第三〇話 滾る刃に誓いを乗せて

 イザミの視界を緋色の閃光が瞬き、大剣の刀身より生える結晶がキメラの尾による刺突を受け止めていた。

 緋色の輝きはキメラ型を怯ませるだけでなく、自らの刺突の衝撃で合わさった身体を弾き飛ばされていた。

 キメラ型は尾をしならせながら宙でバランスを整え着地する。

 今一歩仕留められなかったことにキメラ型は尾を激しく鳴らすことで憤慨を現わし全身を震えさせていた。

「思い……出したっ!」

 雨津イザミとは何者か――六歳前の記憶を、両親の顔を、己がデヴァイス持つ理由を。

 砕け散ったステンドグラスが元に戻るように、記憶は一つへと繋がり形に為す。

 両親は我が子を生かすために別なる世界に転移させた。

 だが、別なる世界を渡る際の影響で記憶を失ってしまった。

 キメラ型の電撃が記憶回復の呼び水となり、緋陽機<緋朝>を託された理由を思い出す。

「……なんだ、答えは最初から俺の中にあったんだ」

 イザミは戦場に不釣り合いな柔和な笑みを浮かべた。

 確信を得た。ルーツを見つけ出した。否、思い出した。

 記憶を取り戻すよりも先にイザミはミコトにより答えを得ている。

 誰よりも、なによりも守りたく、失わせない大切な人。

 今のイザミがイザミとしているのもミコトのお陰だ。

 孤独ではなかった。寂しくはなかった。いつも側にいてくれた。

 ドクン、と心臓の高鳴りが全身に伝播する。

 大剣の柄に緋色に染まった結晶の花が咲く。

<緋朝>にインストールされた、あるシステムの最終起動シークエンス完了の合図だった。

「笑いながら命を奪うのではなく、思考を捨てて命を奪うでもない」

 貪る金属の正体は人間だった。

 人間を守るために人間を殺していた。

 人殺しをしていた絶望。

 人命を守ることで芽生える希望。

 板挟みとなる感情にて思考停止せず、ただ先へと至り、そして超える。

 ディナイアルとは拒否、拒絶の意味だけではない。

 己に打ち勝つ、克己という意味さえ含んでいた。

「感情喚起システム――<ヤオヨロズ>起動っ!」

 ただたどり着くだけでは起動しない。

 ただ乗り越えただけでは使いこなせない。

 求められるキーは相反する意志と現実に板挟みになろうとも乗り越える力強い意志。

 間欠泉のように大剣より噴き出す緋色の粒子はイザミの全身を伝い、左肩甲骨ら辺から翼のように放出される。

 見る者が見れば片翼の天使に見えた。

「今からお前たちを黄泉路から解放する――だが、この解放はちぃとばかし痛いぞっ!」

 先の不発の原因は足りず、至らなかったからだ。

 ヒントはあった。

 敵を倒すのではない。

 敵を救うという感情こそ起動キーの役目を果たしていた。

 生死を賭けた戦いで敵を救うなど愚行以外になくとも両親は愚行だと理解しながらもこの力を組み上げた。

 ただ倒すだけではヨミガネの脅威は解決しない。

 倒せば倒すほど成長進化にて強大な力を持たせ、自らの首を締め続ける。

 事実、この一〇年間が吐血続ける終わらないマラソンであることを証明している。

 だからこそ、倒すではなく解放する力が必要とされた。

 そして、その力とは――

「我、心なる刃にて黄泉の呪縛を解く――」

 心は刃。滾る刃に誓いを乗せて今ここに天なる解を発動させる。

「<天解>発動っ!」

 万感たる救済の意志を刃に乗せてイザミは大剣より眩き緋色の輝きをキメラ型に放つ。

 まるで、ほの暗き冥府を照らす天の輝きであった。


『おや、もう片付いたのかい』

 ゴースト・ゼロが観測を再開した時にはキメラ型に内蔵された九つの<匣>は一つも失われることなく、人間たる中身を解放されていた。

『直に見守れなかったのは残念だけど、後でしっかり見させてもらうとするよ』

 校庭内のヨミガネはおろか、マイクロウェーブ受信施設を襲撃していたヨミガネもまた討たれている。

 結果的に勝利したのは人類側だが、観測可能な限り犠牲者も少なくはない。

 特にディナイアルシステムの不可視の鎧を突破する有線射出兵装による感電死あるいは星鋼機ショートによる戦闘継続不能などの被害が出ている。

 対消滅を利用した突破が前提であるため、不可視の鎧のエネルギー波形パターンを調整すれば対策は容易い。

「ならさっさと星鋼機をアップデートしとけよ、ゴースト・ゼロ、いや――ヒメ!」

 一〇年ぶりにイザミから名前を呼ばれるのは心地よい気分(パルス)だ。

 自然とヒメは口元を緩めてしまった。

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