第15話

 少年はまだ宿場の無機質な部屋の隅で横になっていた。少年の体はすでに限界に達しており、様々な症状が彼を蝕んでいた。過剰なまでの吐血によって少年の意識は朦朧とし始め、すぐにでも体から飛び出してしまいそうな勢いであった。少年はそんな極限の状態に耐えうる耐性などついておらず、長い間その痛みに悶え苦しんでいた。

「うわあああああああああああ!」

 少年がそう叫んでも部屋には誰もいるはずがない。少年は差し伸べてくれる救済の手がないという痛みに一層苦しんだ。既に全身は痛みによってびくとも動かなくなっており、まるで別の人物に体が乗っ取られているような感覚に陥っていた。少年には微かではあるが周囲から何かを訴える声が聞こえてきた。

「オキロ・・・・・・オキロ・・・・・・」

 少年はその声を聴いて息を吞んだ。既に声の主は分っていた。少年は体を乗っ取られた感覚を事実、はたまた事象と捉えた。少年は幾多の記憶を思い出す。あの時と同じだと。

「オキロ・・・・・・オモイダセ・・・・・・」

「お前は一体誰なんだ!?毎回毎回俺の体を乗っ取りやがって・・・・・・」

 少年はそう叫ぶが体を乗っ取ろうとする人物はそれに応答しない。少年は必死に抗うが体は動かない。もう既に全神経が誰かによって占領され、身体の中枢は既に別人となっていた。少年は腕をとっさに見るがもう既に青ざめた死体のような色になっていて、それもまた別人であった。体を奪われたならば次は、少年がそう考えた時にはすでに遅く、熾烈な頭痛が少年に襲い掛かった。

「どうしてだ!何故こんな事をするんだ!」

 少年はそう問いかけた時にはもう既に脳の中枢までその人物に乗っ取られ始め、より強烈な頭痛が襲い掛かってきた。その次には口が動かなくなり、ついにその人物へと問いかけることもできなくなっていた。そんな状態の中でその人物は少年の問いかけにようやく応答する。

「オモイダセ・・・・・・コタエハスベテ・・・・・・ソコニアル・・・・・・」

 その人物の応答は少年の脳内で直接伝達された。そこからはその人物と少年の脳内での対話が始まった。少年は何度ともこの経験をしてきたが、このような症状にたどり着く理由もわからず、脳内から聞こえる声を幻聴かどうか判断する術すらも失っていた。次に少年が目にしたものは薄暗い紺のような霧で囲まれた部屋であった。その猛毒のような霧によって少年の息は封じ込まれ、もがくこともできずにその目を閉じてしまった。少年が目を覚ますと、彼は真っ暗な闇の空間に位置していた。

「またここか・・・・・・」

少年はそう呟く。幾多にわたるその人物との経験によって少年はすぐさまここが少年の脳内世界、はたまた夢の中のようなものであることは容易に想像がついていた。暗闇からはもう一人の少年の背中が少年には見えていた。少年はそれをすぐさま少年の体を乗っ取ろうとしているその人物だと断定し、もう一人の少年に対して叫びながら訴えた。

「おい!お前はまた俺の体を乗っ取るつもりか!さっさと俺をこの空間から出してくれ!」

「オモイダセ・・・・・・」

「思い出せったって・・・・・・いったい何をだよ!」

「オモイダセ!」

そのもう一人の少年の呻きはより強烈でより歪な響きであった。もう一人の少年は「オモイダセ」を連呼して彼の方向へとぞろぞろと近づいていく。少年はそれにとてつもない恐怖を感じさせられた。今までも体を別人に乗っ取られたことはあったが、そのどれもが非常に痛みを伴うものであり、身体の部分部分が徐々に悲鳴を上げていっていた。前回目を覚ました時には酷い大出血を起こしていたために、少年がこのまま乗っ取られてしまえば次に向かうは死一直線であった。しかしもう少年がもう一人の少年に抗うほどの強い武器を持っているわけではない。正面衝突をして彼が勝てる見込みはほぼゼロに近かった。

「うわああああああああああっっ!」

極限の状況下で少年が考えうる手段はただ一つしかなかった。それは逃げることであった。少年は悲鳴を上げながら果てのないこの広い暗闇の中で疾走していった。体の節々か壊死していってしまっても構わないというぐらいまでに必死で走っていった。しかし残酷なことに、どんなに逃げても出口は無かった。少年が後ろを見るともうひとりの少年はもう既に彼の背後に位置していた。つまりは彼がどう逃げようともそれは徒労であったのだ。少年はもう一人の少年によってうつ伏せの形であっけなく抑えられてしまう。

「オモイダセ・・・・・・オモイダセ・・・・・・」

「やめてくれぇ!俺はこんなところで死にたくはない!俺にはやり残したことがあるんだ!俺にはやらなきゃいけない事があるんだああああぁぁ!」

「オレノモクテキト・・・・・・オマエノモクテキ・・・・・・オナジ・・・・・・」

「はぁ!?そんな訳があるかぁ!お前は俺を殺すつもりなんだろうがぁ!」

少年は必死で手を振りほどこうとするが体が言うことを聞かない。少年が無駄な抗いをする中でもう一人の少年はあることを口にする。

「オマエノ・・・・・・テキハ・・・・・・オレノ・・・・・・テキ・・・・・・」

「!?」

「オマエノ・・・・・・テキハ・・・・・・オレノ・・・・・・テキ・・・・・・」

「どういうことだ!?お前の敵は一体誰なんだ!?」

「コタエハスベテ・・・・・・オマエノキオクニ・・・・・・アル・・・・・・」

「俺の記憶に何があるっていうんだ!?一体何が・・・・・・まさか!?」

「オモイダセ・・・・・・! オマエノ・・・・・・テキハ・・・・・・ダレダ・・・・・・?」

もう一人の少年はそう言うと彼の頭を掴みそれをギュッと握った。するとそこからは忽ち痺れるような電流が走り、少年の頭を直撃した。

「ああああああああぁぁぁぁっ!!」

少年はこの上ない悲鳴をあげて倒れていった。謎の電流によって少年の記憶はめちゃめちゃにされ、走馬灯が流れていった。少年はそこでまたもや全てを思い知らされた。踏みにじられた民族の威厳、全てを失った過去、誰も信用出来ない町、そして復讐を果たすためにも倒さねばならない相手。

もう一人の少年はまたこう聞く

「オマエノ・・・・・・テキハ・・・・・・ダレダ・・・・・・?」

彼は答えた。

「俺から全てを奪った『アイツ』だ・・・・・・」


部屋の隅で深い眠りについていた少年は突如として起き上がった。顔色は青ざめて、腕は痩せこけたように細くなり、それはまるで別人のようであった。

「サア・・・・・・イコウ・・・・・・」

少年は最後にそう呟いて部屋を出た。

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