二曲目 はじまりのうた②

 春の朝。いつものように桜の舞う通学路。

 新しい生活が始まる季節とあって、行き交う高校生たちは皆朝から元気いっぱいだ。


 中学の頃から友達だったのであろうか、新入生にしてはやたらと仲の良い女の子3人組。

 こちらは高校に入って知り合ったのか、少しぎこちなく笑い合う男の子ふたり。

 クラスが同じになってよかったと浮かれる上級生カップル。うん、みんな楽しそうだ。

 

 そして肝心のわたしはというと、入学式の日の決意空しく、相変わらず誰とも仲良くなれていない。それどころか会話すらできておらず、一人寂しくこうして周りの人を観察しながら登校しているのであった。

 

 仲良くなるところまではいけなくても、なんとか話しかけるくらいはしないと。そういつも思うのだが、いざとなるとやはり言葉が出てこない。

 思い返せばこの一週間学校で発した言葉といえば、前の席の男の子からプリントを受けとった時に、聞こえるか聞こえないかくらいのかすれた声で言ったありがとうくらいだ。

 友達いない歴=年齢が、本当に板につきすぎている。

 

 もうこのままズルズルと過ごしていって、友達を作る機会を失い、誰とも仲良くならないまま死んでいくんじゃないか。春の陽気にそぐわないどんよりとしたことばかりが頭の中を巡り、無人の葬式までもがイメージされかけたところで学校の靴箱に到着した。


 上履きに履き替え、教室へと向かうべく廊下へ踏み出そうとしたその時、角から出てきた誰かとぶつかりそうになってしまった。

「あっ、ごめんなさ……あ」

「あれ、マナカか、おはよう! って、俺分かる?」

 それは、入学式の日私に話しかけてきた唯一の生徒、幼なじみの佐々木太一だった。初対面で妙になれなれしく接してきたこの男を、わたしはあまりよく思っていない。

 冷静に考えれば向こうから話しかけてきてくれている貴重な存在だったし、明るく友達も多そうだったから仲良くしておけばよかったのだろう。だけど、人付き合いに慣れていないわたしはどう接していいのか分からず、つい素っ気ない態度になってしまった。

「先週の人でしょ」

「おいおい先週の人って雑だな。本当に俺のこと覚えてないみたいだなー。もしこれが演技だったら女優になれるぞ」

 

 軽薄、軽率、典型的なバカ。ちょっと頭にきた。

 気の知れた仲の良い相手にならまだしも、出会って間もない相手に対するノリじゃない。こんなやつに付き合ってられない。笑いながらわたしを茶化す彼をおいて、教室へと早歩きで向かう。

「悪かった悪かった、冗談だってば!」

「冗談って言えば何言っても許されると思ってるの?バカじゃないの?」

「何だよその言い方。だから悪かったって」

「もういいからこれ以上私に関わらないで」

 教室に入りながら、まだほとんど話もしないうちに絶縁宣言をしてしまった。


 佐々木太一という男の顔は見なかったが、向こうもさすがにイライラしているようだった。そんなの当たり前だ。出会って間もない他人にいきなり説教されたら、そりゃあ誰だって困惑して、ただ嫌な気持ちになるだろう。どうしてわたしはいつもこう、人と仲良くなれないんだろう。


 もう彼と話すことはないんだろうな、そう考えると少し寂しくなった。ケンカしかしていない相手のはずなのに、どこか切ない気がした。


 ただケンカ別れという後味の悪さだけじゃなくて、もう話せないという寂しさ。この心の奥の、はっきりとは分からない気持ちに気付かないふりをしていたけれど、モヤモヤは溜まっていく一方だった。


 こんな気持ちになったのは初めてのことだったと思う。今までほとんど誰とも関わってこなかったわたしは、他人にこんなに感情をむき出しにしたことなんてなかった。ましてや怒りを見せるなんてありえないことだった。まさに青天の霹靂って感じ。


 自分が変わってきている、なんて大層なことを思っているわけではなかったけれど、彼と話した時の自分が今までと違っていたことは感じていた。

 

 でもあいつが失礼なやつであることに変わりはない。わたしも同様、初対面の相手に理由もなく理不尽に説教するような失礼なやつなのだから、向こうから話しかけてくることももうないだろう。当然わたしから話しかけることもありえない。これであいつとわたしの関係は終わり。もう忘れよう。


 ちょっとイレギュラーだっただけで、いつもと変わらない平凡で、静かで、孤独な日常だったんだ。わたしはすっきりしない気持ちを心の奥底に押し込め、無理やりにでもそう思うことにした。

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