第23話『授業参観-3時間目-』

 白鳥女学院は中高一貫校のためか、校舎が大きく造られている。敷地とかは少なくとも桜沢高校の3倍くらいの規模はあるんじゃないだろうか。そんな場所なのでちゃんと明日香の教室まで行けるか不安だったけれど、ご丁寧に案内板が随所に設置されており、難なく中等部1年の教室のあるフロアまで辿り着いた。

「ここが中等部1年の階らしいけど……」

 明日香は1年3組だ。俺達は入り口で受け取ったA4サイズの案内図を頼りに1年3組の教室へと歩いて行く。

「それにしても凄く立派なところだね」

「確かに、学校とは思えないくらいの上品な内装だ」

「数々の令嬢が通っている学校というのが頷けますね。私もパーティで会う友人の中に白鳥女学院に通っている方がいるのですが……」

「令嬢御用達の学校っていうのも納得できるな。もちろん、一般家庭の生徒もたくさんいるのは分かっているけど」

 ここに来ると女子なら一度は受験を考えるのも頷ける。とにかく学校の環境がそこら辺の中学や高校とはレベルが違う。校舎やグラウンドなどの施設はもちろんだが、それ以前にこの空間自体に高級感があるというか。

「こういう所で姉さんと明日香が生活しているとはな……」

 急に自分の姉妹の存在が遠のいた気がする。

「あれじゃありませんか? 1年3組のプレートがありますよ」

 俺は琴音の指さす方向を見てみると、透明なプレートの上に白文字で「1-3」と書かれているものを見つける。

「じゃあ、ここが明日香の教室で……」

 1つ先の教室が杏奈の在籍する1年2組の教室ってわけか。さっき通り過ぎた教室が1年4組の教室だったので。

 まだ3時間目が始まる時間にはなっておらず、何人かの生徒はまだ廊下に出ていて友達と談笑している。

「明日香、いるかな……」

 俺と琴音、片岡は1年3組の教室に入った。既に他の生徒の父兄の方々が教室後方に立っており、高校生である俺達のことを見てくる人もいる。おそらくそれは琴音が制服姿だからだろう。

 白を基調としている壁だからか教室内は開放感に溢れている。生徒の机はプラスチック製で白く、1人1人別になっており、ざっと数えてみると40くらいある。つまり40人くらいのクラスってことか。俺が通っていた中学よりも数人ほど多いな。

 そして、友人と楽しそうに話している明日香を発見。

「明日香、友達を連れて――」

『きゃあああっ!』

 明日香からの返事を期待していたのだけど、実際には他の生徒が黄色い声を上げている。そして、父兄の方々が俺のことを鋭い視線で見てくる。

 気づけば教室内にいる明日香以外のほとんどの生徒が、目を輝かせて俺のことを見てくるではないか。何なんだこの状況は。

「荻原君は一気にこの教室の生徒さんを虜にしちゃったみたいだね」

「私もそう思います。4歳も年下の方達なので私、別に荻原君に嫉妬しているなんてことはありませんから」

 2人とも何を言っているんだか。しかも、琴音なんて少し不機嫌そうだし。

 恐らく明日香が俺のことを兄貴だって教えたからだと思う。兄貴が来るなんて珍しいからそれに驚いたんだろう。きっとそうだ。というか、そうであってくれ。そうでないと父兄の方々を敵に回す可能性がありそうだからな。全て女子生徒なわけだし。

 そんなことを考えていると明日香が俺達の方へ歩み寄ってきた。

「お兄ちゃん、約束通り来てくれてありがとう。あっ、初めまして。妹の荻原明日香といいます。お兄ちゃんがいつもお世話になっています」

 うん、挨拶がちゃんとできて偉いな。

「初めまして、柊琴音です。大輔君の高校の同級生です」

「同じく、片岡瑞樹です。僕は荻原君のクラスメイトです」

「宜しくお願いします。私のことは呼びやすいようにしてください。あと、年下なので遠慮無くタメ口で言ってもらって構いません」

「そう? じゃあ、僕は明日香ちゃんって呼ばせてもらおうかな」

「私は敬語の方が落ち着くので。でも、私も明日香ちゃんって呼びましょうかね」

「えへへっ、ありがとうございます。柊さん、片岡さん」

 片岡が馴れ馴れしく明日香のことを名前で呼ぶことにちょっと苛立つけれど、本人が喜んでいるのだからそれで良いのかもしれない。

 それにしてもさっきの友達らしき生徒との雰囲気をいい、琴音と片岡に対する今の様子といい俺に似ずにコミュニケーション能力が高くて良かったよ。

 さて、本題に入るとするか。

「明日香。何だか俺が来てから騒がしいのは気のせいか? こんなことが普段からあったりするのか?」

「ううん、そんなことないよ。多分、かっこいいお兄ちゃんが来たからじゃないかな」

 明日香はにっこりと笑いながら言う。

「お前までそんなことを言うのか」

「別にからかっているわけじゃないよ。それに、うちの学校って女の先生ばっかりで男の先生はあまりいないの。ましてやお兄ちゃんみたいな若い人は」

 俺、まだ高校生なんですけど。

「……ああ、なるほどね。珍しい人を見ている感覚になっているのか。父兄の方の殆どは俺よりも年上だし。高校生も全然いなかったし」

 そういうことなら納得した。中高一貫校でしかも女子校だから、中等部の生徒にとっては男子高校生が憧れの存在に意外となりやすいのかもな。

 やっぱり予想外のことが起きた。騒がれることは好きではないけれど、ウルフのことが関係ないなら気分も悪くない。

「まあ、お兄ちゃんがそういう認識ならそれで良いんだけど……」

「俺が何か勘違いしているような言い方だな」

「そんなことないよ」

「……まあいいか。あと話は変わるけど、ごめんな。本当は2時間両方観るつもりだったんだけど、3時間目だけになっちゃって」

「気にしないで。間宮さんのことを解決する方が大切だもん。お兄ちゃんがお友達と一緒に来てくれたから、それだけでも嬉しいよ」

「……そうか」

「3時間目、数学だけど頑張るね」

「ああ。しっかりと授業を受けてきなさい」

「うん。じゃあ、席に戻るね。柊さん、片岡さん、失礼します」

 明日香は一礼をして自分の席へと戻っていった。ちなみに明日香の席は廊下側の前から2番目の位置にある。

「明日香ちゃん、しっかりしていますね」

「それは僕も同感だよ。さすがは荻原君の妹さんって感じだね」

「そう言ってもらえると本当に有り難い」

 両親が海外に移住してから4年。途中、俺自身が駄目になった時期もあったけど、明日香のために色々なことを教えてきたつもりだ。明日香が大人になるまでは長いけれど、今の2人の言葉を聞いて頑張れる気がしてきた。

「私の妹も明日香ちゃんみたいにしっかりしていればいいんですけど。家族みんなに甘えん坊な子で」

「明日香だって甘えてる部分があるよ。家では親に代わって色々と務めているつもりだけど、やっぱり1人だけの可愛い妹だからな。つい甘やかしちゃうんだよな……」

「私も同じ感じです」

 世の妹は皆、兄や姉にとっては可愛い存在なのだろうか。

「僕は1人っ子だから弟や妹はいないね。でも、ここにいるような子が妹だったらきっと可愛いんだろうね。うん、そう思ったらこの子達が本当に可愛く見えてきた」

「中学生に向かってあまり可愛いって連呼しない方が良いぞ。そういう風にしていると日本ではロリコンって呼ばれることになるから」

「ロリコン……もしかして、ロリータコンプレックスの略語かな?」

「あ、ああ」

 あまりに発音が良いため萎縮してしまった。これがイングリッシュの本場イギリスで培った英語力ってやつか。

「確かにイギリスでもそういうことに関して厳しいところがあるからね。うん、このこともメモしておこうかな」

 そして、片岡はメモ帳を開いてボールペンで書き込んでいく。日本でも小さい子に対して疚しい気持ちを抱いてはならない、と書いている。どんな人に対しても疚しい気持ちは抱いちゃいけない気がするけれど、片岡はそのようなことをするような奴ではないのでここは言わないでおこう。

 そして、チャイムが鳴り響く。

 すると、今回の数学の授業を担当すると思われる灰色のスーツ姿の女性教諭が入ってきた。姉さんと同い年くらいに見えるな。

 全ての生徒が自分の席に着き、委員長なのか日直なのか分からないけれど1人の生徒が号令を掛けると授業が始まった。俺と琴音、片岡は教室のドアの近くで横に並んだ。

 授業時間は50分。この女性教諭の教え方はまず、復習を軽く行ってから新しいことを説明に入り、そして、最後に練習問題を解かせるスタイルのようだ。家庭教師として、今後は勉強も教えることになるかもしれないから、この流れを覚えておこう。

 一方、生徒の方を軽く見てみると、ノートに一生懸命書いている子や手を挙げて教諭からの問いに答える子。授業参観なのか後ろを向いている子もいる。最初こそ、そんな普通の授業が展開されていた。

 しかし、授業後半になると……何人かの生徒が俺達の方をちらちらと見てきている。そこまで俺のことが珍しい存在なのか。それとも、帰国子女の片岡や隣にいる制服姿の琴音のことを見ているのだろうか。

「……何だか大輔君、見られていません?」

 俺の耳元で琴音が囁いた。

「何で俺だって分かるんだ? 琴音の方を見ている生徒だって――」

「だって、教えている先生も大輔君の方を逐一見ていましたので」

「何だって?」

 すぐさまに女性教諭の方を見ると、目が合ったためか女性教諭は頬を赤くしてすぐさまに視線を俺から逸らしやがった。確かに声が震えているときが随所に見られたし、今の行動からして琴音の言っていることは本当だったみたいだ。

「俺、何かしたか?」

「きっと、生徒だけじゃなくて先生も虜にしちゃったんだろうね」

「私もそう思います」

 俺を間にいるのは気にせず、琴音と片岡の意見が再び合ったようで。

 別に俺はあの教諭に対して変なことをしたつもりはないんだけど。教え方が上手で感心したことくらいだぞ。今だって教諭と視線が合っただけじゃないか。

 いまいちはっきりしない中、50分間の授業は終わった。

「うん、なかなか良い授業だった気がする。明日香も最後の問題に答えていたし、兄としていいものを観させてもらった感じだ」

「明日香ちゃん、真面目に授業を聞いていましたもんね」

「ああ。白鳥女学院はレベルの高い授業をすると聞いていたから少し不安だったけど、良いスタートが切れているのが分かって安心した」

「何だかお父さんみたいですね」

「……家の中では唯一の男だからな。時には父親っぽくしないといけない」

 家族の代表としてここに来ているつもりだ。妹がどのような教育を受け、そこでやっていけているかどうかを確認するのは当然の務めだと思っている。その気構えを形から入るために、高校の制服ではなく私服で参加したのだ。

「お兄ちゃん、どうだった?」

 そう言いながら明日香は笑顔で俺達の所に再びやってくる。

「ちゃんと授業を受けているのが分かったよ。練習問題もできていたみたいだし。明日香は偉いな」

 俺は右手を明日香の頭に乗せて軽く撫でる。

「お、お兄ちゃん……恥ずかしいよ」

「遠慮するなって。お前は頑張ったんだから」

「……うん」

 まあ、明日香が恥ずかしいと言うのは分かるかもしれない。こんなところで兄に頭を撫でられていること。そして、

『じーっ……』

 周りの女子生徒が俺達に釘付けになっているということだ。そんなに明日香のされていることが羨ましいのだろうか? 女子中学生の考えていることはよく分からん。

「俺達、杏奈のクラスに行くけど4時間目の授業も頑張れよ」

「うん。今日は来てくれて嬉しかったよ、お兄ちゃん。柊さんと片岡さんもありがとうございました」

「一度来てみたかった学校でしたし、何よりも明日香ちゃんに会えて嬉しかったです。この後の授業も頑張ってくださいね」

「僕も日本の学校の雰囲気を知る良い機会になったよ。どうもありがとう」

「……はいっ!」

 明日香は琴音と片岡に対して笑顔でお辞儀をした。

 久しく授業参観に行っていなかったので、明日香にとっても今日という日は思い出深いものになったと思う。これからは行けるときには行ってみることにするか。

 そして、俺と琴音、片岡は1年2組の教室へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る