第26話 Sapphire

 軽い眩暈と吐き気…水晶みあの目醒めは最悪だった。

 見知らぬ部屋…殺風景で白い壁…青白い照明が寒々しい光を浴びせかける。

「タケル…」

 水晶みあは、さらわれたことを思い出し、今、ここに監禁されていると自覚して…呟くのはタケルの名。

 助けて欲しいという思いより、自分が居なくなったことでタケルに心配を掛けていることを気にかけていた。

(ごめんね…タケル)

 涙が伝う…透明な涙…クリアな気持ちが流れ出す。

 ひとしきり涙が零れきると…耳鳴りが…ここは地下、気圧の違いもある。

 だが気になるのは、不自然なリズムを刻む脳に直接響くようなキンキンとした音。

 悲しく…切なく…目を閉じると断片的な映像がフラッシュのように目に浮かんでは消える。

 音は叫びのように大きくなり…耳を押さえて床に崩れ落ちる。

(もう…やめて…)


 断片的な映像は、目まぐるしく流れ続ける…。


 …………暗く…冷たい闇…星の瞬きの中に水晶みあは浮遊していた…。

 コマ落としのように時間が流れ、目の前にコバルトに光る惑星に降り立つ。

 荒れ狂う海を眺めるように断崖に立ちつくす…どのくらいの時間そうしていたのだろう…。

 断崖から海に身を投げた…海水に堕ち…身体をうねりに委ねる…そして…指先から…つま先から…海に溶け出していく…。


 月を見上げていた…産まれたばかりの赤子を抱いて…。

 粗末な小屋…愛しい我が子を憂うように抱く…。

 子供は黒い肌の女性に取り上げられ、連れ去られていく…。


 時代が…時が流れていく…環境は変われど…争いは規模を拡大しつつも繰り返される…。


 そして…再び海水に身を沈め…自らを覆うように殻を纏い目を閉じる…。


 イルカが泳いでいる…唯一、心を通わせることができる存在。

 イルカの目を通して…白い部屋…機材…自分が捕らわれていることを知る…。


 イルカの目を通して…。

「タケル!」


 耳鳴りが止んだ…。

 水晶みあの目にはタケルの姿が残像のように残っていた。

 ガンガンッとドアを叩き、蹴りあげる。

「タケル!…タケル!」

 ドアの向こうにタケルはいる…いたのだ。


「目が覚めたようね…」

 M2がモニターに目を移す。

水晶みあを連れて帰る…お前らのやろうとしていることには興味は無い…」

 タケルもモニターを見ている。

「……水晶みあを呼んで…」

 F´が黙って部屋を出て…しばらく、水晶みあを連れて来た。

「タケル」

 タケルに抱きつく水晶みあ

 部屋を見回すと紫水晶が沈められた大きな水槽の中にイルカが一頭、泳いでいる。


 この部屋は…さっき見た部屋。

 そして、この女は…水晶みあの脳裏にフラッシュバックが起きる。

 赤子を連れ去った…黒い肌の女…。

「マグダラ…マリア…」

 水晶みあが呟いた…。


 Sapphire…『サファイアは酸化アルミニウム鉱物で、含有しているチタンの作用により青色に発色した石。石言葉は深い海』

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