2話 不安になる 兄:優一①(加筆)

 僕は洗面所にある鏡の前に立った。目の前には少女が映っていた。顔の雰囲気は清楚系で、いかにも大人しそう。目は澄んでいるが、やや垂れ目に見える。髪は胸元まである。胸の大きさは、ふつうかそれよりやや大きいくらい。元の身長は170cmちょっとだったけれど、いまや160cmあるかないかだ。


「……誰なんだ?」


 僕は小声で呟いた。


 鏡の女の子に向かって手を振ると、彼女もまた同じ動作をする。


 そういえば、声を出していない。発声練習のような声で、「あー」と音階をズラして、何回か唱える。合唱部でもないのに、朝っぱらから何をやっているんだろう? 

 無意識に喉に手をやったが、風邪のように滞っているわけでもない。鏡がちらちら見えるけど、口の開け方や仕草などがその都度模倣されて、少しうっとうしかった。ちなみに声は落ち着いていて、凛としている印象だ。

 

 総合的に考えた結果、「僕が女の子になってしまった」ことは、紛れもない事実のようだ。

 確かに、考えようによっては良いことが起こっている。胸を揉んだり、女の子の秘密の花園を見たり……。でもそんな気持ちは起こらない。そういうのに興味が無いわけじゃないけど、なぜ自分が女の子になるのか!?



 息子が娘になったら、おどろくんじゃないかな……。そう思ったけれど、僕は僕でしかないから、腹を括るしかない。


「おはよう」


 と言い、リビングの扉を開けた。

 ぼくは少し無理気味に口角を上げた。こういうとき表情が気持ちと関係してくるっていうじゃん。口元が引きつるのを感じたけれど、いったん体のことは置いておかないと。

 ドア付近からリビングへ入る。


「おはよう、友紀ゆき


 母はエプロン姿で立ったまま、父は新聞から顔を外して僕に向かって言った。


「?!」


 そう来たか。

 数秒フリーズした後、席に座る。頭が冷静になる。ゆき……、ゆき……それが彼女の名前。


「おはよう、友紀」


 隣に座っている兄の優一は、微笑を添えて僕に挨拶をした。


「……とものり」


 僕はやや唇を尖らせた。兄さんは怪訝けげんそうな顔をした後、何かを悟ったのか、にこやかな表情に戻った。


「ああ、あれかな。男でも女でもどっちでも使えるようにって」


 僕が生まれる前、両親は、男でも女でも使えるような名前を作った。漢字は同じで、読み方を変えるだけだ。つまりこの世界の僕は、「ゆき」という女性として生を受けた僕だ。あれ、じゃあ「とものり」という男としての僕は一体……?


「どうしたんだ?」


 沈黙している僕を見て、兄さんは再びいぶかしげな表情をしていた。


「ううん。なんでもない」


 咄嗟とっさに笑顔を取り繕ったが、どうしても顔が少し引きつる。

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