第19話 決意表明/準備から辛い!

 その後の試合は順調に進んでいって、うちのジムからの出場者は五人のうち三人が勝った。

 表彰で葵が呼ばれて、賞状とメダルをもらって行った。終わりが近づいていくると用がなくなった人が次々帰って行って、残っている人は少ない。

 表彰式が終わった頃全員の帰る準備が整っていた。

「さて、太一くん。俺と栗山さんはジムにミットとかいろいろ返して今日きた人らと飲みに行くけど来るかい?」

「遠慮しときます」

「分かった。じゃあね、お疲れ様。今日はありがとう」

「お疲れ様でした」

 試合会場となったジムを出て駅へと引き返していく。帰りの電車を待っていると、横に葵がやってきた。

「お疲れ様でした。それと初勝利おめでとう」

「ありがとう」

 俺は一言そう言って、葵がそう返してまた沈黙になった。

 程なくして電車がやってきて、隣同士に座る。別段、こうなることに理由も、こうならないことに理由もなく、なんとなく隣に座った。

 電車は静かで、立っている人はいなくて、座席はだいたい座っている人が占めていて、一人一人自分の世界に没入していた。

「格闘技は、どうだった?」

「いつも通りだよ。トレーニングは楽しいし、強い人もいる。けれども、いつも通り。それができたから変われたとかそういうわけでも無い」

「内田さんと話している時、もう辞めますって言いたかったんじゃ無いか?」

「うん」

「いつも通りだと、葵は飽きちゃうもんな。それに俺もジムまで来ちゃったし。区切りよく、これで辞めちゃえば、もう俺と接点持つ必要も無いし、学校も変えれば良い」

「そうだね」

 葵は答えた。いつになく淡々とした口調だった。

「ねえ、なんで太一は試合出ようって思ったの?」

「かっこつけたかったからじゃん?」

「かっこつけって……。太一、弱いからまだ危ないよ」

 淡々と、自分とお前の才能が違うんですと、刺された気がして、少しばかり腹が立ったが、まあ気にし無いでおこう。実際こいつと俺との才能は違う。

 俺は俺のペースでしか歩けない。

「なあ葵、手伝ってくれないか? 弱っちい俺が負けないように」

 要は、葵の関心をもう少しだけ俺に集めたかった。

「分かった。とりあえずスパーリングで太一をボコればいいんだね?」

「そういうこと」

「結構楽しそうかもしれないねそれ」

 さりげなく怖いこと言うのやめて欲しい。

 けれども、この場所につなぎとめることができたような気がする。



 地獄が始まった。

 俺はシンプルに試合に出たいので強くなりたいと、内田さんに伝えた。

「おうじゃあ、プロ練こいよ。そこそこの基礎体力はあるし、危ないやつもそういないし。スパーリングの強度を上げすぎて怪我することだけが怖いからそこは徐々に強度を上げてく感じでやってこう」

 その翌日に、俺は、早速プロ練に出た。

 とにかく一にも、二にも体力が必要な競技で、技の練習をする前にひたすら補強練習。補強練習。補強練習! 技の打ち込み、打ち込み、打ち込み!

 スポーツに一番重要なことは覚えた技を染みこませる反復練習と、それを支える体力。心の強さは練習の結果ついてくるものだとバスケやってた時にコーチが言っていた気がする。

 そうして割とボロボロになった頃に座った状態からスタートする寝技のスパーリング。案の定ほぼ何もさせてもらえないまま終わり。それがひたすら繰り返されていく。

 終わると、打撃は寸止めでテイクダウン寝技ありのスパーリングへと移行していく。

 自分が地味に左利きで、相手が間合いの取りにくさと自分の膝蹴りに難儀しているのはなんとなく分かったが、あっさり対策を立てられてテイクダウンさせられて、決められて終わる。

 そんなことを何回も何回も繰り返させられて、自分は弱いという実感だけを得ることが出来た。

 終わった後にジムの掃除をして、シャワーを浴びると内田さんが今日の会計処理を行っていた。

「よっすお疲れっすー。どうだったプロ練?」

「なんつーか、俺とみなさんの次元が違うっていうか凹むだけっつーか。悲しみで胸がいっぱいです」

「だけど、ここにいる連中はみんな、一戦以上アマチュアでの経験があるし少なくとも、ここにいる誰よりもお前の対戦相手は弱いはずだぜ」

「まあ、そりゃそうなんですけどね」

「だから前向きに捉えるんだよ。ここにいる誰かよりも秀でていると見せられれば勝てるってことだし、ダメでもこいつらより弱いのが相手って考えると、だいぶ気が楽だろう?」

「まあ、確かに」

「やっているうちに分かることだってある。今日俺が見ていた限りだけど、打撃主体で戦うのがいいかもしれないね」

「なぜです?」

「グラップリングに関しては割とこれまでの積み上げが結構ものを言うから、レスリングとか柔道とかやってなければ最初から強いってことはそんなに無い」

「あの小林さんって人は?」

「あれは例外。あんな才能誰が見ても欲しいに決まっている。ただ彼女自身も努力したのは確かだ」

「確かに」

「まあ、才能の話は打撃に限って言えば最初から結構良いものを持ってる奴ってのはいる。太一君は打撃に関しては結構良いものがあると思うんだ」

「打撃の才能」

「そう、まず左利きで、フットワークも良いし、間合いは取れる。付け加えて、膝とワンツーは結構良いものを持っている。打撃だけでのマススパーとかやればアマチュアでそこそこってレベルはまあまあ相手にできると思うよ」

「打撃の方が得意って自覚はありますけど……」

 だけれども、それが到底通じるとも思えない。

「とにかくトライアンドエラーを繰り返していこうよ。キックは栗山さんにいろいろ面倒見てもらうと良い。君が試合出るつってあの人が帰りの電車の中で一番張り切ってたしな」

「了解です」



 翌日も筋肉痛でボロボロになりながら、打撃クラスに来てみた。

「おう、よく来たな。楽しみにしていたぞ!」

 栗山さんが快活な笑顔でそう言った。怖い。

 打撃クラスのワークショップとなり、基本的な技の動作を教えてくれてそれを実践する。栗山さんが全体に教えながら俺のミットを持ってくれた。

 ワンツー、フック、アッパー、膝蹴り、ミドルキック。

 それぞれにレクチャーをしながら打ち込みを行う。

「相変わらず、ワンツーは綺麗に出るし、膝は重い。ミドルはまあまあ、フックとアッパーはクソだな」

 栗山さんがミドルキックのレクチャーの途中でそんなことを言った。

「クソって酷い」

「なあ、ハイキック蹴ったことはあるか?」

「ハイは一回もないです」

「蹴ってみろ。まっすぐ足を上げてくるぶしをこめかみにぶつけるようなイメージだ」

 一回、デモンストレーションに栗山さんが蹴ってみせる。確かに軌道を見ればまっすぐ足を上げて、気持ち横に落ちる程度だ。そこそこの股関節の柔軟性があれば上がる。

 ミットが高い位置に置かれる。

 そこをめがけて、まっすぐ足を上げるイメージで蹴り上げた。

「ミドルと同じぐらいには良いな。これをいつでも蹴れるようにしとくと後々便利だ」

「どんな時に使ったらいいっすかね?」

「あーじゃあ、効果的なタイミングあとのスパーリングで教えるわ。んじゃ、とりあえず、ミドル蹴って、たまにハイキック蹴ろう」

「うい」

 そのあと、ミットのコンビネーションをひたすら蹴ったり殴ったりした。

 気がつけば、緩めのトレーニングのはずがインストラクタークラスの人間に追い込まれているだけで、どんどんギリギリになっていった。

 なんだかんだで4R連続で追い込まれて、終わった頃死にかけていた。

「おーしじゃあ、マスやりますよー。それぞれヘッドギアとマウスピースはめて、グローブとレガースねー」

 こ、殺す気かと思ったが従うことにする。これも多分この人の狙いのうちだろう。

 肩で息をしながら、装備を整えていく。マウスピースは打撃のスパーリングをするにあたって千円で作った安物。

「よしじゃあ、やろうか」

 それぞれペアになった人同士でスパーリングをする。

 俺は変わらず、栗山さんとペアを組まされ続けることを強いられていた。

 栗山さんはジャブを突きながら、当たる距離になれば即座に右のミドルキックを入れてくる。蹴られたあとに対応するが、距離があるためかわされる。

 ならばと、俺は栗山さんの背後に回りこむようにフットワークを使いジャブを放つ。

 時折、ストレートを打ってそのフェイクで膝を差し込む。

 膝を軽く入れると、栗山さんに手を差し込まれて首相撲の形になる。

 抜け方は一応聞いていたから、栗山さんの胸を押して離れる。離れたと思ったら栗山さんがハイキックを放ってきていた。

 俺は何も出来ずに、もろにヘッドギアに直撃を受けた。

 よろめいて膝から落ちる。多分手加減してくれてたんだろうけど、元々の技の威力があるから良く効く。

「ぐぅう」

「ちと休め。そこそこ効いているはずだ。ハイキックはこういう組んだあとに離れた直後とかに打っていけば結構当たる。フェイントに混ぜて当てることもあるが、これはそもそもミドルキックを主体に戦ってないと当たらないし、総合じゃ厳しい」

 蹴った足を掴まれて倒されるとかそういうことも良くあることだから、そうそう迂闊に高い蹴りは蹴れないのが総合格闘技だ。

「ただ、これは結構有効な技だし覚えておいて損はない。スパーリングで何回か試してみれば結構当たるが、当たったあとまじで襲いかかってくることもあるから気をつけろよ」

「了解っす」

「組み立ては良いよ。思い切って踏み込めば結構プレッシャーはかかる。あとはインローとかもきっちり蹴っていけばより組み立てやすいかもな」

「うっす」

「じゃあ、落ち着いたら続きをやろう」

 そうしてなんとか立ち上がって栗山さんとやりあったが、2Rの間ほぼ一方的にボコられて離れ際のハイキックをひたすら手加減された威力で叩き込まれた。

 ここまで徹底的にボコボコにされると、俺に打撃の才能があるのか疑いたくなってくる。

 ああ、だが、やるしかない、何も見えないけどできることをやって、やることを決めて戦わなければならない。

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