Stand

 情報を集めるだけだった一期の捜査会議と違い、二期になると一期の集めた情報のもと捜査当局も目的を持って捜査にあたる。

 つまり警察も容疑者に対して攻勢に出るわけだ。

 二期になり捜査員も減らされての捜査会議。同じ所轄の鴨川署の会議室で行われるが、シリアス度は一段上がり、捜査員へのストレスも上がっている。

 高崎たかさき管理官の捜査指揮、一挙手一動に注目が集まる。管理官のとなりは、いつもの鴨川署署長大園。いつにもまして、土気色の顔色。検診にひっかからないほうが不思議だ。

 府警本部の捜査一課高崎班が席上でも会議の中心になるわけだが、鴨川署の一課飾磨しかまも、嫌味半分、所轄の意地半分で最前列、前の方、高崎の真ん前に座っている。後ろは、いつもの茶々入れの所轄の一課長荒尾あらお

「あー、あれから、二度三度表拓人おもてたくとを任意ではたいてみたが、芳しくない」

 叩いたのは、京都府警だが、どうやら叩かれたのも京都府警らしい。

 高崎管理官の顔も芳しくない、と飾磨も言いたいぐらいだ。高崎、大園両者の顔も不安げだ。おそらく、4のワンペアぐらいで、ポーカーの勝負に挑んでいる風。

 殺人の捜査で一番楽というか、逮捕への早道なのが怨恨説だ。

 動機がありとあらゆるベクトルでたった一人の犯人を指し示していることになる。

 しかし、、

「表拓人には、完璧なアリバイがある」

 高崎管理官の口から重い言葉がため息とともに出た。

「緒方美月の死亡推定時刻、平成28年2月1日の午後10時から、2月2日午前2時まで、木屋町で勤務についており、店の従業員だけでなく、複数の客、店内の防犯カメラでも裏付けが確認された」

 飾磨が今までに経験したことのない、重い沈黙。

 あの荒尾が黙っている、荒尾ですら茶々を入れる隙きがないのだ。

 怨恨説はあやまっていたのだ。

 では、行きずり!?。

 ちなみに、警察がもっとも犯罪捜査で苦手とするのが、この行きずりの出合い頭系の犯行だ。

 迷宮入りする事件のほぼ多くが警察の初動のミスな場合が多いのだが、なかでも、容疑者と被害者の接点がその時点でしかない、行きずりの犯罪は逮捕するのが大変難しい。

 よっぽどしっかりした目撃者か、犯罪者と被害者との接触時の物的証拠がないと、容疑者を少数に絞る特定すら難しい。


 暫く、避難めいたため息と、逃避的な深い息、脱出を意味する沈黙が会議室を覆う。


「うちの生活安全課と鴨川署の生活安全課の報告の方、頼む」

 予め、情報は、一番に高崎管理官に上がっているはずなのに、情報を共有化するために高崎管理官が発言を求めた。

 本部の失点を埋めるべくか、府警本部でなく、飾磨にとって顔見知りの鴨川署の生活安全課の男が立ち上がった。

「表拓人は、複数の出会い系サークルを運営しています、会員制、わりと緩い会員制、多岐にわたっています」

 生活安全課の男は、A4用紙を読みながら発言を続ける。A4の束は相当厚い、クリップめですらない

「大体、数はなんぼや」と本部捜査一課の中谷が尋ねた。

「約5,6のサークルです」

「それやったら、潰していけるんとちゃうのか」と荒尾。

 司令官でない荒尾はそりゃ気楽だろう。

 飾磨は荒尾の方を見る気にもなれない。

 それより、飾磨は高崎の表情を伺う。この男が全てを握っているのだ。

 生活安全課は続ける。

「一つのサークルがそれこそ、近畿一円ぐらいの大学生、社会人、高校生、成人の男女によってなりたっていまして、会員数は万人から、10万規模です」

「なんやそれ、売春の斡旋みたいなもんを表はやってたんと違うのか」

「わかりません」

 生活安全課の男は正直に答えた。

「わかりませんってなんや、おまえ、警察の仕事舐めてんのかっ」

 中谷が、目の前のパイプ椅子に座っている鴨川署の生活安全課の報告している男の同僚らしき男のパイプ椅子の背を思いっきり蹴った。

 後ろから思いっきり蹴られた、猪首いのくびの刑事が飛び上がるように立ち上がった。

「こっちは、そっちと違って、専従でやってんのやないんやぞ」

「バイトや、いうのか」

「出来るだけは調べたわ、どアホ、もともとはお前らが初動でトロトロやってるからこのザマなんちゃんか!」

 猪首は、振り向くや、中谷のネクタイを襟首ごと掴んだ。

「なんやと、何が専従とちゃうや、こんな風俗関係は生活安全課の仕事やろ」

 中谷も、襟首をつかまれ、拳を強く握っている。

「近畿一円やって、青野が言うたやろ、先に、府警本部で近畿一円の全部の警察に話つけとかんかーぼけー」

 猪首も負けていない。猪首は顎を突き出し、顔を中谷に近づける。

 飾磨は両者に一瞥すらしない。もっとやれ、自分が関わらない喧嘩ほど面白いものはない。

「やめろっ」

 高崎管理官が一喝した。


「一応、もう関西のすべての警察に連絡してある、警察庁サッチョウにも救援と連絡した」と高崎。

 警察庁に連絡するというのは、地方警察レベルでは、実は、軽い降参の印でもある。犯罪が都道府県をまたぐ場合、一応、アメリカのFBIのような組織は警察庁ではなく、警視庁にあるのだが、基本、日本の警察組織は都道府県単位で捜査にはあたることになっていて、あくまで連絡して協力するのが限界である。

 この原則は戦後何十年たとうと変わっていない。いや、内務省が存在した明治政府が出来た頃から変わっていないといってもいい。

 しかし、今回の場合、被害者とその交際相手が、全国規模の出会いサークルに入っていたというだけで、これが、全国規模の容疑者組織を意味するものでは決してない。

 それくらい、この会議室のメンバーだれでも分かっている。

 だから、鴨川署の猪首の生活安全課の刑事も本部の捜査一課に凄んだのだ。


Fight for your assignment.

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