異世界のチャーリー

夏川 俊

第1話、青天の霹靂

 試験は、最悪だった……

 クラスの悪友 飯田が自信満々に言い放った推察通り、図形問題にヤマを張ったのが間違いだった。

 学校からの帰り道、学校近くを流れる川の土手道を、トボトボと歩く僕。 半ば、放心状態である。

( そもそも、y軸や曲線やらで囲まれた面積を求めて、将来、ナンの役に立つんだ? ∫なんて、クソくらえだ! )

 ナンか、ムカついて来た。大声を張り上げたくなるような心境だ。

 …でも、ヤメた。 そんなコトしても、何の意味も無い。

 

 時は、5月。

 土手道に生えている木々は、一斉に、緑の新芽を伸ばし始めている。

 生命力溢れる新緑の快活さとは対照的に、僕の心は、メッチャ落ち込んでいた……


『 ドカッ! 』


 突然、何かが、僕の顔にぶつかって来た。

「 ぶっ…? 」

 その『 物体 』は、意外に大きく、思わず両手で抱えた僕は、そのまま尻もちを突いた。

「 …な、何だっ…? お、重てえぇ~…! 」

 何かが、僕の上に乗っている。 両手には、プニプニとした感触。

「 ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 」


 ……それは、女の子だった。


( なぜ、女の子が、僕の顔に激突して来る? さっきの、プニプニした感触は、ドコの部分だ?  …んなコタぁ、この際、問題じゃない )

 全く、状況が把握出来ない、僕。 あっけに取られていると、女の子は僕の上から降り、お辞儀をして挨拶した。

「 初めまして、サーラと申します。 これから宜しくお願い致します 」


 …ナニが、これから?


 ますます、ワケが分からない僕。 ぽか~んとしていると、サーラと名乗る女の子は言った。

「 突然で、驚かれましたでしょう? 」

 驚かないヤツ、いるのか…?

「 あたしって、ホラ、おっちょこちょいじゃないですかぁ~ 」

 知らんわ。

「 侍従のメイスンなんか、呆れちゃって~… えへへっ? 」

 そいつも、知らん。 勝手に世界を語るな。 しかも、何気に茶目っ気を出しおって…!


 女の子は、ボートネックのような薄地の白いシャツを着ていた。

 綿素材のようなベージュ色のミニスカートに、ヒールの付いた白いサンダル。 髪は茶色で、背中まであり、薄い紫色のリボンで縛っている。 身長は、160くらいだろうか。 年齢は、僕より若そうだ。首から、銀色のペンダントのようなものを掛けている。


 僕は、尋ねた。

「 ドコから来たの? 何か、空から落ちて来たようなカンジだったケド? 」

 僕は、空を見上げた。


 …初夏の青い空。 遥か上空を、飛行機が飛んでいる…


 サーラと言う女の子は、頭をかきながら答えた。

「 時空を越えるのって、苦手なんです、私。 この前なんか、ジュラ紀まで行っちゃって… 」

「 …… 」

 可哀想に、こんな若い身空で精神異常をきたしているなんて……

 見れば、結構に可愛いじゃないか。 つぶらな瞳も、愛らしいし。 きっと、どこかの病院から抜け出して来たのだろう。 交番に連れて行かなきゃ。 確か、駅の方にあったハズだ。

 サーラは続けた。

「 私、今、精霊術士の資格を取る為の試験中なんです。 第3課題に、異次元の世界へワープして、そこに住む住民の方の希望を叶える課題があるんです 」

「 …… 」

「 コレが合格すれば、精霊術士3級がもらえるんですっ! 」


 ふ~ん、そうなんだ。 良かったね……

 僕、もうアッチ行って、いい?

 

 両手を胸で組み、ワクワクしながら語るサーラ。 希望に燃え、キラキラする瞳は充分に魅力的ではあるが… どうやら、深入りしない方が良さそうである。

 僕は言った。

「 大変なんだね。 じゃ、そ~いうコトで… 」

 右手を軽~く上げ、会釈をしてその場を立ち去ろうとする、僕。

 サーラは言った。

「 ああ~ん、ダメですよぉ~! まだ、何も希望を叶えてませんからぁ~! 」

 要らん、っちゅうに! ヘンに、希望とやらを分けてもらって、後で代金などを請求されたら、たまったモンじゃない。

 無視して立ち去ろうとしたが、彼女は、僕の腕にしがみ付くと、嘆願するような目で言った。

「 お願いです、希望を叶えさせて下さ~い。 ねっ? イイでしょ? ちょっとだけ、ねっ? 」


 …その『 ちょっとだけ 』って、ナニ?


 僕は、可愛らしいサーラの表情に、妙にドキドキした。

( か、可愛い……! )

 本当は、知性的美人がタイプの僕だったが、このサーラのルックスは、かなりイイ線いっている。 頭がイカレていなければ、間違い無くアイドルとしてやっていける事だろう。 渋谷辺りを歩いていれば、確実にスカウトが来そうである。 まあ、脳みそスポンジ状態の、イカレたアイドルも実際、かなりいるが……


「 よ、よし… じゃあ… 少しだけ、付き合ってやるよ 」

 彼女の、屈託の無い無邪気な表情に、僕は、少し負けた感じでそう言った。

「 ホントっ? きゃあ~、嬉しいっ! 私、頑張るからね! 」

 ピョンピョンと飛び跳ね、嬉しそうに言うサーラ。

 早速、スカートのポケットから、ナニやら図形が描かれた紙を取り出した。 大きな丸い円が何重にも描かれてあり、その中に、見た事も無い文字が描いてあった。 魔法陣のようなものなのだろうか?

 首尾は、上々のようである。 これは、完璧にイカレきっとるな… 小物にこだわるのは、オタクの証拠だ。 きっとこの後、魔法の呪文なんぞを唱え出すに違いない。

 首から掛けていたペンダントを取り、その円の中心に置くサーラ。 僕の想像通り、何やら、呪文のようなものを唱え出した。

「 ルーミタラミク、ルーミタラミク、エンシャラ、アーコリャ、ドッコイ、ホーレンキョー 」

 はっ倒すぞ、コラ! それが、まじないか? あ~こりゃ・どっこい、とか言わなかったか? 今。 思いっきり、うさんくさいな…!


 しばらくすると、ペンダントが振動し、やがて熱せられたように赤くなって来た。

 僕は、目を見張った。

「 おお~、これは、ウマくデキてるな~! タネを明かしてくれよ 」

 サーラは、両手を上げ、空に向かって言った。

「 全霊なる主よ! これに、出でませ~! 」

 ぼわ~ん、とペンダントから白い煙が立ち昇った。

 よく見ると、煙の中に、白い衣をまとった、小さな老人が立っている。 身長は、約20センチくらいだ。 グニャグニャに曲がった杖を突き、視線が定まらないような、見開かれた両目。 だらしなく開けられた口… 随分と、貧相な主である。 しかも、小っせえぇ~…!

 サーラは、ミニチュア老人に対し、うやうやしくお辞儀をしながら言った。

「 主よ、この者の希望を叶えたまえ 」

 ミニチュア老人は、僕の方を見ると、左手を上げ『 コイ、コイ 』をした。 近くに来い、と言う事らしい。

 しゃがみ込んで、ミニチュア老人をのぞき込む、僕。

 

 …よく出来ている。電池で動くのだろうか…?


 フィギア老人は、僕の顔をじっと見つめ、口をクチャクチャさせると、ぶうぅ~っ、と放屁した。

「 …… 」

 踏み潰してやろうか? コイツ。

 ヒトの顔を見ながら屁をするとは、オモチャのくせに、イイ度胸だ。 ケンカ売ってんのか?

 やがて、フィギア老人は、杖で僕の方を指し、目を閉じて、ナニやら唱え始めた。

「 精霊が、唱え始めたわ。 いよいよね! 」

 ワクワクした顔の、サーラ。

 その前に僕… まだ何にも、希望を言っていないんだけど……?

 フィギア老人の、口が止まった。

「 …… 」

 しばらくの沈黙。

「 …… 」

 顔を近付けると、寝息が聞こえる。 フィギア老人は、立ったまま寝ていた。

「 ぜ… 全霊なる主よ、目覚め給え! 全霊なる主よっ…! 」

 慌てて、声を掛けるサーラ。

 しかし、フィギア老人は反応しない。 …多分、電池切れなんじゃないのか?

 僕は、指先でフィギア老人のおでこを、ピシッと弾いた。 びっくりしたように目を覚ます、フィギア老人。 結構、面白い。

 杖の先から、ぽんっと、直径10センチくらいの白い球体を出した。 次から次へと、よくモノが出て来るな…!

 フィギア老人は、煙と共に、姿を消した。

 サーラは、球体を手に取るとペンダントを首に掛け、円を描いた紙をたたんでポケットにしまう。

「 …終わり? 」

 もうちょっと、見ていたかった気もするのだが…

 サーラは、両手に乗せた球体を、僕の目の前に出した。


 …特大の、ゆで卵みたいだ。 食べたら、美味しいのだろうか?


「 この中に、あなたの希望が入っています。 でも、割ってはいけません。 自然に割れるのを待つのです 」

 …10年待て、なんて言うんじゃないだろうな?

 特大ゆで卵を、訝しげに見ながら、僕は尋ねた。

「 いつ、割れるんだ? 」

「 明日かもしれません。 明後日かも… 」

「 割れずに腐って、異臭を放つようには、ならないだろうな? 」

「 多分… ないと思います 」

 …多分って、ナンだ? 多分って。

 サーラは、説明した。

「 あなたが、希望を唱えた時、割れるんです 」

 なるほど。

 希望を唱えないヤツなんて、いないからな。 こうなりたいとか、あんなん出来たらイイな、とか。

 だとしたら、慎重に唱えなくては…!

 ナニがいいかな? 絶世の美女を、彼女にしてもらおうかな? いやいや、そんなコトより、お金だ! 10億くらいあれば一生、遊んで暮らせるぞ……!


 事態を全く信じていないにも関わらず、勝手に想像を膨らまし、ニヤつく、僕。

 結構、面白い事になって来た。 試験結果に落ち込んでいた僕にとって、これは、この上ないアミューズメントだ。 本当かどうかは分からないが、試してみる価値はありそうである。 凹んでいた僕の心は、イッキに復活した。

 サーラは言った。

「 希望が叶えられるまで、私は、あなたを観察させて頂きます 」

「 どうぞ、どうぞ。 1分で終わるから。 さぁ~て、ナニにするかな? 」


 その時、チリンチリン、と自転車のベルが後から聞こえた。


「 何してるの? 三原クン 」

 同じクラスの、高科(たかしな)みずき……!

 頭脳明晰、学園一の才女である。 特に、英語は抜群だ。 何せ、父親は外務省の官僚である。 進学先の志望校は、津田女子。

 ノンフレームのメガネを掛けているが、知的な雰囲気の彼女には、お似合いだ。

 肩下まであるストレートの髪…… 前髪は、目の辺りで切り揃え、毛先は、シャギーっぽくナチュラルに仕上げてある。

 自然で、かつ、清楚な感じの高科… 知的雰囲気と相まって、まさに、僕好み。 実は、密かに片思いを募らせている相手である。


「 高科…! 」

 憧れの君の登場に、僕の胸は、にわかにドキドキし始めた。

 自転車を止め、初夏の風にそよぐ髪を、右手で押さえながら高科は言った。

「 三原クン、テスト、どうだった? 」

「 ダメだよ。 ヤマが外れちまってさ 」

( サーラは、ドコ行った……? )

 僕は、高科に気付かれないよう、辺りに目を配った。

 どこに消えたのか、サーラの姿は無い。 まあ、その方が、余計な説明をしなくて済む。 高科と、話しが出来るチャンスだし……!

 僕は続けた。

「 高科の方は、バッチリだったんだろ? また今回も、学年首位をキープか… いいなぁ~ 」

 高科は、苦笑しながら答えた。

「 そうでもないわよ? 化学なんか、記号を、3つも間違えちゃった。 あたし、暗記するの苦手なのよ 」

 30問あった中で、3つですか? 凄いね~、僕なんか、3つしか分からなかったよ? 酸素と、二酸化炭素と、鉄。

「 ところで、土手に座り込んで、ナニしてたの? 」


 …ヤバイ。 どうやって、この場の説明をしようか…


 僕は、テキトーかました。

「 え? あ、いや… ネズミがいてさ。 ホラ、ここに穴があるだろ? ここに、逃げ込んだんだ 」

 とっさに、足元に開いていた小さな穴を指しながら、僕は言った。 多分、雨水の浸食で開いた穴だろう。 とても、ネズミの穴倉とは思えない。 しかも、底が見えてるし。

 だが、高科は、意外にも興味あり気に反応し、答えた。

「 へえぇ~? 野ネズミ、いるんだ。 もう、初夏だもんね。 活発に動き出したのかしら。ネズミは、基本的には、夜行性なんだけどね 」

 思わず、黄色い声を発しながら飛び退けるのかと思っていたが、高科は平気らしい。

 僕は、意外そうに言った。

「 ネズミ、平気? 何か、詳しそうだね 」

 高科は、笑いながら答えた。

「 あたし、ハムスター飼ってるの。 カワイイわよ~? ゴールデンって言う種類の子でね。チャーリーって名前。 男の子なの 」

 僕には、ネズミとハムスターの違いが分からない。 ちなみに、モルモットとの違いも分からない。

( 確か、ヌートリアってのは、ネズミよりかはデカイ動物のはずだったよな…? )

 大小の違いでしか分からないとは少々、情けないが、この程度の知識レベルの高校生は、いくらでもいるだろう。

 しかし、小動物を可愛がる高科の姿は、想像するにも微笑ましい。 僕は、彼女の優しさに、改めてホレ直した。

 高科が、気付いたように言った。

「 …あ、今日は、チャーリーのエサを買って帰らなくちゃ。 忘れる所だったわ。 思い出させてくれて有難うね、三原クン! じゃ… 」

 自転車のペダルに足を掛け、僕に微笑む、高科。

「 お、おう… また明日な 」

 もっと話していたかったが、仕方が無い。

 僕は、土手を自転車で走って行く高科の、その背中に揺れる髪を見送りながら、ひとり言を呟いた。

「 チャーリーに、なりてえなぁ~…… 」


『 パカッ…! 』

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