第16話 棄権


「…………」


ティアは風で乱れた髪を直すことも忘れてポカーンとしていた。周りから響く拍手すらも届いていないほどに。


「閃光……?」


ボソッと言った言葉にハッとして意識が戻る。


ティアは暴風の中、アルの腕が消える瞬間、そしてギルスが消滅する瞬間を捉えていた。見えていたのに何が起こったのか分からない。だからこそ戦慄していた。


『第三試合は誰もが知ってる彼女!"雷神"スキュア=ミレ=サンダースレイVS"炎拳"アドラ=エンツォ!!第三試合、スタートでーす!!』


「悪いけど…アルが待ってるの。」


「うぉぉぉぉぉぉ!!」


玉砕覚悟で突進するアドラを尻目にスキュアは剣を持つ左手を大きく引き、突きの構えを取る。構えを見ただけで何が来るかは分かっている。しかし放たれるのは不可避の刺突。


「…雷閃。」


誰一人見切った者はいないスキュアの最速の剣技。アドラも躱せるはずも無く胴体に風穴を開けられ転移する。


開始から僅かに3秒の出来事だった。


『しゅ、瞬殺ーー!!さすがは雷神!私も長年実況をしていますが2試合連続で何が起こったのか分からなかったことはありません!波乱の予感が致しますっ!』


スキュアは足早に去り、医務室へと真っ直ぐ駆ける。すぐに扉の前に辿り着くと一呼吸置いてドアノブを開く。


「…スキュアさん。アルゼーレさんは棄権させましょう。」


「…え?」


「命に別状はありません。いや…それがそもそもおかしいんですけども。とにかく、彼の肉体は限界です。このダメージであれほど身体を酷使する固有技能を使ってあの一撃とは信じ難いことですよ。」


大会の担当医は呆れ気味に呟く。その診断は的確で、当然といえばそれまでだった。スキュアと出会う前から酷使した肉体。それに加えて全治3年と診断された半死半生の大怪我。更にはギルスから受けたダメージと雷成を放つための限界を超えた集中力。


普通ならまともに動くことも出来ないだろう。それでもなお彼は戦った。


スキュアはふぅ、と息を吐き頷く。


「分かった。アルはここで棄権。でも、覚えておいて。アルのデビュー戦を。」


「はは…忘れられるわけが無い。この会場の誰が忘れられるものですか。」


1回戦での竜巻のように突如として現れ、2回戦ではそこらの冒険者では到底不可能な神業を披露するEランクの冒険者。


『アルゼーレ=シュナイザーの棄権の知らせが入りました!情報によると大怪我を押して出場した模様です。よって、ネルム=アンバーの不戦勝となります!』


運営から棄権が知らされた時の会場全体からブーイングの声が響いた。誰だって最後まで見ていたかっただろう。


ティアはアルの棄権を聞いた瞬間に医務室へと駆け込んだ。四試合目を見ようとは一切思わなかった。それよりもあの不屈の体現者とも思えるアルがリタイアするという事実に顔面蒼白になりながら走った。


「おや?貴女は受付の…」


「アル…ゼーレさんは大丈夫なんですか!?」


医者から手渡された巻物のようなカルテ。全身余すことなく多大なダメージを負い、それでもなお戦ったアルをティアは素直に尊敬できた。


「まぁ…見ての通り大丈夫ではないですな。こんな大怪我で出場したことは愚かとしか言えません。」


「っ!?」


私のせいだ。変に期待せずに止めておけばこんな事には…。ティアはそう思っていた。服の裾をキュッと握りしめ、悔やんでも悔やみきれない思いを抱えようとしていた。


「ティアさん…?」


「アルさんっ…すみませんっ!あの時、私が止めていれば…」


「俺が人に言われて止まるとでも?心配しないでくれ。ティアさんは悪くないし、あと少し頑張ったらゆっくり休むから。」


アルの目的は強くなることじゃない。目的までのプロセスに強くなることが含まれているだけであり、本懐ではない。


「ティア…?何してるの…」


「ひぃっ!?」


ティアは羅刹の如き迫力で睨むスキュアにデジャブを感じた。アルはベッドに寝ていて近づいた途端にスキュアが遮る。少し前にあった出来事だ。


「…冗談。アルを心配してくれたんでしょ?」


違ったのはスキュアの態度か柔らかくなっていたことだった。心に余裕が出来つつある故の感情の変化だ。


「はい…。それにしても驚きました。スキュアさんが言っていた"剣"がまさかあれ程の技だったなんて。」


「…私が言ってたのは違うんだけどね。アル、いつ"雷成"を?」


「昨日だな。通用するかは賭けだったが成功してよかったよ。」


ティアは戦慄しながらも疑問を抱いた。周囲から無能、無駄な努力とバカにされてきた彼は本当にそうなのか、と。


「アルさんってもしかして天才ですか?」


「そんなわけないだろ?俺に戦闘の才能ってもんは無いよ。固有技能とか"雷成"だって誰にでも出来ると思うぞ。」


ティアが何を言ってるのだろう?と思ってしまうのも無理はない。戦理眼パルティード・ヴィジョンや月影ですら常軌を逸しているのに、雷成すら誰にでも出来ると言い放った彼に疑惑の目を向けることは不可避。


「では聞きますけど、何をしたら出来るんですか?」


「そうだな…寝る間も惜しんで剣を振って自分と同等より僅かに下のモンスターを倒す。それだけだな。」


アルは本気でそう思っていた。あながち間違いでもないが、重要なファクターが抜けていた。それは覚醒に足るシチュエーションである。


人それぞれ覚醒の形はあるが、アルの場合は今あるだけの力の欠片を集めて一つの強力な能力を作り出す適応力と創造性だった。


異端とも呼べる集中力、不要な物は切り捨てる意思。倒すためではなく守るための力は戦理眼パルティード・ヴィジョンと月影を創り上げた。


アルの急激な飛躍の最大の理由はそこにある。今、出来ることを積み合わせてより強力な武器を創り出すことにある。


「…それは立派な才能ですよ。誰にでも、は出来ません。」


「そうかなぁ…」


すこし不満気なアルだが、否定はしない。自身の努力は裏切らないが、否定してしまえば努力を裏切る行為になるからだ。


『トーナメント準決勝、始まりまーす!出場選手はステージに上がってください!』


「ん、行ってくる。」


「ああ、上で見てるよ。俺は棄権…だろ?」


「うん。ティア、アルをよろしく。」


「は、はい。言っておきますけど他意は無いですから!」


スキュアに恐怖を抱いているティアはそこはハッキリさせておきたいところ。


さておき、戦慄の準決勝が始まる──。

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