第三二話 抜身の剣の納め方

 通常の救急車と異なるのは車体に剣を象った紋章がある点だ。

<S.H.E.A.T.H>ご用達の緊急病院から出動した救急車であり、運営元は<サイデリアル>である。

 イザミは<匣>の中身が人間である真実は世間に混乱を与えるため、幹部たちには最重要機密とするよう伝えてある。

 当然、現場の人間にもだ。

 既に<匣>より解放されている人間に関しては別の場所で誘拐され<S.H.E.A.T.H>によって救出されたとすれば、しばらく問題はなかった。

 ただ今回は隠しても隠し切れない事実がある。

「根方、お前はどうする?」

 蒼天機<雷霆>なるデヴァイスと使い手である根方カグヤの存在をどうすべきか。

 すでに生徒を通じて目撃者多数。第六部隊も損害を受けている。

 放置するのは容易くともイザミ同様、大人たちから狙われる。

 場合によっては危険だという理由で駆除されるだろう。

「これからマスタープログラムを破壊しに行く」

「そうじゃなくって、お前とその力――蒼天機についてだ。おれ同様、狙われるぞ」

「……来るなら片づけるだけだ」

「だから、そうじゃねえっての」

 イザミはぼやきながら頭をかいた。

 目的意志を強固に持つのは構わないが融通を利かせるべきだ。

「え~っとな、おれが言いたいのは<S.H.E.A.T.H>に来ないかってことだ」

<S.H.E.A.T.H>所属となれば<サイデリアル>の下部組織であるため、下手な手出しができぬほど強い後ろ盾となる。

 実際、イザミが所属してからは嘘のように手出しが減り、万が一手を出す者がいたとしても組織力の前に因果応報の道を歩んでいた。

「……企業の犬なれと?」

「おれだって書類上<S.H.E.A.T.H>所属だが、実質ワンマンアーミー扱いだぞ?」

「おう、だからな、こいつとまともに共闘できるのは第一から第一五部隊ぐらいなもんだ」

 横から口を挟んできたダイゴにイザミは停車中の救急車を指さし言った。

「おっさん、ケガしてんだろ。救急車来たからとっとと乗ってろ」

「ば~か、この程度、かすり傷だっての」

 カグヤから辛辣を舐めさせられたというのにダイゴを筆頭とした第六部隊の面々に恨む節は見られない。

 イザミは大人だから許せるのかと思い、自分がまだ子供であると自覚する。

 相方の自覚を察してか、察していないのか、さておきクシナがやんわりと提案した。

「根方くんの処遇はこの件が落ち着いてからゆっくり決めましょう。まずはそのヨミガネ、ですか? EATRの親玉をどうにかするのが先決だと思います」

 第六部隊の面々もカグヤとの会話をどうにか聞いているため、ヨミガネがEATRの正式名称だと知っている。

 当然、人間を生体コアとした人造兵器であることを知ろうと今では落ち着いていた。

「そのマスタープログラムを倒せば、全てのヨミガネは機能停止する。ヒメさん、間違いはないですか?」

『うん、間違いないよ。それにマスタープログラムは<匣>の取り換え時期だ。攻めるのなら急いだ方がいい。交換されると<緋朝>と<雷霆>、この二つで勝てるかどうか、ボクの演算処理でも怪しいものだ』

 機械が確立ではなく怪しいなる曖昧な言葉を使うなど、本当に機械なのか疑いたくなる。

 もっともあくまでこちらの世界の技術レベルでの話だ。

 イザミの元いた世界は人間に限りなく近い疑似人格を持つAIなど珍しくなかった。

「オペレーター、今動かせる天剣者はいるか?」

 イザミは現状を通信で問う。

 大規模攻勢が終息したばかり。

 予備戦力まで投入した現状、期待だけはしなかった。

『残念ですがマイクロウェーブ受信施設における防衛戦には数多くの天剣者が投入されました。星鋼機の損耗も激しくすぐには不可能です』

 期待できないことに期待していたため、イザミは驚きも嘆きもしなかった。

 第六部隊の死者はゼロだとしても全員が負傷者。加えて星鋼機は全壊。

 一つしかない命は大切に使えば一生使用できるだろう。

 ただ負傷した身体は機械のようにホイホイ部品を換えて、はい出撃と便利に使用できなかった。

「ゲームなら宿屋で、はい完全回復って感じだが、おれたちはゲームやラノベ世界の住人じゃないんだよな」

 都合よく回復する手段があるとすればそれはもう神の御業だ。

 イザミとて学校到着前から後と幾重もの戦闘を乗り越えてきた。

 体力の消耗は激しくともどうにか立っていられるのは<緋朝>の感情エネルギー変換ドライブの支えがあるからだ。

 まだ意志は折れていない。折れないならばこの身体もまた倒れない。

「イザくんっ!」

 校舎よりミコトがイザミへと駆け寄ってきた。

 ミコトは自分がマスタープログラムの新たなコアとして選ばれたのを知らない。

 教えるつもりもなく、狙うならば事前に阻止すれば良いだけだ。

「あいつ、まだ現場の安全が確保されてないから避難してろって言ったのに」

 イザミは困惑しながらも口元は緩めてしまった。

「あなたのことが心配で仕方がないのですよ。後のことは隊長がしますので、どうぞ行って安心させてきてください」

「おい、クシナ、おれも一応ケガ人だぞ。ちっとは隊長を労われ」

「誰よりも頑丈な人が言いますか。それに先ほどかすり傷程度だとご自分でおっしゃったでしょう。労わるのなら私ではなく奥さんと娘さんに頼むべきでは?」

 頑丈とは無縁で誰よりも柔らかさを持つのがクシナであろうとイザミを筆頭に第六部隊の面々は誰一人口に出しはしなかった。

 当然、カグヤもまた空気を読んだのか口をつぐんでいる。

『まあ、キミは逆に誰よりも柔らかいパーツを持っているからね。キミがいうとどこか説得力があるよ』

 空気読まない幽霊がいた。

 瞬間、クシナより殺意の波動が放たれたのを誰もが感知する。

 やはりビックバンな部位を持って来たからか、クシナは異性同性問わずセクハラの被害を受けてきた過去のせいで一時、激しく荒れていた時期があり、加害者を誰であろうと地位名誉関係なく――以下削除。

 この世には名を言ってはダメな御方がいるように、なにが起こったのか言ってはならぬ事実がある。

 もしあなたが詳細を知りたいならば己が加害者となり身を持って知るのが近道となろう。

 当然、未来を紡ぐ保証はないことだけは記しておく。

「そ、そういえば、ヒメ。お前、戦いの途中でいなくなったが、どうしたんだっ!」

 幽霊相手に物理攻撃は通じないが言葉は一応通じている。

 クシナより言葉の銃弾が放たれるよりも早くイザミは早口でヒメをまくしたてていた。

『今までにない干渉で妨害を受けたんだよ。お陰でキメラ型を直に観測できなかった』

「干渉に妨害?」

『ボクは観測装置だ。観測するならば干渉される。見えているなら届けられるといった具合にね』

 非実在型量子観測機に干渉する正体、との疑問をイザミの神経走る怖気が解答する。

 校庭の空に<裂け目>が警報システムに感知されず現れたのは同時だった。

感知されていないからこそ、イザミを含め天剣者は誰一人気づいていない。

<裂け目>の奥より黒紫色をした機械腕が飛び出した。

 猛禽類のような三本爪で今まさにイザミへと駈け寄らんとしたミコトを頭上から掴み上げては悲鳴一つ許さず<裂け目>の中に連れ去ってしまった。

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