第14話 王様とゴリラ

 ロシアンシュークリームが無事に終わり、場は再び食事と談笑に戻った。8人いるとはいえ、実際にはほぼ2グループに分かれている。

 鶴岡さんと烏丸さんが雉田を挟んで、今は他の雉田ファンがいないのをいいことに、ここぞとばかりにアプローチをかけている。その中に乾が割って入り、あわよくば自分に振り向かせてしまおうと立ち振る舞っている。

 反対側の俺達のグループもやっている事は大して変わらない。俺が後藤さんに話を振ると、すかさず熊井が割って入る。逆に熊井が話題を出すと、俺はさり気なく自分の好きな話題に変えていく。間にいる後藤さんは知る由もないが、俺と熊井の間では、常に熱い火花が飛び散っている。

 晴香はというと、話に加わろうとはせず、相変わらずジッと後藤さんを見ながら、俺達の話に耳を傾けていた。自分の兄が惚れた相手の人柄を、見定めようとしているのかもしれない。


「晴香ちゃんは、どこの中学通ってるの?」


「えっ」


 いきなり後藤さんが晴香に声をかけた。突然の事に、晴香も困惑している。ああ、そうか……きっと後藤さんは、晴香が周りが年上ばかりで話に入れないのだと思い、気を遣って話を振ったのだ。もちろん晴香はそんなタマじゃないから、それは後藤さんの勘違いなのだが、何て優しい子なんだろう。


「えと……日光第3中学に通ってます」


「え、ホント? 私も日光第3出身だよ」


「そうなんですか!? 先輩だったんですね!」


 マジか。まさか後藤さんが、晴香と同じ中学出身だったとは。


「担任の先生誰だった?」


「3年の時は竹下先生でしたね」


「私も竹下先生だったよ。元気してた?」


「あ~……元気といえば元気だったんですけど。不良生徒を引っぱたいて2ヶ月謹慎とかもありましたね」


「あらら……教育熱心な先生だったからね。私がいた時も似たような事してたなぁ」


 後藤さんと晴香が、中学の話題で盛り上がり始めた。こうなると逆に今度は俺が話に入れなくなってしまったが、晴香も後藤さんと打ち解けたみたいで良かった。

 乾に、晴香も連れてきていいかと聞いた時、乾はこう言った。「家族ぐるみで仲良くなれば、親交は一気に深まるだろ。むしろ連れてこいやボケ」と。どうやら、その点は上手くいっているようだ。


「皆ちゅうもーく。これより、次なるパーティーゲームを始めまーす」


 乾が立ち上がり、声を上げた。そして取りだしたのは、8本の割り箸だ。今度は何をする気だ?


「王様……」


「はい、雉田君またまた大正解! ゲームのタイトルは、王様ゲェェェイム!」


 王様ゲーム……合コンとかの定番ゲームとして、名前はよく耳にする。もちろんやるのは初めてだが。

 確かルールは、数字が割り当てられたくじを参加者がそれぞれ1つずつ引いて、王様となった人が特定の番号に好きな命令を出来るんだったな。王様自身も誰が何番なのかが分からない状態で命令するスリルを味わえるゲームらしい。

 しかし先ほどと違って、女性陣はどこか不安げだ。乾のキャラ的に、4番は服を脱げとか、1番と5番はキスしろとか、そういう命令を平気で言いそうだからだろう。


「大丈夫大丈夫。俺が王様になっても、そんなめちゃくちゃな命令は出さないって。あくまで高校生らしく、楽しく健全にやろうぜ!」


「……まあ、それならやろうかな」


 烏丸さんがそう呟くと、乾が満面の笑みを浮かべた。乾の事だ。何らかの企みがあるに違いない。とは言っても、実際この状況でそんな無茶は出来ないだろう。

 乾が割り箸の先が見えないようにかき混ぜ、全員の前に差し出した。そして、各々が番号を手で隠しながら引いていく。俺が引いた割り箸には、6と書かれていた。王様ではない。


「王様だ~れだ?」


「はーい!」


 手を上げたのは雉田だった。乾よりはマシだが、こいつも結構悪戯好きなところがある。あまりいい予感はしない。


「まあ最初だし、軽い命令でいこうかな」


 鶴岡さんと烏丸さんが、雉田に期待の眼差しを向けている。王様とハグしろなどという命令を期待しているのだろうか。


「2番と6番の人、至近距離で30秒見つめ合って下さい!」


 6番って俺じゃないか! 俺は渋々手を上げた。くそっ……2番は誰だ? また熊井だったら気まずすぎるぞ。しかし、手を上げたのは……。


「……俺だ」


 乾。その結果に、晴香が思い切り吹き出した。熊井よりはマシかもしれないが、罰ゲームには変わりない。何が悲しくて、男同士で見つめ合わなきゃならないんだ。


「ほらほら、猿山君も乾君もまだ遠いよ。もっと近寄って。あと5センチ。鼻がつきそうになるまで……よしオッケー。はい、じゃあ30秒ね。よーいスタート!」


 くっ、雉田の野郎……後で覚えてろよ。俺と乾は、雉田に向けていた怒りの眼差しを、そのままお互いに交差させた。これでは見つめ合いではなく、ただのガンの飛ばし合いだ。周りの笑い声が収まらない。後藤さんも大ウケだ。まあ……後藤さんが楽しんでくれるなら我慢できなくもない。そして、長い長い30秒が経過し、俺達はようやく解放された。


「ちくしょー! おら、次だ次ィ。くじを引いてくれい」


 先ほどと同じ流れでくじを引く。……やった! 俺が王様だ! 俺は邪悪な笑みを浮かべながら名乗り出た。


「ふっふっふ……覚悟しろよ雉田」


「あはは、怖いなぁもう。間違えて乾君に当たればいいのに」


「んだとお!?」


 乾がすかさずツッコミを入れた。そう、狙って復讐しようにも出来ないのが王様ゲームだ。大抵は無関係の人間が被害を被る。後藤さんには嫌な思いはさせたくない。俺は少し考え、命令を下した。


「3番は、腕立て伏せ30回!」


 後藤さんならこれぐらい楽勝だ。そして、小柄な雉田にはきつい課題だ。鶴岡さん達に当たったら申し訳ないが、それもまあ仕方ない。

 その時、おもむろに立ち上がり、俯せになって両手を床につけた者が現れた。


「……兄貴ィ。後で覚えてなよ」


「……は、ははは。頑張れ~」


 晴香は死にそうな顔を浮かべながらも、根性で腕立て30回をやりおおした。我が妹ながら見事だ。

 その後も王様ゲームは、異様な盛り上がりを見せながらも続いていく。乾と烏丸さんが恥ずかしい過去を言わされたり、鶴岡さんが苦手なブラックコーヒーを一気飲みさせられたり、雉田と熊井がお笑いコンビのモノマネをやらされたり、その内容は多岐にわたった。

 時計を見ると、時刻は10時半を回ろうとしていた。そろそろ終わりに差し掛かる頃だろう。あれだけあったケーキも、もう残り少ない。後藤さんが1人で6台分は食べたからだ。流石に凄まじい大食いだ。乾のお母さんも喜ぶだろう。


「よし、じゃあこれでラストにしようかね。ほい、引いてくれ」


 最後か。さて、どうなるか。俺が引いたくじ……確認すると、1の数字があった。王様は誰だ?


「はーい、あたし王様です!」


 名乗り出たのは晴香だった。このゲームが始まってから初の王様だ。一体どんな命令をするつもりなのか、皆目見当もつかない。品定めをするように、晴香が俺達を見渡す。そして、ニヤリと笑ってから口を開いた。


「1番は7番に……」


 俺は息を飲んだ。


「大きな声ではっきりと、愛の告白をして下さい!」


 な、何……だと!? 俺が7番に告白!? 7番って誰だ……?


「……な、7番私です」


 手を上げたのは後藤さんだった。俺が後藤さんに、この場で告白するのか? ちょっと待て……それはまずいだろ。いっその事、乾か雉田ならまだ笑えたが、これはシャレにならない。話が出来すぎているぞ。本当に偶然なのか?

 俺はハッとなって、割り箸をよーく目を凝らして見た。すると、側面に針で空けたと思われる、小さな穴が1つあった。隣の後藤さんの割り箸をチラ見すると、それには穴が7つ。

 始めから仕組まれていたのか。乾と晴香が電話で立てていた作戦はこれだ。王様の命令という口実を作り、ここで俺に告白させるつもりだったのだ。乾と目が合うと、乾がウインクしてきた。やれというのか……。


「……お、俺が1番だ」


「はい、じゃあ2人とも立って向かい合って下さい。兄貴は後藤先輩に告白して。台詞は……『後藤さん、あなたの事が好きです。俺と付き合って下さい!』でいいよ」


 恐らく、乾と晴香の狙いはこうだ。今まで女子に告白した事のない俺のために、いつか後藤さんにする時のための予行練習。本番でしくじらないためだ。そして万が一、この予行練習で後藤さんがその気になってくれたら、それはそれで結果オーライという事なのだろう。

 俺と後藤さんは立ち上がり、そして向かい合った。後藤さんは緊張の面持ちで俺を見下ろし、俺も逸れてしまいそうな視線を必死で留め、後藤さんの目を真っ直ぐ見上げる。

 俺は覚悟を決めた。確かにこれはゲームだ。半強制的にやらされる告白に、大きな意味は持たない。だが、ここで真剣に告白出来なければ、俺は一生後藤さんとは付き合えない。そんな気がするのだ。乾も、雉田も、晴香も、ここまでお膳立てしてくれたんだ。ここで引いたら、俺はただのチキン野郎だ。

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