01:過去の男

 ドン・マクシミリアンの書斎。いつになく警護は厳しい。今日はドンの「友人」である、アダム・ハリスが訪れていた。


「それで、今回は何の話かね」

「ビジネスです」


 アダムはオールバックにしている前髪を撫で、言葉を続ける。


「我々ハリス・ファミリーが、アンドロイドを商品にしていることは、既にご存じのことかと思います」

「ああ……知っている」

「アンドロイドはいい商品です。需要も高く、これからもっと伸びるコンテンツだと思っております」

「それで?」


 威圧するような低いドンの声にも、アダムはたじろがず、大きく息を吸う。


「ついては、ジョンソン・ファミリーにも、このビジネスに参加して頂きたい、と」

「断る」


 ドンは即答するが、アダムは引かない。


「私はこのビジネスの更なる拡大を目指しています。ノウハウは確立しました。双方にとって、大きな利益を上げられる話だと思いますが」


 書斎には、デニスの姿もある。彼は押し黙ったまま、ドンとアダムのやり取りを見つめている。


「ならん。私は、アンドロイドに関わりたくないのだよ」

「アンドロイドがお嫌いですか?それは勿体ない。あくまでも奴らは商品ですよ、商品」

「帰れ。もうお前の話は聞きたくない」


 さすがのアダムも、すごすごとその場を退散する。彼が去るのを待ってから、デニスが意見する。


「父さん。悪い話ではないように思いますが」

「何を言っている、デニス。お前もクレマチスの件で懲りたはずだ」


 あれから、デニスやレイチェルは組織犯罪課にマークされ、今もなお監視が続いている。しかし、彼らがアンドロイド犯罪に関わったという物的証拠がないため、接触はされていない。


「警察は今、アンドロイド犯罪に力を入れている。危険だ」

「しかし、アダムは上手くやっているようですよ」

「私ももう歳だ。危ない橋は渡りたくないのだよ」


 デニスは納得のいかない顔をしている。ジョンソン・ファミリーは、最も影響力のあるファミリーとはいえ、ビジネスの面においては、他のファミリーより遅れを取っていた。


「ドン、入ってもよろしいでしょうか」


 扉の向こうから、レイチェルの声が響く。


「入れ。デニスはもういい、下がれ」

「はい」


 デニスと入れ替わりに書斎へと入るレイチェル。


「それで、ハリスは何の話を持ちかけてきたんです?」

「アンドロイドの販売についてだ。ろくな話では無かった」

「そうですか」


 レイチェルはソファに座り、タバコの火を点ける。


「なあレイチェル」


 アダムやデニスと話していたときとはまるで違う、柔らかな口調でドンは語りかける。


「お前をファミリーに迎えてから、もう十年になるな」

「ええ。時の過ぎるのは早いものです」

「普通の会社員だったお前を、この世界に引き込んだことを、私は今になって後悔している」


 レイチェルは目を見開く。いきなりそんな話をされるなど、思ってもみなかったのだ。


「そんなこと、仰らないでください。今の私は、充分幸せなのですから」

「本当にそうか?」


 ドンには何かを見抜かれている、とレイチェルは身体を強張らせる。


「アリスの一件があってからだ。お前は少々、冷たくなった」

「そんなこと、ありません」

「ずっと過去を見つめている。そんな気がするのだよ」


 過去。自分の過去。レイチェルは、一人の男性を思い浮かべる。


「やはり、ドンには敵いませんね。あたしは、かつての男のことを引きずっています」

「あの捜査官か」

「はい」


 ノア――達也とは、あんな形での再会をしてしまった。お互い敵として。警察とマフィアとして。

 彼は最後に言った。また、会えるよな、と。それに対してレイチェルは、何の返事もしなかった。


「済まないな、レイチェル。普通の女の人生を歩ませてやることは、もうできない」

「あなたの養女になったときから、それは覚悟していました」


 レイチェルは、タバコをかき消す。過去を押しつぶすかのように。




 ケヴィンの待つマンションに戻ったレイチェルは、夕飯ができるまでの間、リビングのソファでテレビを見る。

 イリタ・コーポレーションのCM。ハウスメイド型のアンドロイドが、指示されたとおりに買い物に行き、帰宅するストーリーが描かれている。


「アンドロイドとの共生、か」


 レイチェルは正直、アンドロイドが好きではない。アンドロイドを商品にしている輩もまた、好ましくない。

 アンドロイドは食事もしないし眠らない。そんな相手と、どう心を通わせる?そもそも、通わせる心自体がないではないか、と。

 そういう意味では、自分とドンの考えは似通っているのだとレイチェルは思う。


「お嬢、オムライスできたよ」

「ありがとう」


 レイチェルは食卓へと移り、出来立てのオムライスを口に運ぶ。卵は少し焦げていて、お世辞にも綺麗とはいえない出来だったが、味は美味い。


「なんかさ、オレ、こうしてると幸せだわ」

「どういう意味?」

「お嬢と一緒に過ごして。一緒にメシ食って。生活していくのって、楽しいなって思ったんだ」


 いつかの夜から、レイチェルのケヴィンに対する評価は変わりつつあった。

 このまま、この男のものになるのも悪くないかもしれない。そう思うようになった。

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