第2話 古のガーディアン?

 森へと入ったノアは小型端末を操作し、これまでに数回行った探索記録を確認する。



 マキナヴァートルは山を切り拓き、その山に平地から沿わすような形で都市が作られた。そのため裏側は広大な森となっているのだが……。

 機工士ギルドがこの山を管理している理由の一つとして、とある噂がある。ギルドはその存在を否定しているが……その噂とは、山の中に古代の神殿が眠るというものだった。

 別にそれがただの神殿ならば、それを公開して観光にでも役立てればいい、と誰しもが思うだろうが。しかし、ギルドが規制をかけなければならない理由がそれ相応にあったのだ。



 ノアはまだ行っていない場所を確認すると、小型の端末を操作してそこまでの道案内をさせる。


「座標位置確認……コレヨリ道案内ヲ開始シマス」


 手のひらの端末の背面に簡易地図が表示され、ノアは端末の音声指示に従って森を進んだ。

 しばらく歩くと、木の根元にキノコを見つけたノアは、そこまで行ってしゃがむ。母には山菜を採りに行くと言って家を出た。神殿探しなんてしているとは思ってないだろう。

 彼はいつものようにズボンの左ポケットから布袋を取り出すと、そのキノコを採ろうと手を伸ばした。

 するとノアは急に手を止め、何かを思い出したように、肩に乗せておいた端末を操作する。

 背面パネルには『自我AI』と表示された。そしてノアは端末に向かって声をかける。


「ねえ、これって食べられるキノコだっけ?」

「ピピッ……ソレハ毒キノコ。食ベタラ死ヌ。死ニタケレバドウゾ」

「いや、そこまで聞いてないんだけど……」


 ノアにそう言われたボール型端末は、ノアの肩で地団駄を踏んでいる。そんな小型端末に彼は再度訊ねた。


「じゃあどれが食べられるの?」

「前ニ言ッタダロ! 聞ケ、聞ケ!」

「そんなこといちいち覚えてないよ。僕は機工士なんだから。調合師や調理師じゃないよ」


 地団駄は更に激しくなり、多少の痛みにより顔をしかめたノアは急いで端末を鷲掴みにし、元の案内ロボへと切り替える。


「はぁ~。なんで僕のボルカ(Borca)はこんなに乱暴なんだろう」


 ため息と共に端末を見つめるノア。ボルカと言うのはこのボール型小型端末のことで、機工士一人一人に配給される便利アイテムの一つ。この小さな中に、人口知能である『超高性能AI』がチップとして埋め込まれている。

 しかもその所有者により、言葉遣いや性格なども変わるという凝りようだ。


「前に落としちゃったからかな? でも直したんだけど……」


 残念そうに小さくため息をつき、再び肩にボルカを乗せたノアは、山菜は後回しにして神殿を探すことにした。

 早くしなければ日が暮れてしまう。ここら一帯は比較的大人しいモブが多いが、それは日中だけの話。夜になると人を襲う獣たちが森の中を徘徊するようになる。

 ノアは機工士の装備を身に着けているため、いざという時に戦闘も出来るのだが、まだ幼いため実戦の経験があまりない。出来れば敵と出くわしたくはないと、本人も思っているだろう。


 ボルカに記憶させたマップで、この森の中でまだ唯一埋まっていない場所。規制がかけられている内側にある西の区域。彼は足早にそこを目指した。


 ボルカの案内に従い三十分ほど歩いただろうか。ようやくマップの埋まっていない地点まで到着したノアは辺りを見渡した。朽ちた木々は倒れ、苔にまみれた切り株や、枝垂れた葉が地に付くほど伸びた樹が目に映る。

 森の中独特の土や葉の自然な香りが、ここへ来て強くなっているのを感じたノアは大きく深呼吸した。

 そしてボルカを操作して座標位置を記憶させる。こうしておくことで、家までの帰り道の距離と道順を、ボルカが最短で割り出してくれるのだ。

 ピーッという音の後、ボルカはお馴染みのセリフを発する。


「座標位置キオクシマシタ」


 それを聞いたノアはボルカを肩に乗せ、神殿捜索を開始する。ここら一帯は足場が特に不安定なため、ここからは家を出てくる時に身に着けた、機械式レッグガードが役に立つ。

 膝辺りまで覆っているレッグガードの、膝の皿付近に付いているボタンをノアが押すと、レッグガードは膝下からブーツまでを完全に黒い金属で覆い隠した。それは見た目にごつく、いかにも堅牢な造りをしている。

 これはマキナヴァートルの特許技術『流体金属可変加工技術』を利用したもので、ただの脚絆きゃはんかと思いきや、様々な状況下で作業が出来るようにするための恩恵をこれから受けることが出来るのだ。

 例えば、高所での作業の多い機工士が高いところから落ちた場合など。このブーツと一体となったレッグガードがその衝撃を全て吸収するだけでなく、地面への衝撃も少なくして被害を抑えるといった機能等が備わっている。


 しゃがんで脚絆がちゃんと機能していることを確認したノアは、道なき道を歩き始めた。

 獣たちの声が静かな森に響く。空を見上げても、一面を木々に阻まれてそれも叶わないほど鬱蒼と茂る森。するとその途中、清らかに流れる小川に差し掛かった。小川といってもその幅は子供には遠く、渡れる橋もない。

 だが心配はいらない。このレッグガードはこんな時にも役に立つ。自身のジャンプ力を飛躍的に向上させてくれる機能もあるのだ。

 その機能のおかげもあり、ノアは難なく小川を渡りきった。そして一度ボルカのマップを確認する。

 今いるところから、おそらく東に行ったところは探索済みの区域に繋がっている。ということは、更に北か西に行けばいいのだと思うが……。ノアは頭を悩ませた結果、北へ行くことにした。

 西へ行っても、東へ行った時と似たような結果になるんじゃないかと思ったからだ。


 道中も倒れた巨木や朽ちた木々が彼の行く手を阻む。レッグガードは大地に寝そべる木に近付くと、ノアが通れる幅でそれらを丸太切りにした。漆黒の刃はうねりながら不気味に伸び、それは役目を果たすと同時に元の形に戻る。

 そして切られた丸太は宙を舞い、ノアはその間を通り更に奥を目指した。



 一体小川からどれだけ歩いたか分からない。ボルカがいなければ今いる場所すらあやふやだ。

 しかも奥に進むにつれて、だんだんと霧が立ち込めてきた。不意にノアの顔に水が落ちる。木々の葉に付いた霧がたまり、水滴となって上から落ちてきたのだ。十メートル先は完全に見えないほど、森の奥は濃い霧に包まれてある種の不気味な様相を呈している。


「どうしよう……」


 ノアは不安に思ったのか、顔に付いた水をジャケットの袖で拭きながら小さく声をもらした。進むべきか戻るべきかを一人思量する。

 ボルカを握り締めしばらく考えた末、彼は大きく頷き決心した。


「行こう」


 ノアは再びボルカを操作し、現在の座標位置を記憶させる。

 そして彼は決意を新たに一人、霧が行く先を拒むように広がる森の奥へと歩いていった。

 霧の中を手探りで歩くノア。やがて獣の声も聞こえなくなり、ボルカの音声案内も静かになった頃。霧が微かに晴れていくのが分かった。

 音もなくスーッと消えていった霧。その瞬間、目の前に広がっていた光景にノアは驚きを隠せなかった。


 まるで洞窟の天井が空いたように囲い、その上から何本もの滝が流れ落ちている景色。鳥達が空を飛び、木々は入り乱れるように絡み合い、天へ向かい光を求めて伸びる。そして目の前には、ボロボロになった巨大な神殿が建っていた。

 いつの間に自分はここに来たのか。そして森の中に、山に、こんな場所があったのかと、周囲を見渡してノアは確認する。彼が立っている場所は幅の広い石橋の上。来た方向を振り向いてみると、石橋が森の方から続いているだけだった。

 道中の、今の今まで感じていたあのごつごつとした岩の感触や、脚絆が木々を切り裂く感じがまるでなかったかのような一本道。


「どうなってるんだ」


 森の出口を見つめながらノアが呟く。とりあえずマップを確認しようと、ボルカへ手を添えた時、突如ボルカが音を発した。そしてピーッという音の後、端末は音声を発する。


「現在地、表示不可デス」


 ノアは慌ててボルカを鷲掴みすると、背面パネルを覗き込む。すると確かに表示不可の文字が液晶に流れていた。この現象を不思議に思いながらも、ノアはここが噂の古代神殿に違いないと思い、神殿を探索してみることにする。

 ボルカを自立型から元の球状へ戻すと、彼はそれをズボンの右ポケットへ入れた。モブがいないとも限らない為、念のために持ってきた短剣を手にする。そして恐る恐る石橋を渡り、その先にある神殿へ。


 改めて見る神殿は、空から降り注ぐ光に照らされ神々しい雰囲気を醸し出していた。しかしその外観から見て取れる特長に、ノアは大きく首を傾げる。

 基本的に石造りなのだが、所々に金属が使われているのだ。しかもそれは、今現在使われている金属と酷似しているものが多い。

 あまり多くはないが、レリーフに被せられるようにして使われている黒い金属。あれは間違いなく、ノアが身に付けている機械式レッグガードと同じ金属だ。

 遥か昔から既に、流体金属可変加工技術があったということだろうか。


 ノアは崩れ落ちたレリーフには目もくれず、神殿の敷地内へと足を踏み入れる。

 他にも大きく崩れている個所が多々あり、沢山の樹がそこかしこから顔を出していた。外からでも確認できたが、奥に階段があるのが見える。しかしその手前で床が大きく崩れており、そこから下りることは難しそうだ。

 いくら脚絆を着けているとはいえ、階下の様子が窺えない以上、無謀なことはしない方が身のためだ。

 そうして仕方がなく、ノアは外周を少し歩いてみることにした。

 そこでも気付いたことがある。この神殿は、外壁のほぼ全てにレリーフが施されていることに。そこでも金属が多種類確認できたが、やはり黒い流体金属が何ヶ所かで視認できた。


「こんな古そうな時代から流体金属が? 学校じゃ習ったことないや」


 腕を組み、不思議そうな顔をしてしばらく神殿を眺めていたが、ここでこうしていても何も始まらない。そう思ったノアは、外周を歩いて見つけた外壁の一部崩れた部分から、神殿内部へと侵入した。

 内部は思ったよりも広く、天井も高い。至る所から木々の根が突き破り、石壁に亀裂を入れている。それは神殿の床まで伸び、この下のフロアまで到達していそうな勢いだ。

 外壁同様、内壁にも様々な浮き彫りが施されており、随所にロボットのようなものが確認できる。


 たしかに建物自体は古い。相当昔に建てられたものだろう。だが、古代の遺跡にしてはその内装やレリーフに描かれているものが近代的だ。外観の造りも、マキナヴァートルの市街地に似ている部分もある。

 ノアは壁面に描かれたレリーフを見ながら、次の部屋へと入った。そこはどうやら行き止まりらしく、どこにも通路へ続く道が見当たらない。側面の壁には珍しく浮き彫りはなかった。

 だが、長方形の奥行きのある部屋を奥へと進んだノアは、突き当たりの壁にまたレリーフを発見した。

 今回のは大掛かりで、今まで以上の懲りようが窺える。がしかし、その大部分は削ぎ落とされているように見える。

 微かに残るレリーフは、中央に彫られた大きなロボット1体だけ。その目には赤い塗料が擦れて残っていた。


「なんだろう、このロボット……」


 ノアは気になり壁に近付き見入っていると、その足元で何か亀裂が入るような、ミシッといった音が聞こえた。


「えっ?」


 ノアは瞬時に足元へ視線を落とす。すると次の瞬間、石床の亀裂は急に大きくなり、ガラガラと大きな音をたてて足場が崩れ落ちた。

 それと同時にノアも地下のフロアへと落下する。元いた一階からはかなりの高低差があり、着地と同時に、ボフッという音がブーツから聞こえた。彼は身に着けていた機械式レッグガードのおかげで、大した衝撃もなく床に着地することが出来たが……。


 服に付いた埃を払い、ノアは今落ちてきた穴を見上げた。パラパラと床の破片が上から降ってくる。二十メートルほどはあるだろうか。天井に空いた穴からは、陽の光が一筋の線になって地下を照らしている。

 ノアは今、自分がどのような状況にいるのかを確認しようと辺りを見渡した。すると周囲は、地上に顔を出していた木々の根っこが、地下まで張り巡らされている状態だった。ノアの周辺はカーテンのように根が垂れ下がり、壁面にもびっしりと根が張られている。

 それはまるで、地下に眠る何かを守ろうと、隠そうとしているかのようでもあった。しかしそれはきっと気のせいではない。その証拠に樹の根っこたちは、この地下フロアのある一点に向かって伸びているのがはっきりと分かった。

 ノアは根を目で追っていくと、その先にまるで毬のように密集する巨大な根の塊を。そしてその微かな隙間から、何か壁が大きく窪んでいるのを見つける。


「なんだろう、あれ」


 その窪みの両脇には、火を灯すための燭台のようなものが大中小で計6つ置かれ、それらにも根は巻きついていた。まるで燭台を持つ手のように。

 ノアは窪みを覆い隠すように密集する根に近付くと、後ろの鞄に差しておいた分解式回転のこぎりを取り出し、それを組み立てる。

 組み立て終えた後、手元の電源スイッチを押すと丸状の刃が唸りを上げて回転を始めた。ノアは回転刃を根に当てると、根はギャリギャリと音をたてて徐々に切断されていく。

 やがて繋がる根を切り終える頃、ようやくその全貌が明らかとなる。


 壁の窪みは恐らく縦四メートル以上はあるだろう、根が覆っていたものの台座になっているようだった。その正体とは――。


「ロボット?」


 そう。直立すれば三メートル近くにもなるであろう大型のロボットだ。体系はどちらかと言うと丸型で、旧式タイプのロボの形状をしている。表面は苔に覆われ、ここに安置されてから長い月日が経ったことを思わせる。

 足を投げ出し、少し前屈みで座るその姿は、どこか愛嬌があり可愛らしい印象を受けるが……。その足の先は尖り、腕のパーツの左は黒いドリル型で、もう片方は黒い拳だった。


「この神殿を守る、ガーディアン……なのかな? ……あっ!」


 ノアは急に思い出したようにハッとする。先ほどここへ落ちる前に見ていた、レリーフに描かれていたロボットに似ていたからだ。


「あの絵にはなにが書かれてたんだろ」


 ロボットだけしか認識できないほど、既に大半が削られた跡のようなレリーフ。現代を生きるノアに、古代に描かれたその内容を知ることは、もはや出来ない。

 腕を組みながら目の前を見つめるノア。ロボットの目は光を失っている。あのレリーフの赤い目は、一体何を意味していたんだろうか――。


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