午後8時22分 T-12にある監獄の食堂
「―――では、修理は受けられないという訳ですか?」
「整備の方は可能だが、修理するには
今の日本では『御馳走』と呼べるレベルの食事を強引に胃に詰め込んだ後、脱出計画に纏わる会議を
だが、会議が再開するや判明したのは頭の痛い問題ばかり。特に機材不足故に整備は辛うじて可能だが、修理に関しては余裕の『よ』の字も無い程に困窮しているという事実は今のヴェラ達にとっては痛恨の極みだ。これでは強酸で溶かされたオリヴァーのアーマーを直すのは不可能だ。
「では、この付近にその手の機材を取り扱っていた工場とかは無いのですか? 都心でも一つぐらいは―――」
「あると言えばある」トシヤの台詞の途中でアマダが言葉を被せる。「そもそも、貴方達に探してに行って欲しい場所がそこなのだ」
「……何処ですか?」
アマダのしわがれた指が空を彷徨い、航空写真の一点を指差した。そこはT-15と呼ばれる旧杉並区だった場所であり、その西側の一角に基地局や放送局を記した赤丸とは異なる青丸が描かれていた。
「この青い丸で囲んだ場所には、嘗てNG社の管轄下である施設が存在した。恐らくユグドラシルの研究か、もしくはGエナジーに関係する機械の開発をしていたのだろうが、実際の所は不明だ。元NG社の研究員だったキミならば、何か知っているのではないのかね?」
アマダの視線が元NG社の研究員であるリュウヤに突き刺さり、他の人々も少し興味を持った素振りで彼を見遣る。が、リュウヤは生憎と言わんばかりの風体で首を横に振って否定した。
「残念ながら、俺は自分が所属する部署以外の事は何一つ知らないんだ。そもそもNG社の特徴の一つとして、機密情報の保持には人一倍敏感だったからな。兎に角、所属している部署や努めている建物が違えば、例え同じ会社の管轄下でも赤の他人同然だよ」
「何か……異常なまでの秘密主義って感じですね」
「異常なんてレベルじゃない。機密情報を守るにしては度が過ぎてるぜ。他の会社なら親会社と子会社同士での情報の遣り取りがあっても良いのに、それすら無いんだぜ? 明らかに変だ!」
リュウヤは身振り手振りでNG社の姿勢の異常さを訴える度に、腕の中に居る緑が微かに上下する。このまま彼の話をヒートアップさせると、本来の話題が脱線しそうだと察したオリヴァーが再び問題点を提起した。
「何にしても、そこに何があるかは分からないって訳か……。他にNG社関連の施設や建物は無いのか?」
「T-12の周囲にあるNG社関連の建物は殆ど調べ尽し、機材も入手した。残るのはそこだけだ」
「どうして、此処だけが残っているの? 確か修理は数年前から始めたんでしょ?」
前々から抱いていた疑問をヴェラが切り出すと、アマダは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「ここには過去に何度か部隊を派遣しているのだが、今まで帰って来た部隊は……ゼロだ」
「それって……もしかして、まもりびとにやられちゃったということですか?」
「恐らく、そうであろうな。そして唯一建物への突入に成功した部隊から寄せられた情報によると、地下一階の通路が防火シャッターで閉ざされており、そこから先が通れなくなっているそうだ。程無くして、その部隊と連絡が取れなくなった」
そこでアマダは口を閉じ、場は深い沈黙に沈んでいった。確かに話を聞くだけならば行ってみる価値はあるかもしれないが、同時に危険な匂いがプンプンと漂っている。下手に足を踏み入れれば、その時点で終わりかもしれないという可能性もある。が、ヴェラ達に選択肢なんてあろう筈が無かった。
「そこへはどうやって行くの?」
「T-12は御覧の通り、周囲を高い塀で囲んでいる。行くとすれば関門と接する
アマダが写真の上に指を走らせてルートを示すと、ヴェラの表情が若干厳しいものとなった。
「遠回りになるわね……」
「ああ、その通りだ。しかし、部品さえ届けてくれれば、後は此方に任せてくれて構わない」
「そう、なら一刻も早く準備に取り掛かった方が良いわね。パワードスーツはあるかしら?」
「既に職員の使っていた屯所に置いてある」
アマダの言葉を聞くやヴェラは立ち上がり、未だに座る仲間達を一瞥した。
「準備するわよ。行くのはスーンとトシ、オリヴァーは此処でリュウヤ達と待機していて」
「分かっちゃいたけど、御留守番と聞くと申し訳ない気持ちで一杯だね」
「パワードスーツが無いのに、どうやってまもりびと戦うつもり? 生憎、私達はお荷物を守ってやれるほどの余裕なんて無いわよ」
ヴェラの意見は厳しいものだが正鵠を射ており、それだけにオリヴァーは苦笑を隠し切れなかった。
「やれやれ、手厳しいこって。分かった、大人しく御留守番しつつミドリの面倒を見てますよ」
「そいつは良かった。ほら、イケメンのベビーシッターさん。大事な初仕事だぞ」
「初仕事?」
突然自分の腕に緑を押し付けられ、リュウヤの言う初仕事の意味を飲み込めていないオリヴァーは意味深な笑みを浮かべる彼を不思議そうに見据えた。
ベビーシッターらしく面倒を見ろという事だろうか。そんな考えが頭に過った直後、不快な匂いが彼の鼻腔の最奥を突き刺した。緑の表情にも不快感が満ち溢れ、やがて耐え切れなくなった彼女は盛大に泣き始めた。そこで漸く事の重要性を理解した。
「おい、まさか……」
「そっ、オムツの交換を頼むぜ」
「……マジかよ」
物凄く嫌々とした表情のままガックリと項垂れるオリヴァーに、誰一人として同情の言葉を掛けなかった。強いて言うならば、この過酷な地では珍しい笑い声が零れるだけであった。
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