だと、「沈黙が辛いし早く答えなきゃ」「つまんないことで焦ってないで、いいから頭働かせろよ」という脳内会議が勃発して、気が逸る。



「すみません、訂正します。会社全体にとっての『難易度』です」

 必死で絞りだした俺の回答に、間髪を入れずに逸見さんが切り返す。


「うん、うん、なるほどね。でもそれね、会社全体っていうならさ、定年社員と一緒に働く人達のことが抜けてるよね? 難易度Cの『前と同じ仕事する』ってのもさ、本人は簡単だろうけど、もし部長が定年後も役職外れてずっと居座ってたら、みんなやりづらくない?」

「あ…………」


 確かにそうだ。難易度とは誰にとっての難易度なのか。その質問の通り、確かに部長が定年で役職無しになったのにずっと居座ってたら、新しい部長にとっては目の上のタンコブ以外の何物でもない。


「だからここは、他の軸で分けた方がいいよ。新しいことやってもらうのか、自分の得意な分野やってもらうのか、とかさ」

「すみません。直しておきます」

 完全にミスだ。まだまだ未熟。自分が一生懸命考えた案の不備を10秒で見つけられると、視野の狭さに少し嫌気が差す。


「で、ちなみになんだけど、ここの『……という傾向があります』ってところなんだけど……」

 こうやって、言葉1つ1つまで確認される。お金に換わる、この言葉を。

 レビューは勉強にはなるけど、やっぱりしんどい。




「ふう……」

 会議が終わり、無料の紙コップ自販機に行く。


 隣に有料の普通の自販機もあるけど、ただで飲めるこのマズ……否、独特な味のコーヒーにも大分慣れた。変な中毒性物質でも入ってないだろうな。

 ちなみにクリームと砂糖を入れると、もうどうにもならないテイストになるので、ブラックで飲むのが基本。ホントにコーヒーかよこれ。


「雑多だねえ」

 フロア全体が見渡せる位置で黒色のカフェインを啜りながら、思わず呟く。



 100人以上のコンサルタントが、自由に働いている。必至にキーを叩いている人、仮眠を取っている人、イヤホンしながら仕事している人、チョコを食べながら資料を捲っている人。


 ワークスタイルに縛りがないのも、コンサルタントの特徴。「バリュー(=価値)さえ出せばどう働いても良い」というのが信条。飲み会があって早く帰ろうが、有休を取ろうが、きちんとやるべきことをやっていれば良い。


 ただ、俺みたいな若手にとっちゃ「やるべきこと」をやるのが大変。


 クライアントが、を求めている。

 人事部の経験がない俺に、人事のプロであるクライアントの人事部が、「自分達だけでは出来ません」とサポートを求めている。


 そりゃあ仕事量も膨らむし、そもそも大した仕事じゃないならコンサルなんか頼まない。となれば必然、時間をかけてなんとか喰らいつくしかない。


 でも、それでも仕事の絶対量が多すぎると思うけどね。こんなこと言ったら怒られるかな。怒られてもいいから言うよ、俺は言う。

 毎日大変ですよ! もう少しのんびり働きたいですよ!




「修正できた?」

「はい。『その人の経験を活かせる仕事か、新しい仕事か』という横軸と、『その会社として既存の事業か、新しい事業か』という縦軸で4タイプに分けました」


 夕方、再度上司2人と打ち合わせ。明日、クライアントとの定例ミーティングなので、その前の最終確認ということになる。


「……うん、うん。なるほどね」

 逸見さんが頷く。よし、うまく整理できたみたいだ。


「あ、ちょっと待って、唐木さん」

 金森さんがペンでシャッと丸をつける。


「これさ、『貴社の場合はタイプBが適切であると考える』ってあるけど、本当にそう思ってる? 何か根拠あります?」

「あ、いや……根拠というか……その……」

 絵に描いたようなしどろもどろ。


「あの、一応根拠にしたのは、石山人事部長が言ってたことです。『うちの会社とかは本当は新規事業とかで活用した方が良いんだろうけどね』っていう――」

「それって石山さんは何の根拠があって言ってるの? それって正しいの?」


 またもやミス。聞いたことを検証せずにそのまま使ってしまった。

 ああ、もう…………。


「えっと……私にとっては正しいことのつもりだったんですけど……それがプロジェクトの真実ではないかもしれません……」


 そんな返しがあるか! 自分で言ってて心配になるわ!


 あーあ、やっぱりレビューは勉強になるけどしんどいです。

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