父さんな、勇者のやられ役やってるんだ……

うみ

第一話 父さん頑張るよ

 勇者と魔王はこれまで幾度となく戦いを繰り広げたが、勇者が勝利することはこれまで無かった。また一人新たな勇者が召喚され、たった一人で魔王四天王が一人白虎と戦いを繰り広げていた。

 勇者は激しい戦いの末、ついに白虎を斬り伏せる。


「しかし私は四天王最弱……」


「なんだと!?」


 巨大な白い虎は口から血を吐きながら、対峙する人間の少年に憎まれ口を叩く。白い虎は魔王軍四天王のうちの一人――風の白虎。少年こそ勇者その人だ。


「お前一人程度、軽く捻ってしまうだろう……それまで精々生きている幸せを嚙みしめるがいい……」


「……クッ」


「地獄で待っているぞ。勇者よ……グフ」


 その言葉を最後に白虎と言われる巨大な白い虎は地に伏す。勇者の少年はもう動かなくなった虎をじっと見つめ、彼が勝ったにも関わらず舌打ちする。


「この先一人では……仲間が必要だ……」


 勇者は独白すると、虎を捨て置き歩き始める。きっと仲間を捜しに向かったのだろう。



 勇者が立ち去って三分ほどが過ぎた。


――虎がむくりと起き上がる。


「い、痛てて……全く腰痛もあるってのに……」


 起き上がった虎から煙があがり、煙が晴れると立っていたのは無精ひげをはやしU字型に頭が禿げ上がった四十代半ばほどの男だった。

 男は巨大な虎へ変化する魔法を使い、勇者と対峙していたのだった。この男に勇者と敵対する理由は無い。男は同じ人間として彼を応援しそすれ、彼を倒そうなど微塵も思っていなかった。

 もちろん、男が勇者と戦うには理由がある。何故か。

 

――仕事だからだ……


「全く、四天王役は疲れるよ……追加ボーナスをもらわないとやっていけねえ」


 U字型に禿げ上がった男は吐き捨てるように呟くと、自身に回復魔法をかける。魔法が効果を示すと、勇者に斬られた背中の傷がみるみる塞がっていった。


 男が向かった先は「秘密結社 勇者養成所」。ここは勇者が魔王を倒せるまでに育て上げるべく日夜活動している組織なのだ。勇者のテンションが低ければ、村娘に化け花束を渡したり、勇者の腕を鍛えるために適度なモンスターに変身したり。

 今回の男のように、四天王を装い勇者を鍛えるとともに、仲間の必要性を説いたりしている。


 男は養成所の中でも最も過酷と言われる、「勇者のやられ役」をこなす。給料は悪くないのだが、場合によっては命を落としてしまうブラックオブブラックな部署になる。


 養成所所長の部屋に入った男は業務報告を行う。


「所長。ただいま戻りました」


「ご苦労。勇者の様子はどうだった?」


「はい。腕はそこまで悪くありませんでした。仲間を得るよう促しました」


「ふむ。勇者は仲間を捜しに行ったのかね」


「恐らく。彼の独白が聞こえましたので」


「よくやった。次も頼むよ」


「分かりました」


「次は四天王最強役で頼むよ」


「……また四天王ですか……」


 その言葉を最後に男はトボトボと所長の部屋を出る。

 ちなみに魔王の四天王なぞ存在しないのだ。「養成所」が魔王に断りもなく勝手に四天王を名乗っているに過ぎない。

 勇者を盛り上げる「演出」の為、四天王やら双璧やら永遠のライバルなど、勇者の性格と成長度合いを考慮しどのような演出をするか所長が判断している。

 



 これで何人目の勇者だ? 勇者が死亡するたびに王国の聖女は新たな勇者を召喚し魔王討伐に向かわせる。しかし勇者を送ろうとも魔王の力が強大過ぎて戦果が全くあがらなかった。

 「養成所」のメンバーにはかなりの強者がいるが、魔王に傷をつけることはできないでいる。魔王は勇者の剣でしか傷をつけることができないからだ……

 そこで考え出されたのが「勇者養成所」。勇者を裏から支え、鍛え上げる組織だ。俺達「養成所」の成果はあがってるようには見えない……俺達が努力しようが勇者は毎回やられるからな……


 男はそんな嫌な思いが浮かんだが、頭を振り思考を振り切る。彼は思う。愛する二人の我が子らを育てる金さえもらえればいいと。

 はした金を受け取った男は、大好きな酒も買わずに子供たちへケーキを買ってから自宅に向かう。男の妻は彼の仕事に嫌気がさし、蒸発してしまった。それ以来男は一人で子供たちを育てている。




「パパ―お帰りなさい」


 幼女が帰宅した男の脚に縋りついてくる。男は愛おしそうに娘の頭を撫でる。


「お父さん、お帰り」


 十を少し超えたくらいの少年が父を迎え入れる。


「ただいま。おみやげだ」


 男がケーキを息子に差し出すと、彼は笑顔でそれを受け取るものの少し暗い顔になる。


「お父さん、無理しないでくれよ。俺達ケーキなんてなくてもいいからさ」

「パパ―。ケーキありがとう。パパがきょうもげんきでうれしい」


 二人は揃って男の身を案じてくれる。男は涙が出そうなのを堪え「父さん、頑張るからな」と二人の子供を抱き寄せるのだった。



◇◇◇◇◇



「勇者よ! 全力でかかってこい。四天王最後の一人かつ最強の炎のビビカンテが相手をしよう」


 全身に炎を纏った怪人が勇者とその仲間二人を抑揚に眺め、回復魔法を彼らにかける。


「これは?」


 勇者が怪訝そうな顔で、ビビカンデを見つめる。


「全力でかかってこいと言っただろう。私は君たちと死力を尽くしたいのだ」


「ビビカンテ! 望むところだ!」


 勇者たちとビビカンテの激しい戦闘がはじまった。炎が舞い勇者を襲うと仲間の魔法使いのシールド魔法がこれを防ぐ。勇者の剣がビビカンデを襲うも炎のカーテンに邪魔をされ剣が届かない。


 戦いはすでに二十分を経過しようとしているが、一進一退の攻防が続き未だ決着を見せなかった。


――人間の少年が突如ビビガンテの傍に姿を現した。


 そして少年に勇者の電撃魔法が飛ぶ! 勇者はとっさに魔法を停止させようと力を籠めるがあまりに一瞬の出来事で間に合いそうもない。

 その時だ。


――ビビカンテが少年を護るように彼に覆いかぶさる。


 電撃がビビガンテを貫き、怪人は口から血を吐く。


「ビビカンテ!」


 勇者は少年を護ったビビカンデに驚きを隠せない様子だったが、少年は目からぽろぽろ涙を流し、ビビカンテを見つめている。


「父さん、ごめん。俺のせいで」


「いいんだ。ダスティ。俺の仕事を見に来たんだな」


「父さん、血が」


「心配するな。ダスティ。お前にケガはないか?」


「うん。大丈夫だよ! 俺、父さんの仕事が見たくて」


「ははは。呆れるだろう」


「ううん。そんなことない。そんなことないよ!」


 息子――ダスティは父に縋りつく。炎で纏われた体であったが、彼は熱さを感じることはなかった。何故なら四天王の姿は全てこけおどしで、恐ろしく見えるように演出されてるに過ぎないからだ。


「父さんな。お前たちがいるから頑張れるんだ。ありがとう息子よ」


「父さん! 僕もジェシカも父さんが頑張ってるの知ってるよ。だから、だから」


「その言葉だけで父さん、頑張れるよ! 向こうへ行っていなさい。父さんは仕事をしなきゃならないからね」


「うん」


 息子は父の元から走って離れる。それを愛おしそうに彼の姿が見えなくなるまで見つめていた四天王最強こと父。


「さあ。勇者よ。いらぬ邪魔が入ったが、死合うぞ」


「いや、もういいよ。父さん」


 勇者は呆れたようにビビカンテに応じる。


「お前に父さんと言われる所以なぞないわー!」


 勇者一行はビヒカンテの絶叫にも肩を竦め、「やれやれ」と言いながら行ってしまった。



――勇者養成所


「ビビカンテ君。何てことをしてくれたんだ! 勇者にバレたらおしまいだよ」


「すいません。所長。わ、私はビビカンテという名前では無く、ジャンロベールという名前が」


「そんなことはどうでもいい。分かってるね。ビビカンテ君」


「……」


「君は首だ! 何て言うと思ったかね」


「え?」


「私だって娘がいる。君の息子は何て言ってたんだい?」


「父さんは頑張ってると言ってました……」


「君の息子は君の仕事を応援してくれている。良いことじゃないか! それを知った君は今以上に成果を出してくれる。私はそう思うのだよ」


「所長!」


 男――ジャンロベールの目から止めどなく涙が溢れてくる。

 彼は思う。娘、息子、所長。誰もが俺を応援してくれる。蔑まれることはない。俺の仕事は人から後ろ指を指される仕事だ。妻も去った。しかし、彼らが応援してくれる限り俺は頑張れる!

 誇りを持とう。「勇者のやられ役」に。


 彼は決意を新たに所長の部屋を出ようとした時、所長から声がかかる。


「ああ。ビビカンテ君。次の仕事は四天王最弱で頼む」


「え……」


 あの勇者はあの後あっさりお亡くなりになったらしい。また最初からか! ジャンロベールは浮いた気持ちが一気に沈んでいくのを感じていた……

 「今夜は飲もう」と彼は一人呟くのだった。



※2/5改稿

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