午後18時48分 T-11 地下都市制御室の屯所
黴臭い匂いが鼻の奥をじわじわと刺し、じっとりと肌に張り付く湿気が不快指数を上昇。これならコングを身に着けていた方が格段とマシだと四人の誰もが思っていたが、此処――地下都市制御室の屯所――へ彼等を連れてきた小太りの男……リュウヤ・コバヤシは至って平然としていた。
リュウヤの案内を受けて逃げ込んだ制御室の屯所は、本来であれば関係者が休憩の場として利用するのだが、災厄のグリーンデイが起こって制御に携わる人間が激減した今では屯所に詰め寄る程の人数も居らず、実質空き家と変わらない扱いを受けていた。
部屋の大きさは64㎡と学校の教室に匹敵する広々としたもので、娯楽用の大型のテレビが置かれてあるが、国が滅びてからはテレビの存在意義は失われたも同然であり、今では蜘蛛の巣のアトリエと成り果てている。自販機も数台置かれてはいるが、中身は五年前のままだ。例え喉が渇いていても、金を出して飲みたいという意欲は沸き上がらなかった。
そこへリュウヤが料理を乗せた盆を手に戻って来た。
「すまんね、こんな狭っ苦しい場所で。大した持て成しも出来ないが、飲み水と食事ぐらいは提供出来るよ。ほら、喰いな」
「ええっと……これが食事?」
段ボールを逆さまにしただけの簡易を通り越した粗雑なテーブルの上に盆を置いた途端、オリヴァーがのみならず誰もが訝し気に眉を顰めた。
健康食品やダイエット食品で紹介されそうなアルミ袋に入った固形物が一本に、缶詰豆が敷き詰められた小皿に、そしてメインディッシュが赤身に似た色合いをしたゼラチン状の物体。唯一普通なのは、やかんからコップに注がれる水ぐらいだ。
誰もが表情を引き攣らせ固まらせる中、リュウヤは彼等の反応に目くじらを立てることなく、寧ろ「やっぱりそうなるか」と彼等の反応を前々から予知していた風に眉を下げた。
「まぁ、アメリカでの食生活に慣れているアンタ達の反応は至極当然だ。しかし、此方はあの災厄が起こってから自給自足すら難しい状況でね。因みにだが、目の前のそれだけでも今の日本人には御馳走と呼べるレベルだぞ」
「マジかよ……」
「じゃあ、文句は言えませんね」
トシヤの言葉を皮切りに、四人は目の前に出された食事に向き合い、徐に手を伸ばして食し始めた。
固形物の調整食はあくまでも栄養摂取を最優先としているせいか味気がない。というか、何味を求めているのかが全く不明だ。食感もパサパサに乾いたパンケーキを食っているようで、四人の食欲を減退させる。
缶詰の豆は数十個食べて漸く舌の上に薄っすらと塩気を感じるほどに味付けが薄く、濃い味付けが大好きなオリヴァーやヴェラからすれば圧倒的にパンチが不足していた。
そして見た目からして食せるのかと恐れたゼラチン状のバイオミートは風味こそ肉だが、齧り付いてみれば無駄に弾力の高いゴムみたいで噛み切るのに一苦労だ。何とか噛み千切ったとしても今度は飲み込むのに苦労し、その都度に水の手助けが必要不可欠だ。
空腹は最大の調味料だとは誰かが言った言葉だが、それでもやはり味や食感は大事だと彼等は今回の食事で学んだのであった。
腹に収めるものを収めて一息付くと、一同は改めてリュウヤの方へ目を向けた。一同の視線を一身に集めたリュウヤ本人はゴホンと咳払いをし、改めて自己紹介を述べた。
「さてと、腹も膨れた所で話の続きをしようか。俺の名前はリュウヤ・コバヤシ。まっ、名前の通り生粋の日本人さ。気軽にリュウとでも呼んでくれ。そしてさっきは助かった、改めて礼を言いわせて貰うよ。もしもアンタ等が居なかったら、俺と緑は今頃はまもりびとの餌食だったよ」
そう言って視線を横に逸らした先には、座布団のベッドの上で寝転がる赤ん坊――緑の姿があった。けたたましく泣いていたのが嘘だったかのように、今は赤子らしくすやすやと寝息を立てて眠っている。
リュウヤに釣られて他の四人も熟睡する赤子に視線を向けるだけで、悲惨な一日でささくれた心が癒されていくのを感じた。そして緑から視線を外したリュウヤは眼鏡のブリッジを押し上げるのと同時に猫背になりかかった背筋を真っ直ぐに伸ばし、言葉を切り出した。
「アンタ達も色々と知りたい事は山程あるだろうけど、先ずは順を追って日本に起こった出来事について話そう―――」
そしてリュウヤは災厄のグリーンデイ以降の日本の……亡国の知られざる歴史を四人に明かした。
今から約五年程前に起こった災厄のグリーンデイによって日本という国家は崩壊し、大勢の犠牲者も出した。その時、辛うじて生き延びた東京の人々は各区域にある地下都市へと逃げ込んだ。この時は単純に深刻な自然災害からの非難に過ぎなかったが、地下都市へ避難して数日以上が経過すると様々な問題が露呈した。
何時まで経っても届かない日本政府への救援要請、国内及び国外ネットワークの不通、復旧の見込みが立たないライフライン……これらの問題は人々の不安と苛立ちを募らせるのに十分だった。そして一ヶ月が経過しても救援の気配が無く、遂に地下に籠っていた人々の不満は爆発した。
人々は法の秩序と順守をかなぐり捨て、自分達が生き抜く為ならば何でもした。地上に残っていた食料や物資の略奪、日本の法に抵触する違法な武器を製造し、自衛目的と称して所持したりするようにもなった。
法の番人であり違法を取り締まる警察は既に災厄によって壊滅している事もあって、東京一帯は道徳心や人情が通用しない無法地帯へと変わり果ててしまった。
それぞれの区域では暴力だけが取り柄の荒くれた強者が無力な弱者を束ねて、独自のコミュニティ――と言う名の支配――を築き上げ、遂には縄張り拡大の為に区域同士が争い合う群雄割拠へと発展してしまったのだ。
「つまり、今の日本人は互いに協力しているどころか、寧ろ対立し合っているってことか? こんな非常時に何やってんだか……」
東京の実情を知ってオリヴァーが呆れた口調で嘆き、頭を振った。非常時だからこそ助け合うべきだという人間らしい正論を訴えたかったのだろう。そしてリュウヤも同意見だと瞳で訴える一方で、こんな持論を語った。
「アンタの言いたい事も分からないでもないが、こればかりは仕方ないさ。もしも政府が無事であれば、人々は政府が助けてくれるという希望も抱けたし、こんな無法地帯も出来上がらなかった。
だが、それも災厄によって失われちまった。政府に不満を抱く国民だって大勢居るけど、最終的に国民が寄る辺とするのは結局政府なのさ。それが無きゃ、人は自分を引っ張ってくれる強者に縋るか、自分が強者になって弱者を牽引するか、もしくは弱者同士傷を舐め合って慰め合うしかない」
そう締め括るとオリヴァーに掛けていた視線の梯子を外し、再び全員の顔を平等に見渡せるよう瞳を正面に固定した。そして再び口を開き、群雄割拠となった東京のその後を話し始めた。
「それから更に八ヶ月余りが経過すると、流石に区域同士の小競り合いは小康状態に入り、争いも落ち着き始めた。ところが、その矢先にあの『まもりびと』が突如として現れた」
「まもりびと……あの樹皮で覆われた怪物人間の事ですよね?」
スーンの独り言にも似た質問に、リュウヤは徐に頷く。更に彼は『まもりびと』という名前の由来に付いて、魔の森を守る人と書いて『
「化物なんてセンスの無い呼び名よりかは、便宜上とは言えらしい名前の方がマシだろ? まぁ、これはあくまでも俺個人が勝手に付けた名前だから別に気にしなくても良いけどさ」
「それはどうでも良いけど……区域の人達はどうなったの?」
「区画に居た人々は、人同士の戦いを止めて未知なる化物の対応に追われた。今になって思えば、まもりびとの登場は敵対していがみ合っていた区画同士を結ばせる最初にして最後のチャンスだったかもしれない。まぁ、実際には上手く事は運ばなかったがな」
当時の事を思い出しているのか、リュウヤは「はぁ……」と鬱屈気味な溜息を吐き出し話を中断させた。もしも彼の言うチャンスが現実となれば、少しはマシなコミュニティが出来ていたかもしれない。仮にそうなったとしても、まもりびと相手に何処まで戦えたかは疑わしいが。
「何だかんだで人々はまもりびとに対抗しようと試みたが、対抗しようにも連中には銃火器は通用しない上に、日を追う事に相手の数は増えていくばかり。地上で好き勝手やっていた人間も、流石に身の危険を感じて地下へと逃れるようになった」
「それじゃ……災厄で生き延びた東京の人間は、全員が地下に避難しているってこと?」
「全てかどうかは断言出来ないが、恐らく殆どがそうだろう。そうして今現在、地下に引き籠りながら、まもりびとに抵抗しているってのが現状だな。けれど、T-11みたいに滅ぼされた区画もあのもまた事実だ。生き残っている区画が、あとどれくらいあるか……」
そこで会話が終わり、彼等の間に沈黙の空気が重く圧し掛かった。予想以上に過酷な東京の実情に彼等の表情も思わず曇ってしまう。この状況では日本へ出発する前に言い渡された任務を達成するどころか、日本からの脱出も困難じゃないのかと不安が込み上がる。
脱出――――その二文字を真っ先に頭に思い浮かべたオリヴァーは、思い出したかのようにリュウヤに話し掛けた。
「なぁ、この日本から逃げ出せたヤツとかって居ないのか?」
「逃げ出す? 脱出という意味か? さぁ、今まで誰かが日本を脱出したなんて話は聞いた事ないなぁ。仮に逃げ出せたとしても、それが成功したか否かを知る術は此方には無いしな」
「あー、確かにそれもそうだ……。じゃあさ、この国から逃げ出す方法って何かないのかな? もしくは他国に現状を伝える術とか―――」
「おいおい、ちょっと待ってくれ」リュウヤが怪訝そうに眉を顰めながら、尚も続く気配があったオリヴァーの言葉を遮った。「アンタ達、アメリカから態々やって来たんだろ? だったら、アンタ達が乗って来た船で逃げれば良いんじゃないのか? その言い草だと、まるでアンタ達も逃げ道を失ったようにしか聞こえないが……?」
リュウヤの指摘に、四人の内男三人の顔がヴェラへと気まずげに向けられる。その瞳には真実を言うべきか否かという迷いが込められていた。しかも、口を開かずに此方を黙って見詰めている時点で、三人が彼女に面倒事を押し付ける気があるのは明白であった。
ヴェラは嫌気の詰まった溜息を肺の奥底から絞り出すと、チームを代表して口を開いた。
「ええ、そうよ。アメリカ軍の部隊と一緒に羽田空港の跡地から日本に乗り込んだけど、着いた矢先にまもりびとの攻撃を受けて部隊は壊滅。空港の滑走路近くに寄せた船もユグドラシルの根に叩き潰されたわ」
「という事は、アンタ達も助かる方法を求めて此処にやって来たって事か!? マジかよ。こっちはてっきり助けが来たものとばかり思っていたのに……」
思い通りの反応を返され、ヴェラは「すまないね」と期待に沿えなかった事への謝罪をしつつも、同時に浮かべた苦笑いの奥底には相手の反応に対する少なからぬ苛立ちが湧き上がっていた。それに気づいたリュウヤは慌てて態度を取り繕った。
「まぁ、何と言うか……そりゃ災難だったな……。だけど、よく此処まで辿り着けたな」
「ええ、幸いにして私達にはまもりびとに抵抗する術があったからね」
そう言ってヴェラの視線が傍に置いてあったヒートホークを撫でると、リュウヤの目線も釣られてヒートホークへ釘付けられた。
「そう言えば、さっきもそれでまもりびとを叩き切っていたな。ヒートホーク……ユグドラシル専用の伐採具だな。極めて硬いユグドラシルの樹皮さえも、三千度近い高熱を帯びた刃の前には3秒弱で切断してしまう。いやぁ久し振りに見たなぁ。ヤクモ重工製のマサカリか? いや、それよりも若干スマートになっているから、それを元にした改良品と見るべきかな?」
リュウヤの口から泉のようにコンコンと湧き出る知識に、四人は大きく目を見開かせた。そしてリュウヤに対する認識が只の一般人から、自分達と近しい知識を持つ者へと格上げされたのは必然の事であった。
「アンタ、意外と詳しいな。もしかしてユグドラシルに纏わる仕事に付いていたのか?」
「ああ、そうさ。こう見えても俺はNG(ナチュラルグリーン)社に勤務していた科学者なんだぜ? まぁ、流石に国家経済の大黒柱であったユグドラシルの製造には携われなかった下っ端研究員だけど、それ以外の知識なら一通り頭ん中に入ってるぜ。今じゃ無用の長物だけどな」
自慢気にワイシャツの胸ポケットから取り出したのは、NG社が発行している身分証明書だった。5㎠の証明写真には丸々としたリュウヤの真顔が載っており、その横には彼のフルネームが今時の日本では珍しい漢字で記されていた。
だが、彼の顔写真や名前は然して重要ではない。重要なのは彼がNG社の所属であるという事実だ。
「こんな偶然があるだなんて信じられない……。だとしたら、貴方と私は同じ会社仲間って事になるわね」
「何? というとアンタ達はアメリカ支部の所属なのか?」
「ええ、そうよ。そもそも私達が日本に来た目的は、NG社の一員として本社のデータとユグドラシルの製造方法を回収する為よ」
住む国は異なれど、元を辿れば同じ企業だ。ヴェラもリュウヤを一同僚と認めたからこそ、向こうの上司に与えられた指令を素直に打ち明けたのだ。一方でリュウヤも彼女達が日本へ来た理由に納得したらしく、「成程な」と独り言ちながら相槌を打った。
「確かに今の日本じゃユグドラシルなんて製造するどころじゃないからなぁ。アレは正に金になる木だ。どの国だって喉から手が出る程に欲しがるに違いない」
「おまけにユグドラシルやGエナジーの研究に携わっていた貴方を生きたまま無事にアメリカに連れて行けたら、きっと好待遇……いえ、VIP待遇で扱われるでしょうね」
「ははは、そりゃ夢のような話だ。尤も、夢を叶える為には無事に日本から脱出する方法を考えなくちゃいかんな」
話題は再び日本からの脱出という振り出しへと戻り、幾度となく彼等の間で脱出の方法について模索及び検討案が飛び交った。が、検討案を洗い出すや複数の問題点が浮上し、それが原因で案は行き詰り最終的には破棄されるという繰り返しばかりで、結局これと言って結論らしい結論には至らなかった。
単純に問題点を抜きにして考えれば、助けを呼ぶ手段や方法は幾らでもある。大規模な通信施設が使えれば本国と連絡を取り合い、救援を寄越してもらえるかもしれない。船が無傷で残っていれば、それに乗って脱出出来るかもしれない
しかし、『たられば』と言った希望的観測に則って行動するのは、自分の運や直感に頼るも同然であり、非常に大きな危険が付き纏う。自分のみならず仲間達の命が懸かっている場合は、常に万が一を考慮して行動すべきなのは誰もが理解していた。
やがて枯れ井戸のように検討案も底を突き、代わりに重苦しい沈黙の空気が一同の頭上に舞い降りる。誰もが顰め面を浮かべたまま固まってしまい、動いているのは思考をフル回転させる頭脳だけだ。
案が思い浮かぶどころか知恵熱でウェルダンのように凝り固まった彼等の思考を軟化させてくれたのは、赤子の泣き声だった。
「ふぇ…ふぇええええっ」
「あらら、ウチの姫様が起きちまったか? 腹でも減ったのかな? ヴェラ、すまんがあの子の面倒を少しばかり見ててくれても良いか? 俺はミルクを作ってくるから」
「え? ええ、構わないけど……」
そう言うとリュウヤは重い腰を上げ、屯所の片隅に置かれてある簡易キッチンへと向かった。緑の世話を指名されたヴェラは這うように赤ん坊の傍へと寄り、アーマーを脱いだ生身の腕で彼女を抱き上げた。
シルクのような柔肌のベッドに包まれた緑は甲高い泣き声を止め、ぐすぐすと泣きじゃくる。ヴェラは慈しみの籠った眼差しで腕に収まった緑を見下ろし、一定のテンポを刻みながら小さい背中を優しく叩いた。
「良い子ねぇ。今、美味しいミルクを作ってるからねぇ」
「意外と手慣れてますね、ヴェラさん」
褒め言葉にしては意外さが全面的に出た台詞がスーンの口から零れ落ちる。彼の発言にヴェラは「意外とは余計よ」と軽く目くじらを立てながらスーンをジロリと睨み付けるも、直ぐに優しい視線を緑に向けた。
「こう見えても赤ん坊だった妹の面倒を見た事もあったし、学生時代はベビーシッターで小遣いや学費を稼いでいたからね。赤ん坊の相手は得意なのよ」
「へぇー、我等の隊長様が意外な特技を御持ちだったとはねぇ。御見逸れしたぜ」
「だから意外とは余計だって言っているでしょ、オリヴァー」
オリヴァーを嗜めて再び緑の顔を覗き込むと、丁度泣いて線のように細くなった目が開かれ、その奥から翡翠色に輝く美しい瞳が現れてヴェラの顔を映し出す。
リュウヤの瞳が日本人らしい黒色だったことを考えると、この子の瞳は母親からの遺伝なのだろう。そうヴェラは自己完結させると、キッチンでミルクを作っているリュウヤの方へ顔を振り向けた。
「……リュウ、あとどれくらいで出来そう?」
「今出来た所だ。ほら、味気ないヘルシーな脱脂粉乳のミルクだぞ~?」
戻って来たリュウヤがミルクの入った哺乳瓶を手渡すと、それを受け取った彼女は呆れも混ざった苦笑いを彼に向けた。
「あのねぇ、もうちょっと食欲のそそるような言い方をしなさいよ」
「美味い物を不味いと言うのは料理に対して失礼だが、不味い物を美味いと言うのは喰う人に失礼だろ? 少なくとも俺はそう考えている」
「まぁ、確かにそうかもしれないけどね……。はい、ミルクですよ~。一杯飲んで寝ましょうね~」
哺乳瓶の乳首を緑の口に傾けるが、彼女は眉間に皺を寄せながら嫌々と首を左右に振って拒否した。どうやら腹が空いている訳ではなさそうだ。では、トイレがしたいのだろうか? そう考えて彼女の下半身の匂いを嗅ぐが、粗相をした事を意味する不快な匂いはしない。
「何だろう? 腹が減っているワケではなさそうだし、トイレでもなさそう……」
「眠たいだけじゃないのか?」
「ああ、そうかも―――」
緑が不機嫌を訴える理由を探していると、屯所の天井に埋め込まれた蛍光灯の明かりが数度緩やかに点滅し、五度目の点滅で部屋は暗闇に支配される。だが、それも一瞬だけで直後に非常灯が作動し、橙色の明かりが室内を満たした。
「な、何が起きたんですか!?」
「ちょっと待て!」
リュウヤが持参していたノートパソコンを起動させ、目にも止まらぬタイピングでキーボードを叩き込めば、画面には屯所へと続く道中に設けた四つの赤外線監視カメラの映像が出現する。これらは災厄後にリュウヤが防犯に備えて取り付けたものだ。
そして四つに区分された画像を平等に見遣っていると、左下の画像に数匹の人非ざる化物が駆け抜けていく姿が映し出された。しかも、その駆け抜けていった方向は自分達の居る屯所へと続いている。
リュウヤはパソコンを乱暴に畳むと、小太りな男には似合わぬ素早い動きで立ち上がった。
「逃げるぞ! まもりびとがこっちに来ている!!」
「ああ、くそマジかよ!!」
オリヴァーの台詞は、この場に居た全員の本音を代弁していたと言っても過言ではない。脱いだパワードスーツを再び肌に通すと、ヴェラは屯所に居る全員が何時でも逃げられるかを確認すべく今一度振り返る。
「皆、準備は良いね? 行くよ!」
全員が自分の言葉に頷いたのを確認し、ヴェラは屯所を飛び出した。
真夜中の東京の一角で、彼等の夜の逃避行が始まる――――。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
用語解説
『現在の日本の食事について』
「災厄のグリーンデイによって第一次産業が壊滅した後は、地下都市に残された非常食を生産するプラントで栽培されたものや、バイオテクノロジーで作れられたものを細々と食い繋いでいるのが実情である。
人工太陽光で栽培した野菜、バイオ細胞で作られたバイオミート、効率的に栄養が摂取出来る調整食。しかし、あくまでもこれらは人間に必要な栄養素を賄う為に作られた食物であり、味は二の次となっている。つまりは不味い。
調味料は海水から取り出した東京湾の海水から抽出した塩が主流となっている。そんな食料事情もあり、地下都市に貯蔵されていた缶詰が最高の御馳走として重宝されている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます