第四話 獣人族の魔導師



 河原で保護した獣耳の人物と白い魔物を、クラーレの家に運び込み、それぞれベッドに横たわらせたところで、クラーレが状態を調べることとなった。

 マキトとラティ、スラキチがダイニングで待機していたところに、クラーレが戻ってくる。マキトはすぐさまクラーレに詰め寄った。


「じいちゃん、様子はどうだった?」

「今は落ち着いておる。命に別状はないじゃろうな」


 クラーレの言葉を聞いたマキトたちは、安心したかのように笑みを浮かべた。

 ここでマキトは、運んできた少年について、クラーレに問いかける。


「それより気になってたんだけど、あの獣耳って本物か?」

「お、そうか。まだこれは話しておらんかったか。あの子は『獣人族』じゃよ」

「じゅーじんぞく?」


 ポカンと呆けた表情で首をかしげるマキトに、クラーレは深く頷きを返す。


「この世界には人間族以外の種族が、いくつか存在しておる。その一つが、あの子のような獣の耳を持って生まれる獣人族なんじゃ」

「へぇー、そうなのか。獣の耳以外は、殆ど人間と変わらない感じだったけど」

「それは確かに言えておるな。他の種族も大体似たようなもんじゃ」


 クラーレが苦笑しながらそう言うと、マキトは興味深そうに身を乗り出した。


「獣人族以外にも、種族ってのはいるのか?」

「勿論じゃ。ちょうど良い機会じゃし、そのことについて少し話してみようかの」


 熱いお茶を一口飲み、クラーレは語り出す。


「この世界には、ワシらのような人間族を基準として、様々な身体的特徴を備えた種族が存在する。人間族、獣人族、エルフ族、魔人族、そして神に仕える種族じゃ」

「へぇ、結構いるんだな。その特徴ってのは、耳とかそういう部分のこと?」


 マキトの問いかけに、クラーレは頷いた。


「例えば獣人族は獣の耳、エルフ族は長く尖った耳が特徴じゃ。そして魔人族じゃが、特徴の種類が他の種族と比べて多い。悪魔や竜などの耳、尻尾や角もある」


 クラーレの話を聞いているマキトの表情は、段々と興味深そうに輝き出した。それに対して苦笑しつつ、クラーレは更に話を続けていく。


「魔人族は他の種族に比べると、腕力や魔力に長けているケースが多い。種族の中でも特に強さに恵まれており、昔はそれが原因で、争いに発展することも多かった。この話はこの話でまた長くなってしまうでな。今は割愛させてもらうぞ」


 マキトは頷きつつ、試しに魔人族の姿を想像してみた。

 色々と姿は思い浮かべられたが、どうにも友好的なイメージが湧かない。気難しくて弱者に厳しい姿のほうがしっくり来てしまう。

 勿論、それだけではないだろうし、争いごとを嫌う平和主義者な魔人族だって、当然のようにいるだろう。

 考えるうちにマキトは、実際に会って確かめてみたいという気持ちが湧いてくる。もしも旅に出た場合、それも一つの目的にしてみようかと思っていた。


「最後に神に仕える種族についてじゃな。世間では神族と呼ばれておるが、きわめて謎が多い種族でもあるんじゃ。分かっていることは、少なくともこの世界に実在しておることぐらいじゃな」


 それを聞いた途端、マキトの視線が訝しげなそれに変わった。


「……誰かの作り話って可能性は?」

「それはあり得んな。実際に神族にお会いした冒険者も少なからずおる。そしてワシもその一人なんじゃ」


 その瞬間、マキトとラティは目を見開いた。ちなみにスラキチは話を聞くのに飽きたらしく、眠たそうにあくびをしている。

 マキトは特に気にする様子もなく、スラキチを抱きかかえる。視線をクラーレに向けたまま頭を撫でると、スラキチは気持ち良さそうに震え出していた。

 クラーレは腕を組んで目を閉じ、頷きながらその時のことを思い出す。


「あの日のことは今でも覚えておるわい。実に神々しくて眩しかったもんじゃ。まぁ、記憶が美化されておる可能性も、否定はできんがの」


 クラーレがしみじみと語りつつ、最後に小さな苦笑を交える。それを聞いていたマキトに、今度はラティが話しかけてきた。


「マスターの場合は人間族になるのでしょうか?」

「多分そうなるんじゃない? 変わった特徴なんてないし、エルフ族みたいに耳が長いワケでもないし」

「確かにそうですね」


 楽しそうに笑うラティは、ふと今朝助けた獣人族の人物を思い出した。


「目が覚めたら、あの獣人族さんともお話してみたいのです。女の子と話すのも随分と久々なのです」

「え、アイツ男の子じゃないの? 確かに女の子っぽい顔はしてたと思うけど」


 マキトの言葉に、ラティはあからさまに否定を込めた表情を浮かべる。


「何を言ってるのですか? あんなに細くて可愛い顔をしている人が、マスターと同じ男の子なワケがないのですよ」

「そ、そうかな?」

「なのですっ!」


 ラティに強く言い切られたものの、マキトは素直に頷けないでいた。

 確かに女の子同然の顔立ちはしているが、恐らくあの獣人族は男の子だろうと、そう思えてならないからだ。

 妙に悶々とした気持ちになっていた時、クラーレが言葉をかけてきた。


「まぁ、それについては、あの子が目覚めてから聞いてみればいいじゃろう。すっかり遅くなったが、ここらへんで昼ごはんでも食べんか?」


 外を見てみると、既に太陽は真上を通り過ぎ、少し傾いてきている。同時にマキトたちの腹が大きな音を鳴り響かせた。


「そういえばハラ減ったなぁ」

「ですね。わたしも力が抜けてきたのです」

「ピキィー……」


 脱力するマキトと魔物たちに、クラーレは苦笑を浮かべる。

 これは相当お腹を空かせているようだと予想しつつ、クラーレはキッチンに向かって歩いていくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 マキトたちが遅い昼食を終えた数時間後、獣人族の人物が目覚めた。

 白い魔物は一足先に目覚めており、現在はスラキチと一緒に外で遊んでいる。外から二つの鳴き声が聞こえてくる。とても楽しそうであり、とりあえず問題はなさそうだとマキトは思った。

 クラーレが獣人族の人物の様子を確かめていき、やがて小さな笑みとともに頷いた。そして後ろで見ているマキトとラティのほうを振り向いた。


「どこにも異常はなさそうじゃ。もう心配はいらんじゃろうて」

「そっか。良かった……」

「安心したのです」


 マキトとラティが安心したかのような笑みを浮かべる。そしてベッドに座る獣人族の人物も、緊張気味にクラーレを見上げてきた。


「あ、あの……助けてくれて、本当にありがとうございます」

「気にするでない。無事に目覚めてなによりじゃ」


 目を覚ました獣人族の名はコートニー。れっきとした少年であった。

 銀色の髪の毛は長めでサラサラしており、女の子っぽい顔立ちをより引き立てているように見える。

 コートニーはベッドに座ったまま、助けてくれたお礼と簡単な自己紹介を行う。その際に、自分から率先して男であることも明かしたのだ。どうやら容姿について言われるのは日常茶飯事らしい。ラティは心の底から驚いていたが、それもいつものことだったようだ。

 だからこそ、マキトの反応に対して、逆にコートニーは目を見開いていた。

 特に驚く様子もなかった。「へー、やっぱり男の子だったんだ」と、自分の予想が的中したことに対して笑顔を浮かべていたのだ。

 反応はそれだけだったとも言える。それ以降は、コートニーの女の子っぽい顔立ちや高い声について、他の人が当たり前のように触れてきたことについては、全く触れようともしていなかった。

 コートニーは思わず、マキトに対して率直に尋ねてしまっていた。


「その……マキト君はボクの……女の子っぽさとか、聞いたりしないのかな?」


 コートニーは頭を抱えたくなった。一体自分は何を言っているのだと。

 日頃からのコンプレックスではあるのだが、あまりにも予想外であったことに、混乱してしまっていたのかもしれない。


(そうだとしても、自分で自分の傷口をえぐるなんて……ボクのバカーっ!)


 心の中で力いっぱい叫ぶコートニーは、今にも布団を被ってしまいたかった。

 カップを持つ手に力を込めながら、チラリとマキトのほうを見てみると、なんてことない無表情で、きょとんとしているのが見えた。

 少しばかり間を空けつつ、マキトは特に感情も込めずに答える。


「まぁ、別に興味ないし」


 殆ど意識していなかったため、反応が若干遅れてしまった。

 なんとなくパッと出した答えだったので、特に捻りもないが偽りもない。

 質問の意図は分からなかったが、マキトはとりあえず気にしないことにして、兼ねて聞こうと思っていたことを聞くことにした。


「そんなことより、コートニーはなんであそこに? それにその魔物は一体……」


 丸っこくデフォルメされた、真っ白なネコのような外見。マキトはこの魔物の正体がずっと気になっていたのだ。

 しかしコートニーは悩ましげな顔つきで、その魔物に視線を向けながら答える。


「それが、ボクにもよく分からなくて……あの子が盗賊に捕まってたのを見て、なんか可哀想だと思って……」

「え、じゃあコートニーも盗賊に?」

「うん。捕まってた。おまけにこんなのもつけられちゃって」


 そう言ってコートニーが左腕をかかげると、そこには腕輪が装着されていた。

 デザイン的にかなり禍々しく、とても好き好んで付けたい代物ではない。呪いのアイテムだと言われれば、速攻で納得してしまうほどであった。

 気味の悪さを覚えたマキトは、少しばかり表情を引きつらせながら訪ねてみる。


「それは?」

「魔力封じの腕輪だよ。ボクは魔導師なんだ。まだ駆け出しだけどね。この右手の腕輪がその証拠さ」


 そう言って見せた腕輪は、飾り気のないシンプルな緑色のデザインであった。


「なるほど、魔導師を示すギルドカードか。確かに疑いようがないの」

「ギルドカードって?」

「各王都にある、冒険者ギルドに登録することでもらえるカードじゃよ。普段は腕輪と化して、登録者に装着されるんじゃ。紛失防止を兼ねてな」


 クラーレがそう答えると、マキトは興味深そうにコートニーの腕輪を見る。


「ってことは、相当大事なモノってこと? なくしたりしたら大変だな」

「うん。冒険者にとっては、身分証明そのものだからね。でも、なくしたり盗まれたりする心配は、実を言うと殆どないんだよ」

「え、なんで?」


 マキトが首を傾げると、コートニーが腕輪を見つめながら話す。


「この腕輪には、特殊な魔力が込められているらしいんだ。仮にこの腕が切り落とされても、その瞬間に腕輪は消えてなくなる。複製することも不可能で、まさに世界に一枚しかないカードってところだね。まぁ要するに、本人以外には何の価値もない、と見て間違いないよ」

「へぇー、見た目からして、盗賊が狙いそうな感じがするけどな」


 マキトがそう言うと、クラーレが苦笑を浮かべてくる。


「あくまでそう見えるだけに過ぎんよ。これもこの世界の常識の一つじゃな。もっともどうしてそんな理屈が成り立っておるのかは、ワシにも分からんがの」


 お手上げのポーズを見せるクラーレだったが、マキトは特に追及しなかった。

 気にならないと言えばウソにはなるが、どうしても知りたいわけでもない。そういうモノなのだろうと、ひとまず納得することにした。

 ここでクラーレは、コートニーの腕輪に興味深そうな視線を向ける。


「しかしまぁ、獣人族で魔導師とは、また珍しいケースじゃのう」

「え、そうなの?」


 首をかしげるマキトに、クラーレは頷いた。その瞬間、コートニーの表情に若干陰りが見えていたが、周りは全く気づかない。


「獣人族は、腕力の才能に長けて生まれてくることが多いんじゃ。冒険者に例えるならば、剣士や闘士とかじゃな。しかし、普通に魔力を持って生まれてくる獣人族もそれなりにおる。もっともその場合、エルフ族や魔人族の血を引いている者が殆どじゃがな」

「要するにボクみたいな純粋な獣人族が、魔法の才能だけを持って生まれてくるというのは、かなり珍しいってことだよ」


 クラーレに続き、苦笑しながらコートニーは言う。どこか自虐さを感じたマキトは、その様子が少しだけ気になった。

 尋ねてみようとマキトは口を開きかけたが、先に口を開いたのはラティだった。


「ところで、その腕輪は外れないのですか?」

「うん。全く外れない。かなり特殊な腕輪みたいなんだ」

「ちょっと見せてみなさい」


 クラーレはコートニーに付けられている腕輪に手を触れる。すると、淡い緑色の光が溢れ出し、瞬く間に腕輪が光に包まれた。

 そして数秒後、パリンという音とともに、腕輪は跡形もなく砕け散った。


「……え、外れた? つーか、粉々に壊れちまったぞ?」


 突然のことに、マキトは理解が全く追いつかない。

 それはラティやスラキチ、そしてコートニーも同じであった。

 コートニーは自分の腕とクラーレを交互に見ながら、口をパクパク開けている。激しい動揺によって、上手く言葉が出せないのだ。

 それでもなんとか無理やり深呼吸をして、クラーレに問いかける。


「ど、どうして? その……アナタは一体?」

「これぐらいの枷など、ワシにかかればこんなもんじゃ。元・宮廷魔導師の実力はまだまだ衰えてなどおらんよ」


 その時コートニーの目が見開き、ベッドから乗り出す形でクラーレに問い詰める。


「きゅ、宮廷魔導師? じゃあ、アナタがクラーレさん?」

「いかにもワシは、クラーレという名前じゃが……」

「やっぱりそうでしたか! あの、実はボク、ずっとアナタに憧れてたんです!」

「そ、それはまた、光栄な話じゃのう」


 クラーレは苦笑しながらも、あからさまにドン引きする様子を見せるが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、コートニーは話を続ける。


「魔導師として活動するようになってから、是非一度お会いしたいと思っていました。シュトル王国の山奥で隠居しているというウワサを聞いて、サントノ王国から国境を越え、旅をしてきたのですが……」

「もしやその際に、運悪く盗賊らに捕まってしまったのか?」

「お恥ずかしながら」


 頬を染めながら苦笑するコートニーに、クラーレが目を見開いた。


「よく無事に逃げ出せたもんじゃのう」

「運が良かったんですよ。あそこまで単純だとは思いませんでしたけど……」

「まぁとにかく、無事に助かってなによりじゃな」


 呆れの表情を見せるコートニーに、クラーレは若干引きながらも話題を締めくくる。これ以上、あれこれ聞くこともないだろうと思っていたからだ。

 ほんの一瞬だけ、コートニーが盗賊の仲間である可能性を考えてみたが、流石にそれはないだろうと心の中で笑った。

 わざわざ魔力制御のリングを付けて、激流に流されるほどのカモフラージュはしないだろうと思ったのだ。

 マキトが右手を上げて質問を投げかけてきたのは、まさにそんな時であった。


「その……宮廷魔導師ってのは、そんなに凄いモンなのか?」


 マキトの質問に、コートニーは一瞬ポカンと口を開き、そして血相を変えて詰め寄るかのごとく叫び出す。


「し、知らないの!? 各国の王宮に所属する、いわば魔導師最高の肩書きとさえ言われている、あの宮廷魔導師だよ!?」

「あぁ、うん。知らない」


 多少驚きながらも、マキトはサラリとそう答える。それに対して、コートニーは絶句していた。

 誰もが知っているハズのことを、当たり前のように知らないことがあるのかと、そういわんばかりに。

 そんな彼らの様子に、クラーレは苦笑しながら口を挟む。


「ちょうどいい機会じゃ。宮廷魔導師について、一つ軽く話してみようかの」


 その言葉に、マキトとラティは興味深そうな視線をクラーレに向け、コートニーは未だ信じられなさそうな表情で、マキトたちのほうに視線を向けるのだった。


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