第3話 水を注すのが新見の特技

 今回の事件の被害者である澤田沙也加の評判はすこぶる良い。毎日時間に遅れず出勤し、よく働く。女だてらに万引き犯を捕まえることもある。正義感が強いと同時に優しく、柔和で親切な接客をする。

「そういうところがストーカーに狙われたんですかね」

 新見は大した興味もなさそうにペンを鼻先に挟んで手帳を眺める。

「安全総務課から上がってきた調書も読みましたけど、ただただはた迷惑な片思いですよねこの三沢って男」

「『はた迷惑』で済むか。脅迫電話に郵便物の切り裂き、動物の死体をベランダに投げ込む。立派な犯罪だ」

「なーんかちぐはぐなんスよねえ。取り調べ受けた時点では確かにあんま害無さそうですもん」

「通報されて逆上したっていうのはよくあるパターンだ」

 現に、それらの嫌がらせ行為は被害届が出た後で発生している。愛憎相半ばとは言ったもので、始めは好意から行動していたストーカーが途中から憎しみを持って相手を攻撃し始めることは少なくない。

「被害が出るまでまともに動けないのも問題だな」

「迷惑防止条例か何かでしょっぴいとけばよかったんスよこんなもん」

「あれだって罰金かちょっとした懲役、それも執行猶予付きにしかならん。被害者を保護してどっかに引っ越しでもさせるならまだしも、そこまでしてやる謂れがない」

「それで野放しにしてるうちに刺されるんだから理不尽っスよねえ」

警察うちはいつでも後手後手だ。俺らは俺らですべきことをするだけだ」

 言いながら鑑識から届いた資料をめくる。凶器は安価な大量生産品の果物ナイフ、購入した店は特定できるが系列店は近辺に四、市内でも十数店舗あり、なおかつ今は三月だ。一人暮らしを始めるために安価な調理器具を買い求める人間は少なくなく、凶器から犯人を特定するのは骨が折れそうだとのことだった。

 同時に、現場に残った足跡からも犯人像が少し見えてきた。足跡は二組あり、片方は二十六センチほど、もう片方は二十八センチほど。三沢の身長は百八十ほどだったそうだから、大きい方が三沢だろうと推測された。

「小さい方は誰なんスかね。まさか二人組でこんな雑な犯行しませんよね?」

「通報したのが誰だかわからないのが痛いな」

「サイキさん」

 背後から声をかけられて振り向くと、同じチームの菅原が立っていた。

「サイキじゃなくサエキだと何度言えばわかるんだ」

「発音しにくいんですよ。メールではちゃんと書いてるんだからいいじゃないですか」

「何か用か」

「現場調べた結果なんですけどね、被害者ガイシャの財布が無くなってたらしいです。物取りの線があるんじゃないかって」

「物取りでわざわざアパートまで行くか? 部屋は荒らされていなかったんだろう?」

「なんですけど、被害者が普段身につけていたアクセサリーとかは無くなってないんですよね。ストーカーが部屋まで行って相手を殺したとしてですよ、ただ刺して金だけ盗むなんてことあります?」

「……確かに」

「でもストーカーじゃないとしたら誰がやったんスか、わざわざ部屋まで行って」

「知りませんけど」

「出た。スガさんの当てずっぽう」

「新見さんには言われたくないです」

「俺の見立てではですね」新見が急に立ち上がり、片手を後ろ手に片手を顎に当ててポーズをとる。「三沢は犯人ではありません」

「へえ?」

「これはゲームです。犯人は被害者を刺殺し、戦利品として財布を持ち去った。肝試しと同じですよ」

 ゲーム。肝試し。気分の悪い言葉が並んで冴木と菅原は揃って眉根を寄せた。仮にそうだとすれば、捜査はほとんど振り出しに戻ったことになる。

「新見の推理が正しかったとしてだ。じゃあ犯人は誰なんだ?」

 冴木が問うと、新見はにたりと笑った。

「知りません」

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