第17話

『奴』は襲った場所はまた酒場であった。旅人はそのことを一瞬ではあるが不審に感じた。しかし今は旅人にとってしてみればそれどころではなかった。旅人は少しばかり自分の行動に後悔を感じていた。こんな事態が起こるとわかっていたならばあの少年を保護するような真似はしない方が良かったのではないかと。しかしそんなことは後の祭りであった。何しろ旅人はあの少年を殺すことが実際にできなかった。そんな人物が後になって気が変わって殺すことができるはずなど無いに違いなかった。旅人は旅路を歩み始める際に自身を冷徹な人物に仕立て上げようと決意をしていたが、それが出来た例は一度もなかった。何かあれば誰かを助け、救おうとする意志がある限り、目的に向かって全てにおいて冷徹な意思を持つことなど誰が考えても不可能な話であった。ならば旅人はそんなぐらついている意思の中でできる限りのことをただ必死に尽くすということしか術はなかった。だからこそ旅人はこのことに関して必死であった。

旅人が『奴』の襲撃現場についたころには、襲撃現場である酒場は無数の炎で燃え盛っていた。それは前に起きた襲撃と同じ手口であった。旅人はその時確信した。『奴』は蘇ったと。

あの時の襲撃と同じように旅人は無数の炎を潜って酒場の中へと入っていった。旅人は『奴』に対して抱いていた疑問を再び思い出した。沢山の血で濡れた床、頭に突き刺さったナイフが強烈な印象を思い起こさせる大勢の遺体たち、そのどれもが前の襲撃と同じであったのである。何故『奴』は酒場ばかりを狙うのか? 何故襲撃現場には火事が発生するのか? 『奴』の目的とは一体何なのか? 考えれば考える程に謎は累積してゆく。

率直に言うならば、旅人にそんな多くの謎を解くほどの暇は無かった。何故ならば旅人は酒場に少し入ったところですぐさま『奴』または少年に遭遇してしまったからだ。旅人はそれが『奴』なのか少年なのか識別するのは不可能だった。旅人は前の酒場での襲撃を思い出すが、奥で遭遇した「あれ」は『奴』なのか少年なのかの情報を持っていない状態で旅人は戦っていたことに気づく。今目の前に見えるそれはあの時の少年とは変わり果てており、それはまるで別人のようであった。腕は赤く染まり、顔は気味が悪いほどに青ざめていた。旅人は今になるまでに気づかなかったが、周りには一人だけ白い布をまとった人物がうっすらと見えていたが一瞬にして消えてしまった。『奴』もとい少年は此方をじぃっと見ている。彼の周りには血で湖が出来ていた。旅人はそれを当初は遺体の血だと思っていたが、それは違った。旅人の耳にはさっきからぽつぽつとしずくが滴る音がしていた。旅人もふと彼をじっと見つめると、腕からは大きな傷ができており、そこから少しづつではあるが出血をしていた。腕はまるで貧国の児童のように細くなっており、足はひどく痩せこけていた。旅人はそれを見て一瞬は『奴』だと断定したが、地震に襲い掛からない姿勢を見て、また違うものだと考えた。もはや旅人には何が少年で何が『奴』なのかわからなくなってしまっていた。

炎の轟音が酒場全体を響き渡らせる中で、旅人と『奴』または少年は双方で見つめあっていた。その空間は無言で緊張の状態が続いていた。しばしの沈黙が保たれた後に少しばかり旅人の視線の方面から声が聞こえた。それはまるで死に絶えそうな声で僅かにしか聞きとることができなかった。旅人は恐る恐る声のする方向へと近づいて行った。すると旅人は声の主に気づく。声の主は変わり果てていた『奴』または少年であった。前の襲撃で聞こえたあの鬼のような形相をした声とは違い、非常に弱弱しくなっていた。それが余計に旅人には恐ろしく感じる要因にもなっていた。旅人はより彼に近づいて声を聴いた。

「タス・・・・・・ケ・・・・・・テ・・・・・・」

少なくとも旅人にはそう聞こえた。彼はそれを連呼してこちらへと近づいてきた。旅人はもしもの時を考えて背中にある剣を抜いた。しかしそれは大きな見当違いであった。彼は「助けて」を連呼して旅人の前で倒れた。旅人はそれに驚いて彼をゆする。

「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」

旅人は大声でそう叫んだが彼は何か言いたげな様子を見せながらも力尽きたように

「ア・・・・・・ ア・・・・・・」

と声を出すのみであった。それを十回繰り返したのちに彼は力尽き、ぐったりとしてしまった。

「大丈夫か! 起きてくれえええぇぇぇ!」

そのような旅人の叫びは彼の耳には届かず、朽ちたミイラのように微動だにしなかった。彼は静かに目を閉じた。

太陽は沈み、暗雲の雲と月が町を照らすような夜空の頃であった。

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