第六章…「その特訓の無い日は。【3】」


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「順番、順番」

 肩車をねだる弟をいなしつつ、私は歩き出す。

 この島は、それはもう何もない所だ。

 そもそも名物とか、そういった類のモノが少ない世界ではあるけど、ここはそれが皆無と言っていい。

 強いて言えば、トフラの花達…だろうか。

 住人のほとんどは、自身で漁をしてその日の糧を取り、軍基地の方へそれを納品したりする。

 その代わり、何か用事があれば、軍人が出て来て手伝いをする事もしばしば。

 ここで生活して間もないが、軍人が家の補修とかをしている光景とかを何度か見た。

 持ちつ持たれつの関係と言ってしまえば聞こえはいいが、緊張感のない島だ。


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『おや、お母さんと散歩かい? 良いねぇ』

 海辺から再び住宅街の方へと戻ってくると、一通りの家事を終えた女性たちが世間話をしていて、私達の事を見るや、話しのネタが転がり込んだとでも思ったのか、他愛のない言葉を投げかけてくる。

「いえ、この子達は私の子供ではなく…」

 もともと年の離れた兄弟ではあったけど、自分の子供と言われたのは初めてだ。

 見た目だけで年齢を判別するのが難しいから、余計にそう思われたのだろうか。

「ちょっと聞きたいんですけど、この辺でシュンディ…、長い黒髪で人種の女の子、見ませんでした?」

 弟達との関係を簡潔に説明した後、ちょうどいいやと探し人を見ていないか聞いてみる。


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「シュンディ…ちゃん?」

 さほど大きくない島だし、孤児院の子供という特殊な子だから知っているかもしれないと思ったんだけど、やはり全員が全員、案外そうでもないらしい。

「あ~、もしかして孤児院の子かい」

「はい」

「じゃあ残念だけど見ていないわね」

「あ~思い出しだ、思い出した。その子、アレでしょ。大人嫌いの」

「あ~、いたわね、そんな子。孤児院の子供って事で、皆気を使って優しくするんだけど、あの子だけはそれでも問答無用で」

「そうそう、この前なんて軍のお偉いさんを蹴ったって話じゃない?」

「あら、やだわ~。いくら子供って言っても限度があるわよ」


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「うちの孫が大きくなって、あっちこっち遊びに行くようになったものだから、そういう子と仲良くならないか心配よ」

「そうよねぇ、子供達は可哀そうな目にあったのかもしれないけど、しつけは別よねぇ」

「そうよ~。うちの子供達にも気を付けなさいって言わなきゃ」

 完全に話が脱線し、聞きたくもない情報が耳に入ってくる。

 まぁ私もシュンディと初めて会った時に蹴りをお見舞いされたし、ここでの噂も噂だけで終わる話とも思えないけど。

 とにかく、彼女自身の島での知名度がどの程度なのかは分かった。

 あとは尾ひれがついた噂に過ぎず、井戸端会議に信憑性を疑った所で無駄だ。

 聞いていて良い気分もしない。


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 話を聞き続けると、大なり小なり印象操作の影響を受けそうだった。

 もちろんこの女性たちにそんな意思はないだろうが、不要な噂が引き金になりかねない。

「それで、その子がどうかしたのかしら?」

「ちょっと用事があって」

「そう。とりあえずこの辺では見てないわ。力に慣れなくてごめんなさいね」

「いえ。こちらもお邪魔して申し訳ありません」

 挨拶もそこそこに、その場を後にする。

 そして、次に足を進めた先は島の北側だ。

 いくら移動できるとはいえ怪我人、そんな遠くへは行けないだろうという考えがあったから、孤児院のある住宅街、島の南半分を優先して見て行った訳だが、現状を踏まえるに、その考えは間違っていたと言わざるを得ない。


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 というか北側の、基地とか、工場というか作業場が多くある地区に、彼女が行きそうな場所がある事を思い出す。

 遅いだろ…と自分にツッコミを入れたくてしょうがなく、それを頭の中で実行し、私はリルユを下ろして、代わりにテルを肩車すると、今更ながら思い立った場所へと向かうのだった。


 並ぶ建物の雰囲気が変わっていき、そこにいる人たちの雰囲気もまた変わっていく。

 建物は住宅街と比べて大きく作られ、人々も女性よりも男性の割合を増す。

 しかも心なしかガタイもよくなっていっているような気がした。

 娯楽とか、資材類、色々と現実と比べて少ないこの世界で、一体何を作ったりするのかと工場等に興味を持ち、フィアに聞いた事がある。


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 気候が一年を通して大きな変化がなく、現実で言えば春ぐらいの気候、だから四季がないと言っていいのだが、それでも変化するモノはあって、それが魚の取れる時期とかなのだとか。

 半年間は普通に魚が取れるんだけど、それを過ぎると徐々にその数を減らし、最終的には魚が取れない時期が続く。

 そんな馬鹿なって個人的には思ったけど、四季が存在しない代わりに、別のモノが存在するらしい。

 それが魔力の流れだ。

 人々の命とかに強く関係してくる存在なだけあって、世界のありようも大きく左右されるんだと。

 世界を流れる魔力、人が生きていく上では全く問題のないソレも、別の生き物には重要な事で、その魔力の流れに命がかかってる生き物が捕食する側にいるものだから、時期が来るとそいつから逃げるように魚たちがいなくなる。


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 そんな時期があと1~2カ月もすれば来るんだと。

 工場類は、その時期に備えて準備をするための場所がほとんどらしい。

 捕食する奴の獲物は魚だけではなく、私達人間もまた例外ではない…とフィアがジェスチャーで恐怖を演出しようとしていた。

 そして、今向かっている場所はそんな工場…ではなく、その地区にある別の目的の場所。

 朝早くまだ薄暗い中で行った場所だから、正直この道で合っているのかと心配にはなったが、住宅街からさほど離れていないおかげで無事にたどり着いた。

 建物の外観を一言でいうなら、まさにかまぼこハウスと言っていい。

 それかビニールハウスみたいな形。

 もちろん作りはビニールではなく石だが。


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「ここはなに?」

 私が立ち止まった事で、ここを目的地と認識した弟達が疑問を口にする。

「ここは、孤児院の院長が大切に育ててる花がある場所」

 どういう場所なのかを口にする事で、あの時、初めて来た時の記憶が一層鮮明になった。

 多種多様な花々が咲き誇る光景はまさに綺麗の一言、機会があればテル達にも見せてあげたいと思っていたし、この機会は丁度良い。

 後はトフラ院長がこの中に居てくれれば完璧だ。

 今日は用事があるからと言って、院長は出かけて行った。

 もちろん目的地がここであるとは断言できないが…。

 私は一応の礼儀を持って、扉をノックしようと近づいた時、周りの人々が仕事をする環境音とは別に、何か別のモノが聞こえたような気がして、その手を止める。


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 テル達が?マークを頭の上に浮かべている中、私は建物の中に集中して耳を澄ました。

 聞こえてくるのは誰かの話声…、そして子供の泣き声。

 行き当たりばったりで進んできたが、ここがゴールになりそうだ。

 しかし、今すぐに扉を開けて中へ入っていく事は躊躇われた。

 子供の泣き声はシュンディで間違いないだろう、話声に関しては…おそらくトフラだ。

 院長がいる事に安心できたけど、それが入りづらい理由の1つになっている。

 そもそも、泣いている子がシュンディというのも問題だ。

 ただでさえ難しい子なのに、自身が泣く姿を見られた日には、その相手との心の距離は一生縮まらないかもしれない。


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 あくまでそれは憶測だが、パズルのピースがはまったかのように反論する気が出ない程納得できてしまって、尚更入れない。

 シュンディと、そんなに仲良くしたいのか…という自問自答はあるけど、そういう問題ではなく、今は態度で嫌いという事を表してくれているけど、距離感がさらに離れればそういった事もなくなる。

 反応が無くなるとか、反応されないとか、それはつまり繋がりが完全に無くなるという事。

 俺はそれが嫌だ、相手が誰であれ、繋がりが無くなるのは嫌だ。

 つながりが無くなるという事は、自分の周りから人がいなくなるという事。

 夢の中でまで、その悲しみに浸りたいとは思わない。

「帰ろうか」


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 きっと中に入らないまでも、誰かが来たと知れればシュンディはその姿を隠す。

 それだけで彼女の泣く姿を見ずに済むかもしれないけど、ここは一旦帰るという選択肢を取る。

 怪我をして、孤児院以外の自分の居場所と思ってここに来たのなら、早々にここから逃げ出すという事はすまい。

 心を許す大人であるトフラもいる事だし、その可能性をさらに高まったはずだ。

 見つけたら治療のために孤児院に連れて帰るって考えだったけど、これなら治療できる人間を呼んできた方が、お互いに穏やかに事が進められるだろうさ。

 テル達に花園を見せたかったけど、それはまた今度という事で。

 私は少し無理をして、2人を肩に乗せると、手で落ちない様に支えながら孤児院に帰るのだった。


 孤児院に帰ると、私はエルンに事情を説明する。


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 すると彼女はトフラがいるなら私は必要ないと言って、いくつかのパロトーネを渡してきた。

 なんでも、院長も治療等問題なく熟せるのだそうだ。

 それなら確かにこれを持っていくだけで済む。

 1人も2人も変わらないだろうけど、人は少なければ少ない方がいいからとエルンは笑った。

 私としては納得しきれていないけど、彼女が言うのならそれに従おう。

 テル達を彼女に預けて、再び花園へと足を延ばす。

 そして今まさにその扉の前で、些細な事ながら重量のある緊張感がのしかかっていた。

 誰かと…弟達ではなく、エルンなりフィアなりと来ていれば、ある意味で道連れを作るという意味を持っていたのだと気づく。


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 要は責任の分割、分け合いっこだ。

 今更それを思いついた所で遅い、小さなため息をつきつつ、私は意を決して花園の扉をノックする。

 ここに戻ってきてトフラの話声が聞こえた、だからそこにシュンディがいる事は確実、緊張のせいで早足になってしまったのも無駄にはならなかったと思う。

 ノックの音に真っ先に反応したのはシュンディだろう、さっきの泣き声のようなモノは聞こえなかったが、ノックと同時に聞こえる何かが落ちる音と、痛みに思わず出てしまった叫びに近い声が耳に届く。

 誰かが扉に近づく気配がして、思わず中からこちらが見えない位置に体を動かしてしまう。

 相手もその辺に気を使っているのか、扉を少しだけ開けて外の様子を伺う…というか、初めから誰がいるかを知っていたのか、なんの間もなく私の名前が出た。


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「リータさん、手間をかけてしまってごめんなさい」

 しかも、小声でしゃべってくれて、こちらの緊張感もその気づかいに和らぐというものだ。

「何があったかはシュンディから聞いています。フウガは大丈夫ですか?」

「うん、そこはエルンのお墨付き。あとこれ、あなたなら問題ないって」

 エルンに持たされたパロトーネをトフラに渡す。

「ありがとう。ここに置いてあった物は切れていて、新しい物をと思っても泣き虫さんが離してくれなかったので。さっきもその事を気にしてくれたのでしょ?」

「やっぱり気付いてました? あのまま入るのは彼女に悪いと思って」

「ええ、あの子へのお気遣いありがとうございます。あなたみたいな素敵なお姉さんに知り合えたのだもの、あの子にとって良い事だわ。シュンディももう少し素直になればいいのに」


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 それを言った時のトフラの表情は、まさに自分の子供を見守る母親のモノだった。

 私は、そんな表情と、シュンディの事をいたずらがましく言うトフラに対して、ぎこちない笑みを浮かべる。

「では少し待っていてくれますか? シュンディの怪我を治したら孤児院へ一緒に帰りましょう」

「私がいたら邪魔なんじゃ…」

「問題ありません。あなたが心配してくれたのは事実でしょうし、その事をあの子は知らなければ。すぐ済みますから」

 そう言って、院長はこちらの返答を待たずに、ドアを閉めて行ってしまう。

 待っていてと言われても、どうしていればいいのやら。

 私は扉の横の壁にただ体を預ける。


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 そして耳に届く中での話声、それはさっきよりも大きく、特にトフラの声が聞こえやすくなっていた。

 話声など、感情的になる内容か、意図しない限り変わる事はない。

 だから院長がわざと少し大きな声で話し始めたんだろう。

 それはまるで、こちらに聞こえるようにするためのようだ。

 彼女の声が大きくなり、意識してか無意識か、シュンディの声も自然と大きくなる。

『先生、さっきパロトーネは無いって…』

『ええ、ちょうど切らしていたから。でも切れた時に頼んでおいた物が今届きましたから、怪我を治しちゃいましょう』

『じゃあ、さっき来たのは』

『お店の人。泣き虫さんが泣きついてこなかったら私が取りに行っていたのですよ』


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『うぅ…、ごめんなさい』

『私に謝罪は不要。可愛い娘が泣いているのだもの、落ち着くまで一緒に居てあげるのが私の務め。でもあなたが謝らないといけない相手は他に居ます。わかっていますね』

『…うん』

『良い子』

『先生も一緒に来てくれる?』

『あなたがそれを望むなら。…まだ私以外の大人の人は怖い?』

『・・・』

『そう…。でも、それを咎める事は誰もしません。少しずつ、1歩ずつ、一緒に頑張っていきましょう』

 それから会話は終わり、花園の中が静かになる。

 話の内容と、かすかに聞こえてくる鼻をすする音が、私の胸を打つのだった。


 それから幾ばくかの時間、いつまでも待っていようと思っていたけど、案外その時間はすぐに訪れる。


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『先生、どうしたの?』

 それはシュンディの声から始まり、その直後、花園の扉が開かれた。

「あらリータさんいらっしゃい」

 まるで私が今来たかのような話し方に、思わず言葉が詰まってしまう。

 さっきまでの院長とシュンディとの会話、それを思い出して、気を取り直すための咳払いを挟み、私は彼女に合わせた。

「こ、ここにシュンディ、来てます?」

「ええ、来ていますよ」

 そう言って花園の中を見るトフラに釣られて、私も中を見ると、そこには足に包帯を巻いてばつの悪そうな顔をするシュンディがいた。

「いちゃ悪いかよ」


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「誰もそんな事は言っていない。心配で探していたんだぞ」

「そりゃあご苦労なこって」

「足、大丈夫なのか?」

「大丈夫だって言っただろ。あんたに心配されるような事じゃない」

「さいですか」

 さっきまでのトフラに甘えるように話す少女は何処へやら、歩き方はぎこちないけど、いつもの調子を取り戻したシュンディが花園を出て私の前を通り過ぎる。

「シュンディ、少し待っていてくれますか。戸締りをするので、それが終わったら一緒に帰りましょう」

「・・・」


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 こちらに対しての当たりは強いものの、トフラのいう事は素直に聞くようだ。

 シュンディはこちらと視線を合わせる事は一切せずに、扉を挟んで反対側の壁にもたれ掛かる。

「あんた…、いつからそこにいたの?」

「さっきトフラ院長が扉を開ける直前」

「「・・・」」

 トフラとの会話、それは少女にとって他人に聞かれたくないものの1つだろう。

 踏む必要のない虎の尾は無視するに限る。

「さあ、2人ともお家に帰りましょう」

 話しの種もなく、お互いが口をつぐんでからさほど時間をおかず、花園から出て来たトフラは、最後の鍵、扉を施錠して何事も無かったかのような表情を浮かべた。

 そんな彼女の言葉に各々が返事をして、孤児院への帰路に着く。

 その後、トフラと共に少女はフィアに対して、ごめんなさい…とぎこちないながらも精一杯の謝罪をするのだった。


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