第三話 貪る金属はどこから来たのか?

 テレビにはミコトの祖父でありイザミの保護者でもある岩戸タケジロウが映っていた。

「お、爺さんじゃん」

 ミコト手製の刻みソーセージ入りオムレツを食べながらイザミはテレビに注視する。

 生放送のニュース番組に出演しているようで、経緯は分からないがコメンテーターや専門家、果てはキャスターの顔はどこか苦い。

 顔からして論破された挙げ句、完膚なきまでに叩き潰されたようだ

 編集の効かない生放送で醜態を晒したならば明日からの仕事は激減するだろう。

『ご周知の通り私たちの目的はEATRにより低迷する世界経済の立て直しです』

 テレビには白髪交じりと加齢による皺を持つ初老の男性が映し出されている。

 肩幅も広く着こむスーツがただの服ではなく拘束具と思わせるほど老いを感じさせぬ身体付き。肉体は老いようと力強く、尚且つ熱い激情を宿した目を持ち、見ている者たちにただ者ではないと警戒を抱かせる。

『EATR出現から丸一〇年、貪る金属の侵攻はなお止まるどころか加速度的に増しています。この一〇年間、我々は戦い続けてきました。ですが、貪る金属がどこから来て、何故、生まれたのか、その謎は一向に解明しておりません』

 事実なためイザミは食べる手を止めてしまう。

 何故、EATRは動物――生存種、絶滅種、幻想種問わず――の姿を模しているのか。

 何故、EATRは執拗なまでに人間だけを貪り殺すのか。

 何故、EATRは<裂け目>より出現するのか。

 人類がEATRと戦い続けて一〇年、今なお正体は明かされぬまま。

 確かなのはEATRに人間同士の交渉術は通じないことと、人類たる種の存続を脅かす敵であることだ。

『このまま戦い続ければ我々人類は自ずと疲弊するでしょう。疲弊の先にあるのはEATRによる滅亡です。先のように交渉の糸口を探す必要があるならば探すべきでしょう。ですが、言葉の通じぬ金属と如何様な交渉を行うのか、具体的な意志疎通案がないため自殺行為です。またEATR出現は一人の子供が招いたと唱えた方もいるようですが、当時のデータを閲覧する限りEATRは世界各地にほぼ同時刻に出現しています。同時刻に出現するなど前々からこの地に出現するのを計画していたとしか考えられません。更に彼がいなければ我々は今頃EATRにより物言わぬ亡骸にされていたでしょう』

 頭が上がらないなとイザミはコーヒーを口にしながらぼやいた。

 デヴァイス〈緋朝〉とイザミ当人を一〇年間、各国家や勢力から守り続けてきた。

 幼き頃は守られている自覚などなかったが、成長するにつれて、表に裏にと岩戸タケジロウの交渉にて守られていると知る。

 当然、岩戸タケジロウ一人と一企業だけでは不可能だっただろう。

 世界にはデヴァイス<緋朝>とイザミを狙う勢力があるように、デヴァイス<緋朝>とイザミを守り、開示されたデータを元にEATRと戦う勢力がある。

 一二企業連合<サイデリアル>――

 一〇年前、岩戸タケジロウの呼びかけにより<イワト>を筆頭に各国にある一一の企業が賛同する形で誕生した企業連合の名である。

 目的はEATRにより低迷した世界経済の立て直し。対EATR戦力の開発強化、人員の育成、派遣であり、デヴァイス<緋朝>とイザミを各勢力から守る意味もあった。

 岩戸タケジロウの賛同者の中には政界に太いパイプを持つ者もいるため、表立ってデヴァイス<緋朝>を狙う者は実際には少ない。

 ただし、政治や経済の話となれば子供一人の出る幕ではない。

 実質的にEATRと戦うのに不可欠な武器の生産技術、素材となる地下資源を<サイデリアル>は独占しているために各国の政府や正規軍と折り合いが悪いのは隠せずにいる。

 独占だと声高に批判する者も後を絶たなかった。

「イザくん、テレビも分かるけど、ご飯はしっかり食べる」

「ああ、悪い悪い」

「あと、しっかり野菜も食べてよね」

「食べるっての、んっ、このミニトマト、甘酸っぱいな、これ、家の畑で採れた奴か?」

 オムライスに添えられたミニトマトを口にしたイザミは感激する。

 岩戸家の広い庭の半分にはミコトの亡き祖母が遺した家庭菜園がある。

 祖母が亡くなろうと畑は無くならず、ミコトの手で今なお野菜が栽培されている。

 イザミも可能な限り手伝っており、丹精込めて作った野菜を調理し食す際の嬉しさは言葉に現せない。

「そうだよ。ちょうどいい具合に熟していたから収穫したの」

 嬉しそうに頬を緩ませるミコトに釣られ、イザミもまた頬を緩ませる。

 たった二人だけの食事であるが家族としての温かさがある。

 日常の温かさは戦いで荒み、痛んだ心を癒すだけの効果があった。

「あ~美味い飯ってのはいいな、生きている実感がするわ~」

 ミコト手製の朝食を残さず平らげたイザミはコーヒーを口にする。

 特に家庭菜園で収穫した野菜は筆舌に尽くしがたいほど美味かった。

 鍬を握り畑耕した甲斐があったものだ。

「当たり前に食えるってのは幸せだな」

 食事が出来るのが当たり前にある。

 家庭菜園で育てている野菜の種類はそれほど多くはない。収穫量とて当然一都市分の人口を賄える物でもなく、家族で食べる分を趣味で生産しているだけだ。

 肉や魚を生産できる施設を自前で持つはずがなく、大抵の買い物は近所のスーパーや商店街で済ませている。

 食料自給率が低迷し、大部分を輸入に頼っているのがこの島国の現状だとしても食えるのは何であろうとありがたかった。

「イザくん、今日の予定は?」

「あ~」

 イザミは顔をしかめながらデヴァイス<緋朝>を起動する。

 このデヴァイスはどういう訳かEATR出現ポイントを正確無比に予測するシステムが組み込まれている。

 観測衛星とリンクしているわけでもなく、正確な場所、正確な時刻を知らせてくる。

 予測の範囲を超えているが、このシステムのお陰で先手を打ち、なおかつ避難をいち早く行わせることに繋がっていた。

「予測出現ポイントは今のところないな……」

「なら今日は庭の畑手伝ってくれるよね?」

「当たり前だ。断る理由はない」

 ミコトと過ごす日常を断るなどイザミにあり得ない。

 ただ年頃の娘が勉学やスポーツなる青春に励むわけでもなく、畑の土いじりをするのが青春なのはどこか将来性の不安を感じてしまうのは家族としての性であろう。

 いや、EATR討伐に青春を費やすイザミが言えた義理ではない。

「後ね、チアたちも手伝いに来るから」

「マヂかよ……」

 ミコトと仲の良い友達三人が来ると知るなりイザミは声をげんなりと振るえさせた。

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