系外国家

@qunino

第1話 石岡電磁カタパルト

 石岡電磁カタパルト射出センターの地表部。細野は軌道に打ち上げる軌道荷物仕分

け作業をしていた。昼休み近くになるとセンター長が作業の状況をそれとなく見に来

るのが日課であった。細野はここに就職する際の面接のことを思い出していた。

 「全世界の宇宙射出運搬の60%を担っている日本の主要産業だと思っています。海

外の景気や政治事情に左右される観光産業は、頭うちですし、自動車・航空・コンピ

ューター・IT産業は、新興国のあおりを受けて伸び悩んでいます。もし、石岡電磁

カタパルトがなかったら、今日の日本の発展はなかったのではないでしょうか。石沢

首相の英断には感謝せざるを得ません。電磁カタパルト技術は、絶対に他国に漏えい

させてはならないものだと思います。以前のテレビやスマホのように技術を持って行

かれたら、また経済は低迷するでしょう」

細野は、滔々と思いを述べていた。

「ところで、この軌道荷物取扱士の資格の期限が昨日で切れているようだが、大丈夫

なのかね」

面接官は、じーっと細野の顔を見る。細野は、しまったという顔をしていた。1月で

切れていたものを書き加えて4月にしていたのだが、日付のことはすっかり忘れてい

た。細野は更新上限年齢を越えていたので、更新はできなかった。そこで、職を得る

ために少々細工をしていた。当然、提出履歴書データも年齢をごまかしていた。遺伝

子操作されたハイパーエリート、エリート通常人、通常人の3階層に分かれているた

め通常人の就職は何かと不利になっていた。まともに正面から正式に就職することな

ど難しい社会制度になっていた。細野は一か八かの大ばくちで面接に臨んでいいた。

「更新は更新日の前後2週間以内なので、今日この足で行くつもりでした。問題はな

いと思います」

細野は、あえて強気に出ていた。

「そうですか。それでは今日の面接は、これで終了いたします。合否は3日以内に通

知いたします」

面接官は、細野の顔をじっくりと見ている。細野は、面接官が一瞬ニヤリとしたよう

に見えたので、ダメだと思っていた。しかし、3日後に採用の通知メールが来た。

 それ以来、細野は石岡電磁カタパルト射出センターの地表部に勤務するようになっ

た。その時の面接官が現在のセンター長・大室であった。


 軌道荷物仕分けベルト上には、軌道上で組み立てられる宇宙船のパーツが載せられ

ていた。大型パスクラスの大きさのものが多く、それにスキャンビームを当てたり、

時には、探知犬に爆発物の臭いを嗅がせたりしていた。

 突然、警報が鳴り、軌道荷物仕分けベルトが止まった。館内モニターを見ると、第

二浮揚体付近で、リニア加速パネルに不具合発生となっていた。

「センター長、どういうことでしょうか」

細野は、近くにいた大室にたずねる。

「前々から気になっていたが、カタパルトを酷使し過ぎたようだな」

大室は、すぐに総合指令室に連絡を取っていた。


 大室は宇宙大臣室に呼ばれていた。

「今度の宇宙大臣は、東大、ハーバード大、ソルボンヌ大学院出のエリート通常人だ

から、理論や理想、権利などをかざす傾向にあるから、ちょっと心配な面があるよ」

大臣室長・寺脇は、渋い顔をして奥の大臣執務室のドアを見ていた。この時間帯、大

臣は、首相官邸に行っていた。

「我々のように努力して、今日の地位にたどり着いた叩き上げの通常人は、だんだん

肩身が狭くなるようです。それで今日のお呼び出しは何ですか」

「どうも、宇宙省特務員の中にスパイがいるらしい」

寺脇は、サイドテーブルの石岡電磁カタパルトの模型を眺めていた。

「それで、今回のリニアパネルの検分にその疑いのある特務員を立ち会わせるのです

か」

大室は、心配そうに寺脇を見る。

「そのつもりだ」

「かなり危険な賭けになるのでは」

「しかし、スパイ組織をつぶすには、これぐらいのエサでおびき寄せる必要がある」

「今のところ電磁カタパルト技術は、他国に漏れていないようですが」

「なんとか防いでいるだけだ。それで特務員たちと同行する石岡電磁カタパルト側の

人間が必要なのだが、適任者いるかな」

「それでしたら、副センター長を行かせましょう」

「エリート通常人だろう。それではダメなのだ。君の部下で、口が堅そうな…、日本

の国のためという、しっかりとした信念を持っている通常人が良い。知能指数や学歴、資格の数や能力の如何は問わない。カネや合理主義で態度を変えず、度胸があって、できたら、石沢元首相を高く評価している人物が最適だ」

「それでしたら、うってつけの人物がいます」

「名前だけ聞いておこう」

「軌道荷物取扱士の細野卓也です」

「よろしく頼む」


 電磁カタパルトの出力を低くして、時速40キロ程度でメンテナンスカーゴは、カタパルトチューブ内を上昇していく。貨客艇を射出する際は、気圧を低減させるのだが、メンテナンス作業時には、2000メートル付近から徐々に加圧して無理なく呼吸できるようにしていた。

 「この第三浮揚体の一番高い所まで、どのくらいの高度になるのですか」

検分調査隊の宇宙省特務員・土屋愛美は、ムスっと黙って乗っている特務員たちの雰囲気を和ますように言ってきた。

「25000mになります。しかし、今回ご案内するのは、第二浮揚体の手前なので、9000m付近になります」

同行することになった細野も、作り笑顔を浮かべて答えていた。

「この浮揚体が、カタパルトを支えているのですか。非効率的な面がありますが、今のところ我々が手にしている技術ではこれがベストとなりますか」

ゼネラルチーフ特務員で調査団長の神崎瑠偉が、いかにもハイパーエリートらしい物言いをしていた。

「あの浮揚体のプロペラは何で回しているのですか」

特務員・川田浩太は、チャンスは全ての人に平等に巡ってくると信じ、希望に燃えている若い通常人であった。

「ヘリウムを詰めた浮揚体の表面に貼られた高効率ソーラーパネルの電力を利用しています」

「ヘリウムとプロペラの揚力で浮いているのか」

川田は、感心していた。

「でも、高高度の第三浮揚体は、プロペラの揚力は期待できないだから、第二浮揚体よりも第三浮揚体の方が数も大きさも大きいというわけだな。川田君、いちいち感心していたら、きりがないぞ」

神崎は、会話していると同時に何か計算をしていて、その答えをスマホにメモしていた。

「神崎団長、何をメモしているのですか」

細野は、気になったので、率直に聞いてみた。

「あっ、これですか。チューブの内気圧と外気圧の差で、チューブの材質にどの程度の力が加わるのか、考えてみただけですよ」

神崎は、何でもないことのように言っていた。

「ところで、今日はここまでお車でしたか」

細野は話の内容を変えてみた。細野は、誰に言うともなく、言っていたので、神崎はぴったりと口を結び、他の特務員たちも黙っていた。

「常磐線の石岡エキスプレスで来たのですが、駅とカタパルトセンターをつなぐ動く歩道は便利ですね」

土屋が、気が付いたように言い出す。

「私も通勤に利用しています。この2日間は調査とメンテナンスだから混んでないですが、いつもは宇宙に行く人たちで結構込みます」

「茨城空港からも来られるようですね」

「はい、茨城空港からだと自動運転バスが出てます」

細野は、心がない会話でも、黙っているよりかは良いような気がしていた。


メンテナンスカーゴは、第二浮揚体の手前1520mぐらいの所で停止した。

「あのパネルに不具合が生じています」

細野が、一部破損している電磁パネルを指し示す。

「あー、これですか。かなり摩耗していますね。それに過電流による負荷が原因の一つのようです」

神崎は一目見るなり、的確に検分していた。

「我々も、過電流による負荷だと推測しますが、その結論に至るまで12時間はかかりました」

細野は、神崎の鋭さに舌を巻いていた。

「土屋君、あの不具合パネルを外して、宇宙省の研究所で詳しく分析しよう」

神崎は、パネルから目を離さずに指示を出していた。土屋に命じられた川田と藤原の二人の特務員がパネルのネジを外し、メンテナンスカーゴにそれを載せた。

「チーフ、これでよろしいでしょうか」

手を下していない土屋が報告する。

「よし。第一浮揚体に宇宙省のドローンを横付けし、そこから持ち帰ろう」

神崎は、さりげなく言う。

「あのー、神崎さん、地表部のゲートを通さずに研究所に持っていくのですか」

細野は、少々驚いていた。

「何か問題でも。電磁パネルは国家の機密事項だから、我々専用のドローンで運ぶことが理にかなっています。これは、センター長も了承済みです」

「そ、そうですか」

「細野さん、まだ他にも不具合の箇所は見つかっていますか」

神崎は、きびきびした口調であった。

「いいえ。ここだけです」

「それなら結構。調査は終了といたしましょう」

 あっけなく、調査を切り上げることになり、再びメンテナンスカーゴは戻り始めた。

「細野さん、今日、ここに来てわかったことがあります。センタースタッフの地道な努力がこのカタパルトを支えていることです。これからも頑張っていただきたい。これは日本の基幹産業の一つですから」

神崎は、ハイパーエリートにしては、珍しく通常をねぎらうようなことを言っていた。


 メンテナンスカーゴは、第一浮揚体で停止した。神崎がいつの間にか手配していた宇宙省の大型ドローンがメンテナンスポートに待機していた。

「ここでも5000mの高さがあるのでハッチを開ける際は、これを装着してください」

細野は小型酸素ボンベ付きのマスクを特務員たちに渡す。

 神崎は、取り外した電磁パネルをドローンの荷室に入れた。

「細野さん、詳細な分析結果は、2~3日以内に報告します」

神崎は、きわめてビジネスライクに言った。

「あのー、細野さん、調査任務も完了したことですし、マスクもつけているので、第一浮遊体の見学したいのですが」

土屋がマスク越しの声で言いだす。神崎も特に制止することもなく、細野の返事を待っていた。

「こんな機会も滅多にないと思いますから、ソーラーパネルの所まで、ご案内しましょう」

細野は、見学ぐらいはさせても良いとセンター長に言われていた。


 メンテナンスカーゴから細野と特務員たちは降りて、メンテナンスポートに出た。かなりの風が吹いており、ポートの手すりにつかまっていないと飛ばされそうな感じであった。メンテナンスポートは、浮揚体の上にあり広さがテニスコート2面ほどであった。ポートの周囲にはソーラーパネルが一面に敷かれ、4基のプロペラが回

っていた。今、細野たちがいる浮揚体と同じものがチューブを挟んだ反対側にもあり、この二つでチューブを支えていた。

 「それでは、浮揚プロペラ塔の下まで行きましょう」

細野がメンテナンスポートから伸びる細い通路を歩きだそうとする。

「あっ、私、カメラを取ってきます。皆さん先に行っててください」

土屋がチューブのハッチの所へ戻っていった。

「あそこのプロペラとヘリウムの揚力で支えられています」

細野は、歩きながら説明を始めた。一行がプロペラ塔の下まで来たのだが、土屋はまだ戻って来なかった。

「皆さんは、こちらで景色を見ていてください」

土屋の行動を不審に思った細野は、小走りにハッチの方へ戻る。

 ハッチのそばには、まだ飛び立っていないドローンがあった。そこでうずくまっている土屋。

「どうしました」

声をかける細野。

「カメラのストラップが外れてしまって…」

土屋は、すぐに立ち上がった。細野は、何気なく、ドローンの行先設定コードを目にした。すると先ほど神崎が設定した英数字と違っているように見えた。しかし、しっかりと見ていたわけではないので、確かな所は分からなかった。立ち上がった土屋と目が合う細野。彼女は、鋭い目つきを一瞬にして隠し、愛想笑いのような笑みを見せた。細野は、一旦靴の紐を直すふりをしてしゃがみ、その英数字をメモしてから立ち上がった。

 プロペラ塔の下で記念撮影をすると、特務員たちは、メンテナンスカーゴに戻った。

「いやー、良いものを見させてもらいました。浮揚体の上なんて、滅多に行けませんから」

川田は、嬉しそうにしていた。

「私も、感動しました。科学技術の進歩には驚くばかりです」

藤原もニコニコしていた。

「こんなことで、驚いているようでは、先が思いやられるな」

神崎は、苦笑していた。


 調査団は、駅まで見送り、センター長室に戻る細野。

「それで、彼らの様子はどうだった」

大室センター長は、いきなり切り出す。

「怪しい素振りがあったのは、神崎ではなく、土屋の方でした」

「エリート通常人でも、彼女は寺脇室長が見込んでいる人間だからな…」

「神崎が入力したドローンの行先コードを変えていたように見えました」

「そのコードを、覚えているか」

「はい。この英数字です」

細野は走り書きのメモを見せる。

「なーるほど、そうか。この番号は自動リターン用のものだ。土屋が再入力したのだな。最初に入力したのは、誰だ」

「神崎です」

「やはりそうか。たぶん神崎の行先コードを変更しようとしたのだが、ロックされており、仕方なく緊急リターンにしたのだろう。となるとスパイはやつだ」

「ハイパーエリートも完璧ではないことがあるのですか」

「普段、通常人に任せていることには、熟知していない面がある。とにかく第一ポートに急ごう。ドローンが戻っているはずだ」


 ツノダ・スペースプロダクツの軌道組立てセンター。広大な空間では、石岡電磁カタパルトで打ち上げられた宇宙船や宇宙構造物のパーツが組立てられていた。インドに引き渡す予定の太陽光発電ステーションやブラジルの宇宙船などの間を作業ロボットが動き回っている。さらに中国向けの大型貨物船、アメリカ向けの移民船も太陽光に輝いていた。その中に、宇宙省が発注した深宇宙探査船『かがやき』があった。

 中央船体から左右に2本ずつ1300mのトラスト構造の支柱が伸びる。その支柱の先には居住区画があった。完成時には、中央船体を軸に回転させ、両端の居住区画には0.94Gの人工重力が働くようになっていた。この居住区画の最上部となる位置から50m上まで、作りかけの農場区画があり、ここが完成すると支柱のむき出し部分は、1250m程度になる予定であった。ちょうど打ち上げられたばかりロケットエンジンのパーツを作業ロボットが運んでいた。完成まで後1ヶ月半ほどであった。


 宇宙省大臣室。

「大臣は国会に行っているから、今日も奥の大臣執務室は空なんだ」

室長の寺脇は、相変わらずといった表情をしていた。

「神崎は逮捕されたと聞きましたが、今日は何のお呼び出しですか」

大室センター長は怪訝そうにしていた。

「神崎がいなくなって、ちょっと困ったことがあってな。『かがやき』の乗組員だが、欠員が生じてしまった」

「例の深宇宙探査船ですか。あれに神崎が乗ることになっていたのですか」

「ハイパーエリート二人、エリート通常人二人、通常人二人だったのだが…、私としては、ハイパーエリートを補充せずに通常人を一人増やしたいのだが、もちろん大臣も承認している」

「宇宙船の乗組員ですか…、この前にみたいに細野というわけには行かないですね」

「任務としては、新たな居住可能な恒星系を見つけて日本領にすることにある。現在、アメリカ領の恒星系が一つ、中国領の恒星系が二つだから少なくとも一つ、できたら二つは欲しい。太陽系外の恒星系を領有する3番目の系外国家にしたいのだ」

「系外国家ですか…、資源も増えるし人口も増やせます。先行きが明るくなりますよ」

「地球や太陽系に縛り付けられている国は、今後、系外国家の意向に従うしかなくなると思う。今のところは、グローバル化とか、宇宙は人類共通の財産と言っているが、南極や月を見ればわかるように、結局は、領有化され、いろいろなものが独占されてしまう」

「人類の性ですかね」

大室はため息交じりに言う。

「話を戻すが、ジーンリッチのハイパーエリートは超寿でもある。もし深宇宙で戻れなくなると、帰還に60年から90年ぐらいかかり、そいつ一人になってしまう可能性がある。それもかなりの発見を携えて。それにハイパーエリートは、自分の能力を高く買ってくれると所に躊躇なくつく。あっさりと裏切ることがよくあるからな、国費を投じた探査船には、できたら通常人で超寿の人間がいてくれると大助かりなのだが」

「それでしたら、相応しい人物がいます」

「まさか細野卓也っていうわけではないよな。誰だ」

「それがまさかの細野でして」

大室が言うと寺脇は目を丸くする。

「えっ。しかし、通常人で庭付き一戸建て程の高価な超寿処置を施すことは無理だろう」

「細野は半年前に60年ローンを組んで超寿処置を受けています」

「細野か。何かと縁があるな。しかし金利がかなりになるし、保証人はどうしたのだ」

「もちろん石岡電磁カタパルトですよ。これほど確かな保証人はいないですから」

「わかった。じっくりと人選している暇がない。彼に決定だ。あっ、本人の意向は聞いていなかったが、大丈夫か」

「保証人の言うことは断り難いでしょうし、宇宙省へ出向という形にしようかと思っています」

「何かと大学の後輩の大室が頼りになるな」


 中林首相は、防衛大臣・須賀、宇宙大臣・齋藤を伴って、海上自衛隊の航空支援護衛艦『あかぎ』のブリッジにいた。

「今日こうして視察できるようになるとは、思ってもみなかったよ。電磁カタパルト技術の防衛産業転用は、野党が反対していたからな」

中林は、感慨深そうに、飛行甲板のF5改を眺めていた。

「この『あかぎ』は全長265メートルしかないのですが、カタパルトのおかけで、普通の空母並みに航空機が離発着できます」

防衛大臣の須賀は、少々自慢げであった。

「しかし、この電磁カタパルトは、宇宙省の肝いりで開発したものです。今後も宇宙省との連携を強めたいものです」

宇宙大臣の斎藤は、優秀な部下たちの上に立つのは、自分しかいないと自負しているのが、態度にありありと出ていた。

「総理、まもなく、F5改をカタパルトで離陸させます」

艦長が言うと、飛行甲板の隊員たちがあわただしく動き出した。隊員が旗を振ると、F5改は、カタパルトに押され急加速し、飛行甲板から飛び立った。ブリッジには、拍手と歓声が巻き起こった。

「なるほど、この電磁カタパルトは、ただのカタパルトではないな。石沢さんの構想が私が総理の時に実現できたわけか」

首相は満足家であった。

「燃料を食うVTOL機でなくても搭載できるので、費用もかからず部隊を効率よく配置できます」

須賀が、言った直後、突然、艦内の警報が鳴り出した。中林たちは、自衛隊員たちにガードされ、ブリッジの階段を降りていく。

「総理、今、うちの特務員たちが犯人を追いかけています。自衛官と連携して艦後方に追い詰めたようです。まもなく捕まえられるでしょう」

齋藤は、スマホを耳に当てながら、中林たちと共に飛行甲板のヘリコプターに向かっていた。

「特務員か…、宇宙省の便利屋稼業も大変だな」

中林は、飛行甲板に出ると陽光の眩しさに手をかざしていた。


 「チーフ、奴は、先ほどの狙撃でケガをしています。俊敏には動けないでしょう」

エリート通常人で特務員の江本は、慎重に通路を進んでいる。

「しかし、奴は私と同じハイパーエリートよ。運動機能は、衰えているとはいえ、通常人の比ではないはず。注意して」

チーフ特務員の城之内沙理は、頭に入れておいた艦内詳細図を思い浮かべていた。それでも神経は、前方に集中することができていた。特務員の後ろを自衛官たちが固めていた。

 通路の影から、犯人が発砲してきた。かなり正確な狙いで、撃ってくる。

「あなたもハイパーエリートなら、今の状況は圧倒的に不利なことはわかるわよね。この銃撃戦は、非合理的ではないかしら。電磁加速パネルの詳細仕様メモリーを返して、出てきなさい」

城之内は、銃を撃ちながら叫んでいた。

「わかった。撃つな」

「今まで、一緒にやってきたのに、なんで急に裏切ったんだ」

江本は、どこか寂し気に言っていた。

「俺の能力を高く買ってくれる国があったからな」

「また、それか」

江本は、苦々しそうにしていた。隣にいる城之内の顔をちらりと見ていた。

「私は、大丈夫よ」

城之内は小声で言って首を横に振っていた。

「今出ていく」

犯人は、銃と詳細仕様メモリースティックを投げてから、両手を挙げて出てきた。自衛官たちが、群がるように犯人を取り押さえる。警報は鳴りやんだ。

 「あんたも、いずれ、能力の低い通常人たちのいいなりに飽き飽きするはずだ」

連行されていく、犯人は、城之内の顔を見ていた。そのすぐ脇には、江本も立っていた。

「エリートなんて笑わせるぜ、エリート通常人もちょっと学歴が高いだけ通常人と同じようなものだ」

犯人は、江本を見てせせら笑っていた。

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