第20話初七日の幽霊

半世紀も昔の話である。鹿児島のはるか南に点在する奄美群島の小さな部落での話である。

 奄美群島は太平洋戦争後に米国統治下に置かれ、本土復帰をはたしたのは昭和二十七年のことである。それから数年しか経ないころの話であり、村には電気はなく夜になると灯油ランプやローソクを灯に頼る生活をしていた。人々は夜になると家に閉じこもり、外には一歩も出ず、外は黒い悪魔がかっ歩していると言うの状態であった。

 朝鮮戦争後の本土の景気回復にも無縁で人々は貧しい生活を送っていた。仕事もなく子どもたちは中学を卒業すると同時に京阪神地区に職を求め、集団就職で島を離れていった。

 一度、島を離れたら、普通は親の死に目に会える者は幸運な方であった。葬式に帰れるのも幸せな方であった。島を離れたまま、帰省さえできず異郷の地で人生を終える者も多かった。

 物語の青年は臨終を迎えた父親に会おうと必死に働き貯めた貯金を使い尽くして、十五年ぶりに帰省であった。ところが彼は三日違いで父の死に際に間に合わず、帰り着いた時には葬儀も終わり、亡骸の埋葬も終えた時だった。

 真夏のことであり、遺族は腐乱を恐れたのである。

 青年は慟哭し、墓を暴いてでも父親に会うと叫んだ。青年の願いを不気味だと責める者はいなかった。親孝行は最大の美徳であり青年を責めることはできなかった。

 青年は激しい言葉に不安になった母は村のユタ神に相談した。するとユタ神は初七日の内なら魂を呼び寄せることができるか。寝ずに待つようにと青年に告げるように母に行った。

 沖の潮騒の音だけが聞こえた。

 外はしっくいの闇である。

 青年はユタ神の言いつけとおり一睡もせず縁側で父を待った。

主を失った家も近所も悲しみで静まり返っていた。貧しい生活の中で人生の苦しさは味わい尽くした人々であるが、死だけは特別である。

 初七日の最後の夜の朝を迎えた時である。

 母は息子に父親の幽霊に会えたかどうか尋ねた。

 息子は喜々として答えた。

「ひざ丈の白装束でぞうりを履く老人を見た姿を見た」と答えた。

 それ以外にも息子が母に告げた老人の姿は死の直前のやせ細った彼の父の姿そのものであった。

 母親は息子が満足したことで安堵した。

 その話を聞いた者は誰も不思議がることも気味悪がることもなかった。ごく自然な話ととして受け入れた。

 半世紀も昔の話である。

 その後、青年は仕事のある京阪神の町に帰ったが、以来、彼が故郷の村に帰ったと言う話は聞かない。

 彼も生きていれば、すでに老境に達しているはずである。

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