第二章:戦う者と守られる者

第九話 星鋼機


<S.H.E.A.T.H(シース)>

 天剣持つ者を納める鞘の意味を持ち、十二企業連合<サイデリアル>によって組織された対EATR特化私設武装組織の名前である。

 前身は<サイデリアル>によって編成された実戦データ収集チーム。

 一〇年前は星鋼機の大量生産を急ぐ一方でEATRに対する戦闘教義(ドクトリン)が限りなくゼロに近かったため稼働データと各種ノウハウを収集するチームが必要であった。

 ただし当時の世界情勢では正規軍はEATRの対応に追われていたことと各正規軍の幹部たちが星鋼機の性能に懐疑的であったために協力が望めなかったことから苦肉の策として一般より志願者を集うことになる。

 広い演習所にて模擬戦を繰り返し、ゆっくりノウハウを揃える時間がないほどEATRの侵攻は速く、危険な実戦でのデータ収集がなによりも効率的であったのが背景にあった。

 志願者の中から優秀な者を選り分け、総勢一〇〇名の実戦データ収集チームが誕生する。

 EATR出現する各地を渡り歩き、正規軍では為し得なかったEATR討伐を成し遂げる一方、損耗及び死亡率は高く、当初は一〇〇名いた人員もデータ収集完了と判断された時には一五名しか生き残っていなかった。

 幾多の血と鉄の礎で完成した星鋼機は第一世代と呼ばれ、生き残った一五名の天剣者たちは第血世代と揶揄していた。


 ――力を持って命は救えようと心は傷つき誰も救えない。


 イザミは焦燥に駆られる。選択を迫られる。

 今すぐにでもバスに閉じ込められたクラスメイトたちを助けねばならない。

 だが、今助けに動けばストーカー女のようなトマホークミサイルの着弾を許す。

 着弾を許す前にEATRを討てば同級生たちを助けられる。

 急がなければならない。

 助けるかっ!

 討つかっ!

 選んだのはEATRを討つこと。

 討つことこそが人命救助に繋がると考えた。


「あ~困ったもんだ」

 オンライン会議を終えたイザミはぼやきながら頭皮をかいた。

 一〇日前後に発生するであろうEATRの大攻勢に備えようと空間の裂け目より出現するEATRに防壁は無意味であることが念頭にあった。

 世界各地に散らばる<サイデリアル>全幹部一二人とイザミを交えたオンライン会議にて監視と警戒を密に、三交代にてEATR出現に備えること、次に万が一に後手に回ったとしても各自治体には避難訓練を心がけるよう伝達することが取り決められる。

 現状一人でも犠牲者を減らすためにはいち早く現場へと天剣者を派遣するのが最良の手段でしかなかった。

「そりゃディナイアルシステムの不可視の鎧を防壁に転用した避難施設があるけどよ……」

 公共施設や学校、避難所となる場所には不可視の鎧を防壁とする防御特化のシステムが設置されている。

 イザミだけでなく<サイデリアル>全幹部が懸念しているのは星鋼機であった。

「成長進化するEATRに呼応するように星鋼機の性能が向上するのは問題ない。だが、製造コストは年々上がっている。我々<サイデリアル>の目的は世界経済の立て直しだ。このまま行けばEATRではなく我々の手で世界は滅んでしまうぞ』

 イザミの隣を歩く岩戸が難しい経営者の顔で言う。

 星鋼機は成長進化するEATRに呼応する形で性能を高め世代を重ねている。

 現在、主力となっているのは第四世代型である。

 第四世代は成長進化したEATRに対抗するため、星鋼機そのものを大型化しソフト、ハード共に性能を底上げしている。

 またバッテリー交換時にディナイアルシステムが一時的に落ちる問題解決のため、第三世代より実装されたカートリッジ式バッテリーは継承する一方で予備電力確保を目的とした電力貯蔵コンデンサを内蔵した。

 EATR討伐に対して確かな効果を発揮しようと人類側が抱える問題は三つだ。

 大型化による製造コストの高騰。

 重量増加による運搬コストの悪化。

 そして整備性の低下――の三つである。

 第四世代一機を製造するのに第三世代三機分のコストがかかる。

 世界経済の立て直しを目的とする<サイデリアル>からすれば本末転倒な話。

 仮にEATRを討ち滅ぼそうと雪だるま式に積もりに積もった製造コストにて世界規模の経済破綻が出ると予測されていた。

 解決策としては星鋼機の部品数を削減及び圧縮すること。

 自ずと製造コストや故障率の低下、納期短縮、整備性の向上、果ては燃費向上に繋がることになる。

 策を形にせんと日夜<サイデリアル>技術部が総出となって知恵を絞りあっていた。

「とりあえず星鋼機の威力を落とさず小型軽量化するのがベタな路線だが、思い切って戦車とか人型ロボットとか作ろうとしても不思議とディナイアルシステムは起動しないんだよな……アップデート程度だし」

 思い切って戦車型の星鋼機を製造しようと不思議と悲しきかな、ディナイアルシステムは人が手で持つ携行式の武器でなければ機能しない謎がある。

 一番簡単な問題はデヴァイス<緋朝>を完全複製することであるがブラックボックスの塊であるため、現在の技術力では一方的に開示されるデータを利用する手しかなかった。

「なにか新しい情報が開示されたのか?」

「今さっき……エネルギー流動経路の見直しにより従来と比較して消費電力の一五%カット、ディナイアルシステムの出力を一三%向上させるソフトウェアの更新。そしてこの前、おれとクシナが出くわしたゾンビEATRの対抗策だな」

 システム向上は地味に効果が高く、なにより<匣>が破壊されたEATRの再起動原因が判明したことはありがたい。

 ゾンビのように再起動したカラクリはEATRの下腹部当たりに通信モジュールがあり、生きたEATRが遺骸をラジコンのように遠隔操作する単純なものであった。

 当然、一体で複数を操るならばそれ相応のシステム負荷がかかるらしく、処理能力的には絶滅種以上でなければ不可能らしい。

 原理さえわかれば対策が打てる。

 けれども敵はEATR。成長進化にて通信モジュールの強化や予備システムの構築、下位ランクが使用する危険性があった。

「ホント、これどういう仕組みだよ」

 一方でいまだ原理が不明なのがデヴァイス<緋朝>である。

 全ての星鋼機の戦闘データはこのデヴァイス<緋朝>に集約される。

 蓄積されたデータは一定の解析期間を経へ星鋼機のフィードバックなる形で解放された。

 この一〇年間、続けられていることだが、デヴァイスそのものがブラックボックスのため原理は不明。原理の分からないものを使い続けていた。

 さらには――

「一〇年間、このデヴァイスは一度もメンテや充電をしたことがない。それなのに一度たりとも不具合を起こさなければ電源が落ちたことがない。原理さえわかれば星鋼機に転用できるのに」

「悔やみ続けても仕方なかろう。順風満帆の人生などありはしない。如何に山や谷を人々の叡智を集めて乗り越えるかだ」

 岩戸の言葉にイザミは口を閉じる。次いで黙って頷き賛同した。

 楽な道などない。

 あるのは絶望の中で希望を得て、希望が絶望となる一喜一憂の波のような日々だ。

 生存か、絶滅か、いがみ合う現実の中、今の人類はどうにか生き延び続けていた。

「……ところでミコトは元気か?」

 イザミが気難しく胃の痛い顔をしたからなのだろうか、ふと岩戸は話を変えてきた。

 この時の岩戸の顔は険しい経営者の顔ではなく孫娘持つ優しき祖父の顔ときた。

「顔は合わさずともメールはやりとりしてんだろう。元気に家庭菜園の手入れをしているよ。爺さんこそたまには家に帰ったらどうだ? 最後に帰ったのは確か四ヶ月前だろう?」

 記憶が確かならばミコトの両親もまた最後に自宅へ帰ったのは同じ四ヶ月前である。

 ミコトもまた仕事が忙しいのは理解しているも、本物の家族がいないのは寂しいはずだ。

「なに、今回の件が片付けば時間が確保できる。その時は休暇をとってゆっくり家で過ごさせてもらうつもりだ」

 イザミからすれば休暇中に会長でしか処理できない案件が舞い込むフラグに思えた。

「お前こそ、最近ミコトとはどうだ?」

「どうって……毎度のことだよ。EATR討伐に飛び出しては帰って、家の敷地内のどこかで寝ていたことに怒られて、それか休みの日は家庭菜園を手伝ってと変わらん」

「本当に変わらんな、お前は」

 期待外れを宿した声音が岩戸から漏れた。

 家族との進展具合のナニを期待しているのか、イザミにとっては甚だ勘弁して欲しい。

「爺さん、ミコトは家族だぞ」

「そうだな、家族だな」

 言葉は交じり合おうと意図的な齟齬が確かにあった。

「まあ良かろう。一先ずそういうことにしておこう」

「ああ、そうしてくれ」

 要らぬ探りを入れられるのはイザミとて居心地が悪い。

 ミコトの祖父、父親、母親とこの三人は揃いも揃って一つ屋根の下で暮らしているイザミの進捗具合を毎度の如く尋ねてくる。

 保護してもらった恩もある。普通に学校に通えている感謝もある。

 あるも、家族としてではなく男女の進捗具合を尋ねるのは如何なものか。

 まさに痛くもない腹を探られている気分であった。

「イザミ、これからの予定は?」

「あ~学校行くよ。一応、配慮してもらおうと出席日数は稼いでおかないとな」

 今から向かえば午後の授業に間に合うだろう。

 学校側から天剣者として一定の配慮を受けているもお咎めなしとは言い難い。

「そうか、息子たちと一緒に食事とでも思ったが、それはまたの機会としよう」

「その時はおれだけじゃなくミコトもしっかり加えるよう配慮してくれ」

「無論だ」

 岩戸の引き締まった返答により会話は締めくくられた。

 会長室前で別れと告げた後、イザミはエレベーターへ乗ると中には先客がいた。

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