8話 ゆきの残り香

 公園の入り口に噴水があり、中央に広場がある。公園の周囲は木々で覆われていて、その内側には歩道が舗装されている。噴水の周りは、カップルの待ち合わせ場所に使われ、夏場には老若男女の避暑ひしょ地になる。広場では、土日に親子連れが遊んでいる。公園周りの歩道では、健康のために中年やお年を召した方々が、ランニングやウォーキングをしている。

 ぼくたちは、気分転換に遊びに来た兄妹(兄弟)だった。


「ここら辺はいいよな。ビルとか駅とか、人工物が周りに少なくて」


 兄さんは、軽く手を広げながらそう言った。無邪気で、微笑ましいな。人の手がかかっているとはいえ、自然が好きなのかな。


「うん。わたしもここに来ると、癒されるんだ」


 この公園には気分転換のため、たまに行っている。

 

「ねえ、兄さん。話を変えてもいいかな?」


 歩きながら兄に尋ねた。


「いいよ。話しなよ」


 兄は穏やかな表情を維持しつつも、真剣な眼差しをこちらに向けた。


「わたしが、高校に入学してから高3になるまで、どういう印象だったの?」


 あくまでも落ち着いた口調で話したつもりだったけれど、目が強張こわばっていたかもしれない。

 それでもぼくは、「ゆき」の過去を知る必要があった。彼女の過去を知れば、いまの自分を少しは理解できるかもしれない。


「外側から見るのと、近くで見るのとでは違うかな」


 兄さんは、喉の奥が滞るような言い方をした。兄さんは、前を向いたまま歩いているから、彼の表情をうかがうことは難しい。


「何それ?」


 正直に言うと、兄の発言はきょを突く発言だった。予想していなかったし、言葉の意味がすぐに呑みこめないし、言葉の雰囲気からしてあまりいい気分もしない。けれども感情の起伏を鎮めつつ、穏やかな口調でき返した。


 そして兄は、少し沈黙を入れてからぼくに語った。


友紀ゆきはいい子なんだよ。けど、君はそれで苦労しているんだろうね」


 その言葉もまた、喉の奥から絞り出されたかのようだった。兄さんはチラッと顔を傾けて言ったけれど、やっぱり彼をよく見ることができなかった。


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