義隆鬼譚

山神賢太郎

プロローグー依頼ー

 俺は学校の帰りに、家とは全く違う方向へと足を進めていた。それは、ある噂話を聞かされたからだ。

 好奇心だとかそんなもんじゃない。ただ気になったからだ。何か嫌な予感がしたからというかそんな感じだ。でも俺のそういう予感は当たるので嫌なものだ。まあ依頼を受けてしまったのだからしょうがないっていうのもあるけどな。

 噂話は刀を持った少女がいるってことと神隠しが起こったってことだった。

 このご時世に刀を持った奴がいるのかとも思ったし、神隠しなんてどこかの変質者の仕業だろう、とも思ったさ。でも奴が持ってくる話は大抵本当のことが多い。


 それは、放課後のことだった。

 ブラスバンド部の管楽器の音、運動部のやけに野太い声が聞こえる。

 みんな青春しているのだな……と思いながら、一人だけの教室で夕日に照らされながら、俺は人を待っていた。

 呼び出しておいてこれだ。奴はいつもそうだ。

 待ち人が美少女であれば、待つのも苦ではないむしろ喜んでいつまでも待つだろうだが、少女ですらない男なのだからいらだちが止まらない。

 それに、六月ということもあり、ジメジメとして本当に最悪だ。かれこれ、二十分も待っているのだ。貧乏ゆすりが止まらないのもしょうがないことだろう。

 机に膝が当たって少々赤くなってそうだ。

 もうほっぽりだして、帰ってしまおうかと思ったその時だった。

 ――ガラガラガラッ

 と教室の扉を開け、不気味な笑みをしながら奴はこう言った。

「やあ、親友。待たせたね」

 一方的に親友と呼び、一々俺に執拗に絡んでくる中村隆司(なかむらりゅうじ)が現れた。

 まあ、そんな奴に付き合う俺もお人好しというか変人というか。

 しかし、これだけ待たされてお詫びも無いというのもムカつく。 

『〈たたかいますか?〉それとも、〈にげますか?〉』

 そんな、二択が俺の頭に浮かんだ。

 しかし、どうせ逃げても回り込まれるのだ。

 ここは潔く……〈たたかう〉を選ぶのが無難だろう。例え、負けるのが分かっていても。

「遅すぎるんだよ。待たせすぎだ」

 俺は中村を睨みつけながらそう吐き捨てたが、意に返さず、防御力も下がっていないようだ。

「悪いね、色々と準備があってね」

 全然悪びれた様子じゃないのがムカつく。

 中村隆司はオカルト研究会というサークルの部長だ。

 そう聞くと誰でもオカルト好きなのだと思うだろうが全く違う。むしろアンチオカルトなのだ。オカルトを知ることでオカルトを否定する男。それが中村隆司だ。

 幽霊はシミュラクラ現象やただの錯覚、病気による幻覚、あとは写真加工。未確認飛行物体はただの雲や異常気象による物体の上昇による物、あと錯覚。未確認動物は動物の奇形種、あと錯覚。

 なんて風に否定するのだ。

まあ、確かに九十九パーセントがそういった物だろう。

 でも、俺に言わせれば未だ科学では証明されていないことの方が多いのだから、そういうのが居たって不思議じゃないだろう。

 宇宙人だっているかもしれない。まあ宇宙人とまでは言わなくても、地球外生命体くらいはいてもおかしくないだろ。この銀河にどれくらいの星があるのかは知らないが、『いる』と思う方が、ロマンがあっていいじゃないか。

 それに未確認動物だっているかもしれない。動物の進化途中そんな感じの奴がさ。深海にはまだ未発見の生き物だっているだろうし、森の中だっているかもしれない。

 そんな風に俺は思うんだよ。

「で、話ってなんだよ」

 中村は俺の前にある椅子をくるりと回し、椅子に座るとまた不気味な笑みを見せて話し始めた。

「鬼一(きいち)君。こんな話を知っているかい。刀を持った少女と神隠しの話を」

 そんな話を普通知っていると思うだろうか。何時代の話だ。廃刀令が出てもう百年以上経っているというのに刀を持っている奴なんているか普通。まあ、どうせ最近の刀ブームに乗って模擬刀を持ってる女なんじゃないかと思うね。

 神隠しもどうせ変態が女の子を誘拐したとかそういう話だろう。それは警察の仕事だ。ただの高校生が興味本位で調べていいはずがない。

 それに、そういう神隠しが起こっているなら警察が動いているはずだ。こんな田舎なら尚更そういう話はすぐに俺の耳にも入ってくるはずだ。ということはただの家出じゃないのか。

「知らないし、見たことないな。そんな変な奴や神隠しが起きてるっていうなら、こんな田舎じゃすぐに噂話になって誰でも知ってることになるだろ。それにそういうのは警察の仕事だ。お前や俺のやることじゃねぇよ」

 そう言うとまた中村は不気味に笑う。こういうところは直したほうがいいと思うのは俺だけだろうか。

 しかしだ。奴はなかなかモテるらしい。まず身長が160センチも無く童顔で、小学生と言われても不思議ではない。だから、可愛いと女子から言われているのだ。それに、不気味な……いや不思議な雰囲気を醸しているので何か惹かれるモノがあるというのだ。

 さらにだ。頼りになるようでちょっとした事件を解決しているらしい。だからか知らないが変な依頼が結構くるらしいのだ。

 そんな依頼を受けて解決するというのは、俺だったら気が進まない。そんな面倒臭いこと絶対にしたくはない。

 けれど奴は嬉々としてその依頼を受け、解決しようとするのだ。物好きな奴だ。

 しかし、その変な依頼の中でも奴が解決出来ないモノもあるのだ。面倒臭い話ではあるが俺も気になるところがないわけじゃない。俺も物好きな奴になるのかもしれない。

そういう奴が解決できないことを俺に頼ってくる理由は明確だ。

「確かにそうかもしれないね。でも僕が解決出来ないことが警察に解決出来るとは思えないけどね」

「じゃあ俺にも解決出来ないんじゃないのか?」

 俺も奴を真似して不気味に笑ってみる。

 そんな俺を見て中村は不気味な笑みで返してくる。まるで「わかりきったことを」と言うように。

「君だから解決できるんじゃないのかな。神社の跡取りである鬼一義貫(きいちよしつら)だから解決出来る。僕はそう思うんだけどね。たぶん幽霊や神の類なんじゃないかと思ってるんだ。いないと思っていてもね」

中村がなぜ俺を頼るのか。それは、俺が神社の跡取り息子であり、そういうことに精通しているからだ。

 アンチオカルトでありながらオカルトを完全に否定しているわけじゃないようだ。理由がわからん。

「おいおい。真逆、本当に神様とか幽霊の仕業なんて言うんじゃないだろうな。お前アンチオカルトだろうが」

そう言うとまた不気味に笑う。

「そうだよ。僕はオカルトを信じていない。だけど……、それを完全に否定する明確な答えがない。だからこそ君を頼るのさ。親友」

「悪魔の証明。だからってことか」

「そういうことさ」

「じゃあ、詳しいことを教えろよ」

そう言うと中村は、カバンの中から地図を出して、机の上に広げた。

その地図はこの地域のものだった。

地図には何箇所か赤と青の点が印がしてある。

「なんだよ、これは。ここら一帯の地図じゃねぇか。それにこの赤と青の点はなんだ」

「これは、刀を持った少女の目撃証言があった場所がこの赤い点。神隠しにあったと思われる人物が最後に目撃された場所とそこに行くと誰かに言った場所がこの青い点だよ。これを見て鬼一君なにか思わないかい」

 地図の赤と青の点は一見すると、バラバラに印がされていると思ったが、よく見ると規則性があるのに気がついた。それは、ある場所の周囲に点が集中しているということだ。

 それに、赤と青の点の距離が近い。そのことから推測される答えは。

「まず、この角山公園周辺に点が集中している。ということは、角山公園に何かがある。それと、赤と青の点の距離がだいぶ近い。つまり、その刀を持った少女が神隠しをしている正体。もしくは、神隠しをしている何かを追っている。そんなところじゃないか」

 俺の解答を聞いて、中村はまた不気味な笑みを見せた。

「僕も同じ答えだよ。やはり、鬼一君は頭の回転が速いから説明をする手間が省けてよかったよ」

 そんな風に言う中村だが、どこか悔しそうな顔をしている。

 これでちょっとはダメージを与えられたかと思うと、少しばかり嬉しくなる。

「さて、ここからが本題だ。この角山公園が怪しいというのは僕もすぐに気がついた。だからこそ、角山公園へと足を運んださ。しかし、何もない。いや……、というよりも不自然なところがないといったところだ。その周辺も調べたが、とくにおかしいところはなかった。角山公園には普通に親子が遊びに来ていたり、学生がたむろしているくらいだ。そんな場所で人さらいをすればすぐにバレるだろうさ。誘拐にあったり、刀を持った少女がいれば、悲鳴なりなんらかのアクションを示すだろう。そうすれば周りの人間が異常が起こったのだと反応があるはずだ。しかし、それがない。その周辺もそうだ。あそこは団地のすぐ近くだ住民がすぐに気がつくはずだ。だが、そういったモノを聞いた人物はいないそうなんだよ。それに、誘拐犯の仕業だったらなんらかのアクションを取るだろう。例えば身代金であるとか、政治的な要求だとかさ。そういうのが一切ないんだ。あと、警察も一応は動いているよ。まあ、ただの集団での家出くらいにしか思っていないんだろう。僕は何度も角山公園に足を運んだが、警察であろう人物は一回しか見なかったよ。いろいろ謎が多い。どうだい。面白くなって来ないかい。この謎を解明したくはないかい」

 中村は今まで以上に不気味な笑みを見せた。

 俺は少し身震い、恐怖を感じたよ。

 こいつはただの狂人だ。赤い点を見る限りでは、五人が神隠しにあっているということになる。五人、それだけの人が突然いなくなったんだぞ。

 もし誘拐犯の仕業だとしたら、その五人はもしかしたら死んでるかもしれないそういう可能性だってある。それなのにこいつは笑っている。謎を解明することを楽しんでいる。異常者、サイコパスだよまさに。

 そんな奴と今まさに一対一(サシ)で会話をしている俺の身になってみろよ。ゾッとすると思うぞ。まるで黒いGを発見した時みたいにな。

「一応、神隠しの方はわかった。で、刀を持った少女っていうのはこの青い点を見る限り七回は目撃されてるってことだ。その時そいつは悲鳴をあげなかったのかよ。普通見たら不思議に思って声くらい発するんじゃないか」

 中村はまた、不気味に笑い、話し始めた。

「目撃者は三人いたよ。その全員が取った行動はその少女を追いかける、だった。でも、不思議なことに追いかけて道の角を曲がった所で突然いなくなったんだ。まるで、幽霊みたいに……。だから、声は発してないんだよ。だって、不思議だと思ったら人は普通確認しようとするはずだからね。そうして確認しようとしたらいなくなった。そしたらもう幽霊だって思うだろ。二人は何度か目撃者はしたみたいで、怖いもの見たさってやつなのかな、何度も追ってみたらしいよ。でも、どこかで消えてしまうんだ。不思議だよね。面白いだろ」

 全然面白く無いぞ。笑えねぇよ。幽霊なんてもんはなんか未練があったり、目的があって存在してんだ。全く面白くねぇ。

「で、その少女ってのは、どんな風貌なんだよ」

「だいたい、一メートル強の鞘の抜いてない刀を手に持っていて、白いワンピースに赤いマフラーなのかストールなのかわからないけど、そういうのを首に巻いている。身長は大体僕と同じ位で、腰まで長い黒髪だったそうだよ。目撃者は全員がおよそ同じことを言っているから間違い無いと思う」

「で、お前は何度もそこら辺に足を運んだのに……」

 また、中村は不気味に笑う。

「一度も見ていないね。その間も目撃証言は一応あったよ。僕が足を運んだことがある場所でね。そして、今ここにいるから神隠しにもあっていない。僕もその少女を見てみたいよ。あと神隠しにもあってみたいものだ。本当に幽霊や神なんてモノがいるんであればね」

 やはり異常者。普通の奴とは考え方が違う。普通は幽霊に会いたく無いし、神隠しにもあいたく無い。それなのに、みたいし、神隠しされたい、ときたものだ。頭狂ってるとしか言えねぇ。

「もう一つ質問だ。大体でいい、その少女の目撃や神隠しが起こり始めたのはいつ頃だ」

「およそ二週間前から。だから……、六月に入ってすぐだね」

「ということは、二週間で五人か。大体、三日に一人神隠しにあってるってことか」

「だからこそ。優しい君だからこそ、犠牲者は増やしたくないだろ。そういうのが君の専門だしね」

 やけに鼻につく言い方だ。別に俺は優しくなんて無い。自分のしたいことをする、ただのエゴイストだ。

 しかし、何か妙に引っかかる。この神隠しどこかで聞いたことがある。そんな気がするのだ。

 奴に言われて動くのは嫌な気分だが、まあ調べてみてもいいだろう。今日の帰りにでも角山公園に向かってやろう。

「ああ、わかったよ。やりゃあいいんだろ。だが、タダではやらねぇ」

「なにがいいんだい」

「今日の今週の俺の宿題全部やっとけ。筆跡も答えも俺っぽくしとけよ」

 俺は机の上にノート数冊ポンっと置いた。

「……ハッハハハハ」

 中村は高らかに笑う。それも不気味だった。

「いいよ。では、謎の解明するよろしくね。親友」

 そう言い残し、中村は地図は置いたまま、机に置かれた俺のノートをカバンに入れ、カバンを持って教室から出て行こうと戸に手をかけた。

 出て行くのかと思ったら、

「そうそう、言い忘れていたことが一つ。神隠しなんだけど、百年くらい前にもあったみたいだよ。じゃあね、親友」

 と、言い残し教室から出て行った。

「そういうことは先に言えよ。それと、百年前の神隠しの結末を語ってから帰れよー!」

 俺の怒号が教室に虚しく響くのだった。 

「……」

 もうブラスバンド部の管楽器の音も運動部の声も聞こえない。外は日が落ちて、教室も真っ暗だ。

「ああ、面倒くせぇ。行けばいいんだろう」

 そんな独り言を言いながら俺も自分の何も入っていないカバンを持って教室を後にした。

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