第四章…「フェリスの剣。【3】」


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 お互いに自分の武器が手元に来てもなお、パロトーネを使った疑似武器での戦闘。

 いつもよりも戦いは荒く、力任せな部分も垣間見えて、その矛先にいた私も、その力に押し潰されそうで、いつも以上に力が入った。

 良い意味ではなく、無駄に力が入ってしまっているという悪い意味で。

 まぁ本物の武器を使おうとか言い始めなかっただけマシだけど、おかげで明日のフェリスは筋肉痛確定だ。

 普段とは違う、イクシアのフィアに対しての一面ではない、彼女のその姿はとても新鮮、小動物をめでたいと思う時と同じ愛くるしさがあった。

 あくまで過去形だけど。

 同じ照れ隠しでも、その捌け口を自分に向けられると、恐怖も人一倍大きくなる事を思い知らされた。


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 だからなのか、妙な興奮が残り続け、夜も更けて来たというのに眠る事ができず、私はあの白い剣を片手に孤児院の遊び場に出てきている。

 夜風に当たって、その火照った体を、興奮状態の精神を静めようと考えたんだけど、それ以外に、装備を受け取った時に見たフラッシュバックを…その感情をもう一度…と思った。

 適当な場所に腰を下ろし、明かりを放つ石を置いてから一呼吸置いて、鞘から剣を抜く。

 改めて見ると、まさに白い剣、ほんと真っ白なその姿と対照的に、柄は何度も握られている事を証明するかのように手の形の凹みが僅かに残る。

 私の手のサイズよりもそれは大きく、大柄の女性か、男性の手の大きさだ。

 それは、この剣が元はフェリスの物ではなかったという証明。


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 そこから繋がる元の持ち主の手掛かりは、あのフラッシュバックで見た男性になる訳だけど、ならそいつは誰になる?

 父親か?

 それともフィアが、冗談か本気か言ったような恋人か?

 父さんは健在だから聞こうと思えば聞けるけど、もし恋人ならどうなる?

 しかも存命なら…。

 元彼ですでに別れ済みなら、そんな相手の物をいつまでも大事に持っている女になるし、別れていないのなら、まさかの彼氏入手という嬉しくない事実が私にのしかかる。

 そりゃあ、私が言うのもなんだが、フェリスは可愛いというか綺麗な女性だ。


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 歳も、実年齢とか見た目年齢両方で考えても、男の1人や2人いてもおかしくはないはず…。

 男が相手というのは、フェリスにとっては別に普通の事で、ノーマルと言えるけど、俺は野郎とそういった関係になりたいとは思えない、というか思いたくない。

 若干寒気を感じつつ、私にとってよろしくない考えを振り払おうと首を横に振った。

 まぁフィアがその辺の事情を知らなかったという事は、余程の秘密事項なのか、それとも誰もその辺の事を知らないのだろう。

 そうなってくると、答えはフェリスの過去にしかない。

 それか父さん。

 なんにせよ、今、その相手を知ろうとしても、答えなんてない事は確かだ。


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 考えのひと段落をまとめ、軽く肩をすくめつつ息を吐く。

 石の明かりに月…星の明かりだけが周辺を照らすほぼ暗黒空間の中、何か考え事をしたり、何かを思い出したり、とにかく何か考えを巡らせるのに適した空間だ。

 しかし、肝心な所で程よい眠気が私を襲う。

 何か考え事をする度に意識が飛ぶ。

 興奮状態で眠れなかったとはいえ、体はもう寝ててもおかしくはない程の疲労感をため込んでいる。

 だから、私は白い剣を鞘にしまおうとしたが…。

 眠気とは別のめまいにも似た感覚に襲われる。

 そして、私は結局その場から離れる事も出来ずに、気絶するかのように意識を失った。


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 しかし、こんな場所で寝てしまえば、いくら夢だと言っても、この世界で生きるフェリスの肉体に悪影響なのは間違いない。

 だから意識を失う瞬間、こんな場所で寝てはいけない…と自分に言い聞かせていた。


「…ッ!」

 だから、目を覚ます時。

 それはダメだ、それはダメだ、とはっきりとした意思を持って飛び起きるように目を覚ます事となった。

 しかし、これが目を覚ましたと言えるのかどうか、その目を覚ました場所を見て、疑いたくなる結果になる。


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 目を覚ました場所は俺の部屋でも、孤児院の遊び場でもない、全く見覚えのない場所。

 というか、見覚えがあったら、それはそれで困る場所だった。

 視界に映るモノは何もない真っ白な空間。

 見える物と言えば、程よく実った2つの膨らみに…指の爪…。

 見た事のない場所で、目を覚ましたのは俺ではなく私。

 寝ぼけてでもいるのか…、そう思える程、この空間は異質だ。

 人が生活をする場所では絶対に無いし、そもそも人が来る…来れる場所なのかも疑問に思える。

 そういった不思議な現象に慣れてきているとはいえ、知識としてはまだまだな自分にとっては、どうしようもない状態と言えるだろう。


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 とりあえず状況がわからないからと、いつまでもその場に座り込んでいてもしょうがないと思って、多少頭がくらくらする中、立ち上がった。

 地面の場所、地面があるであろう場所に体が触れる度に水の波紋のような光が放たれ、揺れ動く。

 事情とか、ここがどんな場所なのかわかっているのなら、その光の綺麗さに目を奪われる所だけど、今はそうでもない。

 立ち上がり、正面を見た時、そこにさっきまで無かったものがある事に気付く。

 そこには、背格好は私、フェリスに近いけど、後光というか光の影響で輪郭がぼやけ、影が掛かりその全体を見る事の出来ない存在がいた。

 何かを喋っているのか、口がパクパクと動いているように見えるけど、小声なのかその言葉が自分の耳に届く事はない。


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…なんだ?…

 その何者かもわからないけれど、敵ではないと感じた相手に近づこうとするが、足は重く、体も重く、段々と意識も薄れ始め、近づくどころか、その場に膝を付く。

 でも、その言葉を…何を自分に言おうとしているのかを聞きたい…、聞かなければいけない…というどこから沸いて出たのかわからない使命感に突き動かされて、届かないとわかっていてもその相手へと手を伸ばす…。

…待て…

 意識はもうほとんどなくなっていて、視界はゼロの中…、その伸ばした手を掴まれる感触だけが伝わってくる。

 その温かい手の感触を、意識が完全に無くなるその瞬間まで感じ続けていた。


「…さん…、…きて…か?」


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 今度はちゃんと耳に届く…ちゃんと声が聞こえる。

「そ…とも、寝ぼ…てる…か?」

 靄のかかった頭ながら、目を覚まそうと、ちゃんと目を開けようとしたが、それは眩しい太陽の光が邪魔をしてくる。

 糸目のように開けているのかどうかもわからない程に僅かな隙間を作り、声の主、自分の目の前にいる誰かの顔を確認した。

 そこにいたのは「ドゥー」で、妙に顔が近い。

「すごい顔だな。それに立たせても寝続けるとか器用過ぎだろ」

「え…、あ~、うん」

 寝起き…になるのか、頭の回転率はかなり低く、状況把握に幾ばくかの時間を有した。


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「女の寝室に堂々と入ってくるとか…、さすがにドン引きだ…」

 起きたって事は…そこは体を休める場所であるのが普通で、それは寝る場所、寝室だ。

 寝起きって事は朝だろうし、それを決定づけるように太陽の光は上からというより正面というか低い位置から当たっている。

 しかし、私の言葉がおかしいのか、ドゥーは私の言葉に笑って見せた。

「ここが寝室なら、見事な野生人だ。俺だったら確実に体調を崩すな」

「ん~?」

 どうも話の内容が腑に落ちない、というか、噛み合ってない?

 右手には妙な名残惜しさがあるが、俺の部分がどうもそこに意識を向けてはいけないと警鐘を鳴らしているため、白い剣を持ったままの左手で、瞼越しに起きたくないと引きこもる目を擦る。


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 それは頭にかかった靄を退かす役割も果たし、状況を整理する余裕を得た。

 眩しさに開け難い目を何とか慣らし、鳥のさえずりが聞こえてきそうな早朝の遊び場を視界に入れる。

「遊び場…?」

 そこはどう見ても柔らかく体を包むベッドの並んだ部屋ではない。

 ましてや雨風を凌げる建物の中でもなく、まさに外だ。

「なんで私、こんなとこで寝てんだ?」

「それはこっちが聞きたいね。早朝の運動をしようと出てきたら、姉さんが倒れてたから、こっちは結構焦ったぞ。それに待て待て言いながら手を伸ばしてくるもんだから、起きてるのかと思って手を引っ張って起こしてみたが、立ち上がってんのに起きてるどころか寝てるし。姉さんは変わった特技を持ってんだな」


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「そんな特技、持ってる訳ないだろ」

 立ったまま寝れるって、徹夜明けなのにバスに立って乗らなきゃいけない時とかにできるぐらいで、それ以外なら余程器用な奴しかできない芸当だ。

「まぁそれができるならそれはすごい事だ。寝ている最中に手を引っ張られて立ち上がれるのも驚くべき事の1つだけど…」

 そして、私はさっきから警鐘が鳴り響く右手に視線を送る。

 まぁ、この手を伸ばし、ドゥーはそれに答えて、引っ張って立たせてくれた。

 ただそれだけの事だったのだけど、未だ掴まれたままの自分の右手を見ていると、妙に頬が熱くなっていくのを感じる。

「うわっ!」

 そして何かの感情が爆発したのか、その状況に耐えきれず、ドゥーの手を振り払って1歩2歩と後ずさった。


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「どうした急に?」

 驚いた表情を見せるドゥー。

 正直私としても、何故そんな行動を取ったのかはわからない。

 俺は別に男に腕を掴まれてるぐらいで動転なんてしない…、しないはずだ。

 これはきっとフェリスとしての条件反射みたいなモノだろう。

 この顔の火照りも、きっとそれが原因に違いない。

 俺にはそんな趣味はないのだから、その結論がしっくりくる。

 実は自分も気づいていない趣味趣向が…なんて、そんな事考えたくもない。

「顔も赤くなってるが、こんなとこで寝てたから風邪でも引いたんじゃ…」

「いや、大丈夫、これの原因はまた別だ」

 彼からしてみれば私の事を心配してくれただけなのは分かってる、分かってるけど、今は素直に受け入れられない状態だ。


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 とにかく、まずは気分を変えようと、何か話題はないかと頭の中を巡らせる…といっても、それにはさほど時間が掛からず行き当たった、

 今普通にこうやってドゥーと話をしているけど、その事に違和感を覚えたからだ。

 今、私は目を覚ましている。

 それ以外の最後の記憶も私が夜も更けた時間にここに来た時の事。

 おかしい…。

 だっていつもなら私が眠りに付けば、次に目を覚ます時にはこの夢は終わり、俺として現実で目が覚めるはずだ。

 なのに俺が目を覚ます事なく、今日もまた、私としての時間…夢が続いている。

「ドゥー、あなたとこの島で会ったのって昨日だっけ?」


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 単純に俺としての記憶が思い出せないだけで、俺という現実の時間を過ごした後、1日跨いだ夢の目覚めなのか。

 そう思ってドゥーに質問をしたのだが…。

「そうだが…、なんだ? つい昨日の事だってのに忘れたのか? それともまだ寝ぼけてんのか?」

 ドゥーの返答に、どうやら私の出した可能性の1つは一瞬にして崩れ去ったらしい。

「というか、気になったんだが、その白い剣、相当大切な物なんだな」

「え?」

 そう言われ、私はいつの間にか、まるですがるかのように、持っていた剣を胸元に当てていた事に気付く。

「え、ええ。大事なモノ」


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 初めての出来事が起きたために気が動転していた。

 この夢を見るようになってしばらく経つけど、その中で初めて起きる事に驚きを隠せない。

 それが私自身の当たり前、基本…となっていた部分の異変なら尚更だ。

 異変が起き始めたのなら、起きる前と起きるようになった時、その間で変わった事が無いかを考えてしまう。

 それはフェリスの装備が戻ってきた事、それ以外ならエルンやドゥーといった近辺の変化だ。

「大丈夫か?」

 突然黙りこくって考え事をし始めた私に、いよいよ彼の抱いた不信感も大きくなり始めたようだ。

「大丈夫、大丈夫」


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 だから少しでもそれを消し去ろうと、同じ言葉を繰り返し、自分にもまた同じ言葉を言い聞かせる。

 何かの変化を全部悪い方向へ考えるのは良くない。

 それは自分で自分の首を絞める事と同義だ。

 この状況はきっとアレ、私が目を覚ます前に俺が目を覚ましたけど、それが記憶に残るよりも早く再び眠りについた…きっとただそれだけの事。

 長いような短いような思考がまとまり、そして結論が出た。

 パズルのピースがはまった時のような爽快感が私を包む。

「よし、解決」

 何となくそんな事を口にしながら、足元に置かれていた鞘を拾い上げ、剣を収める

「考え事でもしていたのか?」


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「まぁそんなとこ」

「悩みなら乗るが」

「そんな大層な悩みじゃないって。今日の飯はなんだろうなって程度のモノだ」

「そうか。んじゃ、飯にするか」

「ええ」

 おそらく思考中の私は、それなりに真剣な表情をしていたかもしれない。

 それでも、私の言動にドゥーはこれ以上踏み込むべきではないとわかってくれたのだろう、余計な事を聞かずに私の肩をポンと叩いて、彼は先に建物に入っていく。

 私も、白い剣を一瞥してからドゥーの後を追うのだった。


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