六畳一間の怪人さん

ペグペグ

第1話 六畳一間の怪人さん

 東京都内某所の閑静な住宅街、最寄り駅から徒歩13分、築40年を過ぎた古びたアパート。その中の一室に暮らす沼田孝行は、ご近所さんからは“怪人さん”という愛称で親しまれている。

 何故か、と言えば、日曜の朝からテレビで放送されているヒーローものの特撮番組に出てくる敵キャラクター――いわゆる“怪人”っぽい外見をしているからである。一言で言えば、エビとカニを足して二で割って二足歩行させたような外見だ。甲羅で覆われた身体と、カニのハサミのような左手、顔はエビに似ているが、あまりグロテスクではなく、どちらかと言えば愛嬌のある風貌である。

 六畳一間の和室にはおよそ不似合いなその奇怪な生き物は、やはりその体躯に不似合いな小さなちゃぶ台の前にちょこんと正座をして、右手で器用に箸を操り焼き魚をつついていた。

「うん、やっぱり塩ジャケはおいしいなあ……」

 幸せそうにつぶやく。一人暮らしが長いと独り言が多くなるのは、どこの誰でも同じようだ。お昼のワイドショーを流し見ながら、白いご飯をかきこみ、わかめと豆腐の味噌汁を一口すする。一連の動作を行っているのが怪人でなければ、いたって普通の光景である。口直しにお新香をつまんでポリポリと噛んでいると、玄関をノックする音が聞こえたので、沼田は「はーい」と返事をしながら慌てて立ち上がった。玄関に急ぐあまり鴨居に頭をぶつけ、痛む頭をさすりながら扉を開く。と、運送業者の制服姿の若い男が、ニコニコしながら薄いダンボールの包みと受け取り確認の伝票を差し出してきた。

「あ、沼田さんですね。こちらにハンコかサインをお願いします」

「ああ、はい、いつもご苦労さまです」

 不必要なほどぺこぺこと頭を下げながら、沼田は下駄箱の上からハンコを拾い上げ、伝票に押してやると、運送業者の男に手渡した。いつも配達に来てくれる人だけど、さわやかな好青年だなと沼田は思っていた。

「どーもー」

 運送業者の男は一礼すると、足早にトラックに戻っていく。沼田はそれを見送ってから手元のダンボールに視線を落とした。馴染みの通販サイトのロゴが入ったそれの中身は、きっと自分の予想しているものだと思いながらも、どきどきしながら封を開ける。中には、ブルーレイのソフトが一本。沼田の顔に自然と笑みがこぼれた。それは、春に劇場公開された特撮ヒーロー映画のブルーレイだった。

 沼田は、小躍りしそうになるのをこらえながら、いそいそとブルーレイの封を開けると、プレイヤーにディスクをセットする。そうしてまたちゃぶ台の前に正座すると、食べかけの昼食の続きを取り始めた。

 映画を観ながらだと、自然とご飯を食べる手が止まりがちになる。特にアクションシーンになると沼田は完全に手を止めて見入ってしまう。温かかった食事がすっかり冷めてしまっても、沼田は全然気にせずにテレビを見つめていた。結局、彼が昼食を食べ終えたのと映画を見終えたのはだいたい同時だった。沼田は映画の余韻に浸りながら、

「いつかぼくも立派なアクターになりたいなあ……」

 と、ひとりごちた。

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