4話-初めて見る光



「名東区においでよなのですっ」




彼女が私に初めて放った言葉が私の心に刺さるまでに、時間はかからなかった。



西区に住んでいる私にとって名東区はとても遠い存在で、おいでよ名古屋と名乗って半年が経過していた頃でも、名東区には一度も行った事がなかったのだ。




名東区をPRする非公式萌えキャラという非常に不安定な存在に惹かれたという事もあり、初めての名東区は彼女「東野メイ」さんに案内してもらう事にした。








慣れない地下鉄に乗り藤ヶ丘駅に降りた私は、驚愕したことを今でも覚えている。


地下鉄駅なのに、外の景色が見えるのだ。



違和感を覚えながらも改札を出て階段を降りると、そこに彼女はいた。


歳は…私と同年代…20歳くらいだろうか…?


名東区の花、ナデシコを思わせる髪色に透き通った肌が印象的な美少女を見て、すぐに彼女が探していた相手だとわかった。





「東野メイさん、はじめまして。」



「わ、おいなごちゃん…!はじめまして!」




来てみたはいいものの、お互いに何を話していいのかわからず


妙な緊張感に包まれたまま、私はすぐに本題を話し始めた。



「えっとね…名東区に来るのは初めてだから、今日は色々教えてね。」



少し恥じらいながらもそう伝えると、彼女は明るい笑みを浮かべてこう言う。




「はい! お任せくださいなのですっ」



柔らかな風が吹き抜け、彼女のナデシコ色の髪が優しく揺れる。


それを見て私は、これまでにない風が自分に吹き込もうとしている事を静かに感じた。






目的地に向かって歩いている途中、ふと気になっていた事を問いかけてみる。




「ねぇ、メイさん。藤ヶ丘駅ってなんで地上にあるの?」



「え…えーと、地下鉄を通した時は地盤が固くて掘れなかったって聞いたのです。あと…」



「うん」



「その…メイちゃんって呼んでくれると嬉しいのです。おいなごちゃんの方が先輩なので…」



「じゃ、じゃあメイちゃんって呼ぶね!」



「はい!」





実家に住んでいた頃は、人と話すのが嫌いで


いつも一人で、会社と家を往復する毎日を過ごしていたけれど



彼女とだけは友達になりたいと、心からそう思えた。





何でもないような話をしながらも坂を登り、歩んだ先に目的のお店があった。



名古屋の朝は、やっぱりモーニングからはじまる。





昭和レトロを感じる店内には、地元の老若男女が集い


コーヒーを注文すればサラダと卵とトーストが付いてくる。



お店によってサービス内容は若干異なるが、名古屋のものとして有名なこのモーニング文化はそもそも名古屋のものではなく一宮市が発祥で


岐阜県の方が喫茶店に対しての出費額も多く、高知県の方がモーニングサービスは充実しているらしい。




それでも名古屋の朝は、喫茶店で中スポを読みながらコーヒーを飲み、焼きたてのトーストを食べてから始まる。



食事を済ませた頃、お腹を満たして満足そうな彼女が、じっと私の方に目を向けている事に気付いた。


その澄んだ視線に耐え兼ねて、私は口を開く。



「…メイちゃん、私の顔に何かついてる…?」



「い、いえ! なんでもないのですっ」



慌てて視線を逸らす彼女だったが、せっかく一緒にいるのに何も話していない事に気付いた私は慌てて話題を探す。




「あ、そうだ…メイちゃんはよくこのお店に来るの?」



「いえ…実は気になってはいたのですが、なかなか一人では入りにくくて…」



「そうだよね、私もなかなか一人で喫茶店って来ないから新鮮だよ。」



「はい! おいなごちゃんと来られてよかったのですっ」



「私もだよ。 …メイちゃんは、どうして私を呼んでくれたの?」




…これまで人と接してこなかったからだろうか、我ながら不必要な質問をしてしまったように感じる。


こんな事を急に聞いて、誰も幸せになったりなんてしないのに。


それでも不安だから、つい聞いてしまった。



そんな後悔を押し込めて平静を装う私に、彼女は一呼吸置いてからこう言った。




「えへへ、今はまだ、内緒なのですっ」

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