第5話 無音の世界で君と2人

 夢人ゆめと


 テーブルの上には無数のテキスト、目の前にはどれからやろうかと考える黒髪美人。なんだこれ、僕は今何をしているんだ。


「どれがいいと思う?」

 決めきれずに結局僕に任せたと言う感じで十六夜先輩が言う。

「先輩が苦手な教科ってなんですか?」

「うーん、全部…かな?」

 申し訳なさそうに、恥ずかしそうに答える

「えぇ…じゃあ取り敢えず数学でもやりますか」

「わかった、数学ね」

 そう言いながら無数のテキストの中から数学だけを選び取り後はテーブルの下に置いた。

「ちなみにどこがわからないとかあります?」

わからない…」

 もはやもうお手上げだ、というふうに開き直っている。


 バンッ!

 十六夜先輩が急にテーブルを叩く。

「あ!でもね、範囲表なら持ってるよ」

「じゃあそれに沿いながら進めましょう」

 ふぅ。とため息をつきながら答える。


 勉強を教え始めて30分、すぐに驚く事が起こった。それは十六夜先輩の理解力だ。基礎を教えると応用もすぐに自分で解いてみせた。

「これで、あってる?」

「あってます」

 ワークの解答を見て正解だということを確認する。

「正解だったことだし休憩にしよ」

「ダメですよ、言ってもまだ範囲の最初の方ですし」

「ぶー」

 頰を膨らませて十六夜先輩は言う。


「にしても先輩、普通に頭いいじゃないですか」

「そんなことないよ、夢人君の教え方がいいだけだよ」

 これを謙遜って言うのか。嬉し恥ずかしそうな顔をして十六夜先輩は答えた。だがここで1つの疑問がよぎる。

「先輩って授業とかちゃんと受けてないんですか?」

「うーん、恥ずかしながら…今日は何しよう、とかそんなことばっかりで…」

「また先輩のですか」

「病気じゃないよ!失礼な!ただ、ちょっとやる事が普通じゃないかもだけど…」

 普通じゃない自覚はあったんだ、少し驚く。

「少しじゃないですよ」

 ふっ、とつい笑ってしまった。

「そういえば、屋上から飛び降りたのって先輩ですか?」

「え、それは私かもだけど、屋上からじゃなくて二階からだし飛び降りたと言ってもバンジーだよ」

 必死に弁解している。その表情が面白くてやっぱり笑ってしまう。

「いやいや、今更何を言ってるんですか。誰に言い訳してるんですか」

「いやー、だって大事な後輩君に変な人だと思って欲しくないし…」

 あごをテーブルにつけながら横目でぼそぼそと喋っている十六夜先輩を見て、ついからかってみたくなった。

「大丈夫ですよ」「えっ?」「もう手遅れですから」「ひっどーい!」「冗談です」

「またそうやってからかって…」

 うー、と唸ってる姿を見れて満足した。


「もう!ほら、休憩はまだまだだよ。勉強の続きをしなきゃ」

「さっきと言ってること逆じゃないですか」

「それとこれとは別なの」

「そうですか、じゃあ勉強を続けましょうか」


 それから少し経って数学のワークも範囲の終盤に差し掛かっていた。

「ねぇ、ここってどう解くの?」

「あー、すみません、そこはまだやってなくて僕もわかんないです」

「そっか、どうしよう。解説見てもよく分からなかったんだよね」

「あっ、ならいい考えが…」

「なになに?」

 知りたがる十六夜先輩をスルーしてスマホを取り出す。ある人物に電話をかける。


 トゥントゥントゥントゥントゥルルン♪

 小気味のいい呼び出し音が鳴る。相手はすぐにでた。

「もしもし」

「もしもし、ってお兄が電話なんて珍しいね。んで用は?」

「勉強で行き詰まったとこがあってな、ちょっと聞いときたくて」

「それまた珍しいね」

「行き詰まったのは僕じゃないんだけど…。まぁいいや、ちょっとかわるぞ」

「え?ちょっ…」

 十六夜先輩にスマホを渡す。すると、たどたどしく受け取った。

「なんで私?」

「実はうちの妹、滅茶苦茶頭良いんですよ。わかんないとこ聞いて見てください」

 うん、と頷く。そう、妹はとても頭が良く、全国模試でも順位は一桁という、所謂いわゆる天才で、だからと言って鼻にかかるような性格ではなく、面倒見もいいせいか友達も多く、おまけにスポーツ万能という、ナチュラル・ボーン・ジーニアスってやつだ。



 〜「もしもし」

「さっきの、美人さん!名前なんて言うんですか?私は夢葉です」

「十六夜 月です。月と書いてあかりです」

「へぇー、素敵な名前ですね!あっ、とそうだった、分からないところがあったんでしたっけ?」

「それは〜が〜するという問題なんですけど」

「それは、〜に〜を代入してから計算するとやりやすいですよ。それと、敬語やめてください。私、年下ですし」

「え、とわかった、よろしくね夢葉ちゃん。」

「はい!月さん」

「解けた、ありがとう!」

「良かったですね。それでお兄とどこまでいったんですか?」

「ふえぇ!?そこはまだわかんないよ…」

「これでもブラコンなものでみてくれはアレですが性格の方は結構きませんか?」

「確かに…それもあるかもしれないけど、多分違うよ。じゃあありがとね、もう切るよ?」

「はーい、それでは」ピッ〜


 会話が終わった様だ。

って、どこがですか?失礼ですけど多分妹があってますよ?」

「う!うん?こっちの話だから大丈夫」

 顔を真っ赤にしている。後輩に妹の方が頭良いですよ発言されたからだろうか。少し悪いことしたかもな。

「本当に大丈夫ですか?」

「さ、勉強の続き続きー」


 数学が終わって次の生物は自分でやると十六夜先輩は言い出した。暗記物だし1人の方がいいかもと思い、2人黙々と勉強を進めた。


 チクタクチクタクと壁掛け時計が時を刻んでいる。どのくらいたっただろうか。自分の勉強もあらかた終わりふと、顔を上げる。

 スゥスゥ、と静かな寝息を立てて寝ている。まさか人の家で寝るなんて、と驚いた。だがしかし、その安らいだ表情に目を奪われた。


 ジーーッと見つめる。時計のチクタクと刻む音しかなく部屋はとても静かだ。2人しかいない世界で、変な感情になり少し顔を近づける。

 と、そこでパチッと目が開いた。


「ッッ!!」

 十六夜先輩は驚いてテーブルの上のコップに腕が触れてしまった。トンッと静かな音を立ててコップはテーブルの上から落ちていく。コップを取ろうと咄嗟に身を乗り出した僕の身体は勢い余ってしまった。


 ビシャッ

 コップの中のジュースが床に溢れる音がする。だけど2人はそんなことを気にしていない。それよりも勢い余って飛び出した僕の身体は十六夜先輩ごと押し倒してしまっていた。


 ウルっとした大きな瞳。白魚しらうおのように綺麗な白肌。そこに映る小さな朱色。暖房が効きすぎていたせいか、寝起きのせいか、少し汗ばんだうなじ。少し荒い息遣いが聞こえるのは無音の世界この部屋のせいか、それほどに十六夜先輩との距離が近いせいか。あるいは両方かもしれない。とにかく、そんな状況に動くこともできず、目をまたたくことすらできなかった。


「ねぇ、どいて?」

 弱々しく、小さな声で言われ、我に帰る。十六夜先輩の顔の横にあった肘にグッと力をいれ身を戻す。すごくドキドキしている。実際は2秒かそのくらいなのだろうけど、体感はすごく長かった。

「な、何か拭くもの持ってきますね!」

 どんな顔をすればいいのか分からず、部屋からでた。きっと僕は相当朱い顔をしていたんだろう。十六夜先輩にほど…。


 タオルを持って部屋に戻った時、十六夜先輩はもう荷物を片付けていた。

「人の家で寝ちゃうなんてどうかしてるよね、コップもひっくり返しちゃうし、恥ずかしい…」

「先輩のせいじゃないですよ、気にしないでください。それはそれとして、そろそろ帰りますか?」

 時計は6時30分指していた、ジュースのこぼれた絨毯じゅうたんを拭きながら聞く。

「うん、もう夜だしね」


 玄関で先輩を見送る。送りますと言ったが全然大丈夫!と言うのでここで見送る。

「それじゃ、今日はありがとね」

「はい、テストお互い頑張りましょうね」

「うん!じゃあね、お邪魔しましたー」

 ガチャッ



 なんか色々と疲れた……。

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