第12回 壁から手って生えがちシリーズ1 ー 手首のスナップを効かせるべちんべちん小僧
壁から手が生える。
実は結構体験者が多い現象だと私は思う。
かくいう私も経験者の一人である。
しかも、なかなかの頻度で遭遇していた。
私は算数が脳の構造上出来ない人であり、単純な計算しか頭の中で処理出来ない。
暗記でひたすらやり過ごし、乗り越えられない物は乗り越えられず、落ちこぼれてきた。社会に出てからは電卓とExcelに依存する毎日である。
そんな私が拙い計算をした結果、私が住んだ家で、壁から手が生えた確率は25%であった。
尚、腕以外が生えたケースは除外している。ただ、色々な腕が生えた家もあるので、思い出せる限り、また紹介する事もあるだろう。
今回紹介するのは第1回、第6回、第11回の頃に住んでいた家に手が生えた話である。
当時の父はきわめて羽振りが良く、全戸100平米を超えるかなり大きいマンションに入居していた。
偶にだが、かなり有名な芸能人が別階に引越して来たりもしたので、ミーハーな私はこの家が気に入っていたといえば気に入っていたのだが、私の家族が入居した当初から、『先住民』の皆様との折り合いは、あまり良くなかったと思う。
被害者は主に母と姉だったのだが、私も他の回で語ったとおり、色々な問題に遭遇した。
最初の異変は住み始めて一年もしない内の事だった。
家中に姉のピアノの音が響く中、私はベッドにうつ伏せで寝転び、ゲームボーイで遊んでいた。
姉がピアノを弾いている間はテレビが見られない上にゲームも出来ないので、ひたすらゲームボーイに興じるしかなかったのだ。
そのベッドに横たわる私の頭上から、べちんべちんと手をパーにして壁を叩く音が聞こえたのだ。
正直、このような現象は多少慣れていたので驚きはするが、対処のしようがないので放置するケースが多かった。
どうせ見えない期に入れば一切気にもならなくなるからだ。
しかし、その音があまりにも大きく、無理にでもこちらの注意を引こうとするなら話は別である。
マンションの隣の部屋の住民は、ピアノについては寛容だが、他の騒音には不寛容だった。親曰く、かなりお家柄が良いらしい。
我が家でうっかり姉弟げんかでもしようものなら、すぐに笑顔でお静かに願えますかと、『お願い』しに来るのだ。
私はいつも、隣人のご家族の笑顔の中に燃えるような怒りを感じ取っていたので、怖くてたまらなかったのだ。
べちんべちんべちんべちん。
隣人への恐怖におびえ、いい子に静かにしていた私の苦労を見事にご破算にする音だった。
第6回で語ったとおり、一応高級マンションだったはずだが、構造上の欠陥で、真っ昼間でも日があまり差さず、シケムシが壁に湧く部屋だった。
顔を上げると、その壁から子供の手が生えていた。
青白くは無く、ただドロを触ったかのように汚れた手だった。
生えているのは手首までで、スナップを活かし、手のひらで壁をべちんべちんと叩いていた。
やはり見てしまえば怖い。あまりにも気色が悪い光景に、飛び上がって部屋から逃げた。
この時は海外から日本へ帰国したばかりの小学校六年生だったはずだ。
また、訳の分からないものとの孤独な戦いが始まってしまったのだった。
べちんべちん。
早く止めなければ、あの恐ろしい隣人がやってくると思った。
この当時、私は今よりも更に輪をかけてお馬鹿な脳内構造をしていたらしく、同時に沢山の気持を抱くのが下手だったのか、この壁からぺろ~んと生えている子供の手よりも、隣人が恐ろしかったのだろう。
この手に対して、恐怖と怒りを同時に覚えてもいいはずなのに、何故か一通り驚いてからは、怒りしか覚えなくなってしまった。
ただただ、腹立たしかった。
何で姉との部屋の間の壁から生えないんだこいつは、なんでわざわざ隣家との間の壁に生えて音を立てていやがるんだこのクソ手のひらだけ小僧が……と、間抜けな怒りを燃やしていた。
怒りに任せて攻撃をしかけようとした瞬間、我に返った。
『触れねぇ……!』
当たり前だが、怖い。
薄汚れてはいるものの、肌色はちゃんと保った普通の人間の手としか思えないものが、壁から生えているのだ。
これにうかつに触ろうものなら、急に掴まれて壁に引き摺り込まれたりはしないだろうか。凄い力で一生離してくれなかったら、などと考えてしまう。
すぐに使えそうな武器を確認すると、ゴルフクラブやバット、工具など、色々使えそうだ。
でも、叩くなんて事は出来なかった。
もしこれらでこの手に打撃を加え、人間の手を殴ったのと同じような感触があったらどうしよう。それを考えるだけで恐怖が倍増した。
思い余った私が取った次の行動はなんとも馬鹿な考えだが、『エアガンを買ってくる』事だった。
飛び道具なら怖くない。
そう思った私は大きな百貨店の中にある玩具屋へと行き、『対象年齢18歳以上』という記述など気付きもせずに購入したのは、ワルサーP38だった。
撃つ度に後ろへブローバックしたスライドを、前に押してリロードするタイプの物だったと思う。
当時の私はエアソフトガンの威力がどれ程の物かなど、ほぼ知らなかった。
痛いらしいという事だけは知っていた。
とにかく、物理的に壁をべちんべちんべちんべちん叩いている奴くらいはきっと痛い目に遭わせられるだろうと思ったのだ。
家へとたどり着く前に箱から出し、付属のオレンジ色のBB弾を装填する。
逸る気持ちを抑え、カチリとスライドを前へと押す。静かに玄関を開け、自分の部屋のドアを少しだけ開ける。
覚悟しろよ、手のひら野郎!
……居ねぇ。
『べちんべちん小僧』は当時の私に騒音被害と、エアガン代確か3000円程度という、小学生にはかなり痛い損害を与えるだけ与え、二度と私の部屋に現れる事は無かった。
一体あれが何だったのか、もちろん分からない。
ただ、その手が生えていた位置に湧いていたシケムシは、何匹も無残に潰れていた事が、あの出来事は気のせいでは無かった事を知らせている気がした。
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