世界で2番目に強い英雄

慈庵

第1話 アルゼーレ=シュナイザー


「くっ!負ける……かよ!」


ズシャッ!


「グキャァッ!?」


少年の影とゴブリンの影は激しく動き合う。何度か打ち合っていたが、少年の一撃を受け、ゴブリンは地に伏せる。少年は冒険者だ。ランクはEランクになったばかりの駆け出しだ。


名前はアルゼーレ=シュナイザー。周りにはアルと呼ばれている。金髪が特徴的で紫色の瞳の、能力値もほぼ平均的な普通の少年だ。ソロで活動する異例の冒険者で、ギルド側から何度もパーティを組むように忠告を受けているものの、聞こうとせず頑なにソロに拘っている。


冒険者とは所謂、国の用心棒のようなものだ。主にモンスターを討伐することや犯罪者の確保が依頼として採用されている。そしてアルはモンスター討伐の依頼しか受けないようで、今も依頼中である。内容は最近になって増えてきているゴブリンの討伐。ゴブリンは戦闘力は最弱クラスに弱いものの、その繁殖力には目を見張るものがある。厄介なことに男女種族関係なく子を孕ませることが出来る。


「ふぅ。こんなもんかな。」


数体のゴブリンを屠ったアルは証拠になる左耳を切り取って袋に入れた。ゴブリンよりも毛が生えた程度のアルはまだまだ弱い。そしてこの数秒後にはそんなアルにとってトラウマに成りうるいるはずのないモンスターが飛び出してくる!


「gurururururururu……」


「なっ!?”キマイラ”だと!?」


キマイラ──。獅子の頭と山羊の体。そして毒蛇を尻尾に持つB+ランクの強敵だ。そして今のアルでは逆立ちしようと、世界が逆さになろうと歯が立たない相手でもある。その実力差にはステータスを見ても10倍近い開きがある。勝ち目はゼロに等しいのではない。紛れもないゼロである。ほんの僅かな勝機すら見えない異次元の敵にアルは少なくない怯えを見せる。だがそれも一瞬。アルがとった手段は無様なまでの敗走だ。


「うぉぉぉぉお!!こんなところで死ねるか!!!」


越えられない壁に立ち向かう覚悟はある。しかしかなりの高確率で命を散らすような敵と今は戦うべきではない。また、戦ったところで惨めな死を迎えるだけである。アルには野望がある。それを叶えるまでは死ぬわけにはいかないのだ。例え他人を見捨てようとも、その屍を踏み越えてでも生き抜く覚悟を持っている。



「gugalalalalalaa!!!」


しかしそんなことはキマイラには関係ない。人知を超えた動きでアルのすぐ背後に迫る。アルには逃げるという選択すら取らせてもらえなかった。もはや免れない死を悟る。しかし、


「死ねるかって……言ってんだろぉが!!」


そんな運命を受け止めるほど軽い覚悟ではなかった。腰を携えたツインブレードの片割れをキマイラに鋭く投げつける。通常のモンスターになら逃げ仰せれたかもしれない。ただ、キマイラはB+ランクの凶獣だった。刃は突き立たることなく、キィンッと何事も無かったかのように弾かれた。そしてアルの眼前には壁。


「ちくしょうっ!!クソクソクソッ!こんなところでッ!!」


もはや死は確定した。そう言わんばかりにキマイラの大口はニチャァ…とゆっくりと開く。アルはもう片方の刃と、足元の石を拾う。僅かにでも生き残れる手があるのなら、それに賭ける。まだまだ死んでられないのだ。


だが非常にもキマイラは凄まじい速度でアルに迫り来る!


ザンッ──。


「……な……」


キマイラは縦に裂けた。赤黒い鮮血がアルを染め上げる。視界すらも赤く染まる中、真っ二つに割れたキマイラの隙間からまるで戦乙女のごとき美しさを誇る美麗な少女を見た。


「……大丈夫?君は冒険者?」


「……あ、あぁ。あんたは……」


白銀の頭髪を揺らして近寄る美少女は優しげにアルにかかった返り血を気にすることなく手を差し伸べる。一瞬躊躇いつつもアルはその手を取った。その手はあの化物キマイラを一刀のもとに屠ったとは思えないほど細く、柔らかかった。


「私はスキュア=ミレ=サンダースレイ。冒険者。アナタ、他の人は?」


「………俺はソロだ。仲間はいねぇ。」


”雷神”スキュア=ミレ=サンダースレイ──。最強のパーティ”迅雷の九頭竜”のエースで人類最強の一角と言われる生ける伝説だ。そんな怪物が何故こんなところに?アルは単純にそう思ったのだ。だが、それよりもまずすることがあった。感謝を伝えることだ。


「助けてくれて…ありがとう。絶対死ぬわけにはいかないから、本当に助かった。この恩はいつか返すよ。」


「……うん。そんな目をしてたから、私も助けたくなった。それじゃ、私行くね。」


「あぁ。またどこかで会ったら改めて礼をさせてもらうよ。」


スキュアは始終無表情を貫いていた。美しい容姿でのそれは否が応でもクールな印象を与えるだろう。例外なくアルもそう捉えていた。


「それと…君、顔色良くないよ?……お大事にね。」


そう捉えていたのだが、去り際に薄く微笑んだ彼女を見たアルはクールなだけではないことに気づいてしまった。彼女をモチーフにした絵画や石像でも作れば売れ残ることはないのではないか、と思ってしまったアルだった。


「……あ、あぁ。」


見惚れていたアルだったが、その感情もすぐに影を潜めた。それを超えるほどの煮え滾るような怒りがアル自身を内側から焼いていく。その感情の矛先は自分自身だ。


「ちくしょう…………!サンダースレイが来なけりゃ死んでた!クソッ!!」


地面を強く何度も殴りつける。拳からは血が吹き出るがアルの怒りは全く冷めない。むしろ後から後から沸き上がってくるようだった。


烈火の如き怒りはアル自身を焦がしていく。灼熱の憤懣を前に進む糧に変えて、アルは努力する。その野望を実現させるまで──。

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