第一章…「その、小さな者達と。【2】」


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「それで、どうしたいのかな?」

 この子達は情報収集と言っていたが、そもそも収集して役に立つような情報を持っていないし、役に立つようなモノがあるならこっちが聞きたいぐらいだ。

 それに、この子達はそもそも何を知りたいというのか。

「・・・」

 お互い、無言の時が続く。

 私の方は、ただそんな子達を見ているだけだが、女の子の方は一歩前に出てこちらを睨んできている。

 他の2人は…、どうすればいいのか…とあたふたしているだけだ。

 子供と話をする時、ただ立っているだけでは自分の視線が上に来てしまって、子供に対して威圧感を与えてしまう…と何かで聞いたか読んだかした気がする。


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 それに、弟妹のいる身として、このまま話を続けるのは、そもそも嫌だ。

 だから私は部屋から出て、女の子の視線に近づくように、少し屈んでそれを合わせる。

 その子の身長はフィアよりも少し低いぐらい。

 女の子は成長が早いというけれど、早過ぎるという事が無ければ、中学校に入るか入らないかぐらい…だと思う。

 今の私は女でも、そういった比較基準が俺の経験から来るものだ

「それで? 私…というより私達かな。私達の何を探ろうとしていたの?」

 場所が場所だし、経緯によっては人を憎んでいる子もいるだろう。

 それらを知らない状態、後で院長に聞く時間はあるかもしれないけれど、それはそれだ。


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 その情報がないから、もう手っ取り早く聞く事にする。

 単純に私達の事を知りたかっただけかもしれないし、それなら話すだけ、違うのなら、答えられる範囲で答える。

 しかし、私の目の前にいる女の子は口を開かない。

 後ろの男の子達は相も変わらず、どうしていいかわからずおろおろしている。

「・・・」

 気まずい…。

 一向に進む気配のない展開。

 男の子2人はいかにもガキ大将に付いて歩く子のようで、流れでここにいると言った感じだ。

 そして、そのガキ大将であろう女の子がしゃべらなければ、状況は進展しないだろう。


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 もし、男の子のどちらかが実はリーダーだったなら、ある意味すごいというか、大人顔負けの見事な演技だなと思うのだけど…。

 私が部屋にいる段階で、指揮を執っていたのはこの女の子の方だったわけで、あの段階ですでに演技状態だったか?

 やはり男の子のほうが…。

 いや考え過ぎだろう。

 これなら、出ずにこの子達の動向を見ていてもよかった気がする。

 時間が長く感じる暇な時…、それを解消するためにこうやって出てきた訳だけど、完全に裏目ったか。

「こうなったら…」

 出そうになるため息を飲み込み、適当な理由を付けて部屋の中へ戻ろうと思ったが、お互いに考えをまとめるタイミングが一緒だったようで、女の子が口を開いた。


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「お、何かしゃべる気になってくれたかな」

「実力行使…」

「は?」

 そこからは一瞬の出来事だった。

 ギロリッと女の子の目が光り、軽く跳びあがると、宙で横に一回転して、私の横顔目掛けて、細い足がフルスイングのバットのように振るわれる。

 それはそれは見事な回転蹴りだった。

 何日もイクシアにしごかれていたから、反応はできていた…と思う。

 とっさに、顔と迫りくる足の間に手を入れて、防御の構えを取った。

 でも完ぺきではなく、間に合ったのは手だけでその攻撃を受けきるだけの体勢に入っておらず、私はその攻撃を下手に受けるのではなく、数メートル近く横へ蹴り飛ばされる事でダメージを軽減する。


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 蹴り飛ばされた私は、地面にぶつかる事なく、すぐに体勢を立て直す。

 見事な回転蹴り…、攻撃に対して反応し対応できた自分…、両者に褒める所はある…あるけども。

 そんな事より…、この世界には…初対面の相手にはまず1発蹴りを喰らわせてやりましょう…なんていう風習でもあるのかね?

 こんな事ばかりだ。

 威力的にイクシアと比べて強くはないから良かったけど、恐らく魔力の乗った攻撃ではなかったのだろう。

 それでも手には蹴りを受けた名残りか、ジンジンとした軽い痛みが残っている。

「すげぇ~。シュンディ姉ちゃんに蹴られても倒れない」

「この前来た軍人さんは倒れたのにね~」


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 その軍人も悲惨だ、運が無かったな。

 他にも犠牲者がいるなら、この状況は日常茶飯事と言った所なのだろう。

 昔見た昼ドラで、孤児院の子の中に、気性の粗い子がいていじめっ子化していたけど、この子はその類だろうか。

「さすがに…、初対面の人を蹴るのはどうかと思うんだけど…。もっと平和的に解決しないかしら? 別にあなた達に何かしようって訳じゃないし」

 一応、こちらには手を出す意思は無いと両手を上げるけど、女の子の方はファイティングポーズをして、戦いますと無言の宣戦布告状態だ。

 どうしてこうなったのか。

 私は苦笑いを女の子へ向ける事しかできなかった。


ゴツンッ!


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 それは嵐の前の静けさ、そして響き渡った痛々しく重い音は、試合開始のゴングではなく、試合終了のゴングだった。

 建物から現れた1人の金髪ショートヘアの男性、竜の鱗と甲殻に覆われたその拳を女の子の頭へと叩き込んだ。

「いっ…だあああぁぁーーいっ!」

 瞳に涙を溜めて、頭を抱えながらうずくまる女の子、後ろの男の子達は抱き合ってガタガタッと震えている。

 たんこぶ不可避で、どれだけ痛かったかは想像したくない。

「院長の言っていた軍生さん…ですか?」

 女の子の横を素通りして、げんこつを与えた男性が、私の前までやってくる。


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 私は完全に何が何だかわからないというか、置いてけぼりもいい所だ。

「え、ええ、フェリス・リータです」

「俺はここで世話になっている「フウガ」です。よろしく」

「こちらこそ」

 フウガから差し出された手を取り、軽い握手を交わす。

 彼は、尻尾はないけど、両手が指先から手首までダークグリーンの鱗と甲殻で覆われていて、おそらく人種と竜種のハーフのようだ。

「それで…これは…」

 苦笑いが解ける事無く、私は心配しつつ、頭を抱えた女の子の方を見る。

「あ~。気にしなくて大丈夫です。いつもの事なので」


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 普段どんな物騒な生活をしているのだろうか。

「頭を抱えてるのが「シュンディ」、後ろの…体が大きい方が「キント」で、もう1人が「ノイ」だ」

「は、はあ」

 一応紹介になるのだろうけど、頭に入らないというか…。

 このタイミングで紹介するか…という驚きと戸惑いが、頭の中の大半を占めていた。

「まったく。お前は誰かがここに来る度に襲い掛かるつもりか?」

「・・・」

 呆れたようにため息をこぼして、フウガはシュンディに近づいていく。

「そうやって、国の大人共を全員敵に回すのか? たく…、昼食を食べるのが早くてまさかとは思ったが、またやらかすとはな」


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「・・・」

「聞いてるか? お前が何か粗相をする度に力を強くしているからな。次はもっと痛いぞ。これに懲りたら…」

 何か悪い事をしたら叱る…、これは年上としてやるべき事の1つだ。

 フウガはそれを実行しているだけ、しかし痛みを持っての躾けはやる側にも心配になる事がある。

 強くやり過ぎたか…とか、当たり所が悪かったかな…とか、フウガも言葉ではきつい事を言っていたけれど、人が良いのか正直なのか、その手は微かに震えていた。

 少女の様子を伺うように、フウガは一歩だけさらに近づく。

 しかしそれは失策だった。

「おわっ!?」


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「スキアリッ!」

 シュンディはフウガの足を掴んで自分の方へと引き寄せる。

 僅かな体勢の崩れ…、片足が地面から離れ、もう片方の足で姿勢を維持しようと踏ん張るものの、その行動を見越して踏ん張っている足を少女は蹴り払う。

 完全な体勢が崩れた。

 背中を打ち付けるようにフウガは倒れ込む。

「あらあら、リータさんは子供達ともう仲良くなってくれたのですね」

 完全に子供同士の喧嘩、そのゴングが鳴らんばかりの状況で、フィアと院長であろう女性が戻ってきた。

 そして話の流れから目の見えない院長であろう女性が、うれしそうな表情を浮かべ、この惨状を眺めている。


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「これが…仲が良い…?」

 この孤児院のお偉いさんであろう女性がそう言うのなら、そうなのかもしれないけれど、私にはその感性に答える事が出来なさそうだ。

「フウガさん達と顔合わせが済んでいるのなら、説明よりも先に、先に子供達と会いましょうか」

「会う?」

「ええ。顔を会せるのなら早いに越した事はないですし、中途半端に後へ持ち越されるよりかは、その方がよいかと」

「・・・そう」

 とても今更だが、そもそも私はここに何をしに来ているのだろうか。

 ・・・ほんと今更も今更だな。

 予定が変わってここに来はしたが、それから先を聞いていなかった事を思い出す。


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 てっきりお使いかなんかだと思っていたのだけど、この状況からしてそんな事はなさそうだ。

「フェリさん、どうかしましたか?」

 今更な事に関して、わかっている範囲で状況を整理するも、当然それがまとまる訳もなく、頭の中のモヤモヤが表情に出ていたのか、フィアが心配そうな表情を向けてきていた。

「いや、顔合わせするのはいいんだけど、そもそも私、ここに来た理由を知らないのよね…て思っただけ」

「「え?」」

「ん?」

 自分が変な事を言っているのは重々承知しているつもりだけど、こうやって改めて他人に?マークを浮かべられると動揺してしまう。


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 聞かなかった私にも非はあるけれど、そもそも情報伝達が疎かな状態が不味い…、と口には出さずに頭の中で責任転嫁をする。

「すまない。詳しく聞かなかった私が悪い」

「あ…、いえ、気付かなかった私も悪いので」

「・・・」

「・・・」

 このままでは袋小路。

 こっちが悪い、いや私が悪い…なんて、そんな事言い始めたら終わりなんて一生訪れないだろう。

 かといってフィアの言葉を肯定しては、まるで彼女を悪者にするようで気が引ける。


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 場の空気は隣で始まっていた喧嘩が収まるほどに冷えてしまっていた。

「では。私は子供達と先に行っていますので、マーセルさんはリータさんに簡単でいいので、説明しながら来てください。ちゃんとした話はまた後で、私は子供達への説明を済ませておきます。早くしないとご飯を食べ終わった子達がシュンディさん達みたいに遊びに行ってしまいますので」

 そう言って女性は男性に少女…男の子2人を、建物の中へと連れて行った。

 私からしたら嵐が過ぎ去ったとも言えるけれど、あの女性の行動は逃げているのと一緒では…。

 別に攻める気は毛頭ないけど、できれば場を落ち着かせる手助けをしてほしかった…。

「・・・、えっと…」


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 案の定というか、誰が悪いとかはないけど、情報伝達のミス1つでここまで気まずくなるものか…。

 その1つが一番大事だったわけだけど、申し訳なさがお互いにあって、それが両者とも前に出過ぎてしまっているのが原因だな。

「…じゃあ私達も行こうか、フィー」

「え…、あ、はい!」

 こんな事をいつまでやっていてもしょうがない。

 自分に言い聞かせならが、私は建物の中へと戻った。


「エルンさんも忙しい身ですので、よく伝達漏れをする事がありまして…」

「ええ、そうらしいわね。この状況からして」


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「はい…。それで…、フェリさんは何も聞いていないのでしょうか?」

「全く。私の頭の中にはいつも通りの予定しか入ってないわ。ここに来て何をするのかは、さっきも言ったように知らない」

「で、では、説明します。ここに来た理由はいくつかあるのですが、1つはいつもと違う体験をする事でフェリさんの記憶が取り戻せないかというモノ。次にフェリさんが軍生に復帰した後、しばらくはこの島の軍基地に入る事になるらしいので、この地に慣れてほしいとの事です。他にもあるらしいのですが、この2点だけ覚えておいてほしいと言われて」

「なるほど。しばらくはこっちで生活…か」

「そうです」


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「だからエルンに渡された荷物の中に、服やらなにやら、色々入っていたのね」


 フィアの説明を受けつつ、彼女に案内されるがまま建物内を移動していくと、少し広めの部屋に来る。

 中央には大きいダイニングテーブルに、壁側にはキッチンスペース、それとテーブルの間を隔てるダイニングカウンター。

見ての通りの食事処、食堂とかダイニングとか呼び方はいくつかあるけれど、天井を高くしてあり壁は白塗り、光も多く差し込んでどこか落ち着く、食事時以外でもここに居たいと思えるような、そんな空間だ。

 そして部屋に入って来てから、テーブルを囲う椅子に座る数人の子供の視線が一斉に自分に集まるのを感じた。


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 数人は流れで顔見知りになってしまった子達、シュンディという少女に、お供の男の子2人、後はシュンディを止めに来た男性…というか青年のフウガ、それ以外に3人の子がいる。

 余談だが、テーブル席とは違うカウンターに並べられた椅子には、顔色が幾分かマシになったイクシアが怠そうに座り、水をちびちびと飲んでいた。

「来ましたね。では皆さん新しいお姉さんが来ましたので挨拶をしましょうか。こんにちは~」

「「こんにちは~」」

 女性の言葉に釣られるように、子供達が元気の良い声を上げる。

 それの流れで、私も軽いお辞儀をした。

「リータさんには自己紹介をしていませんでしたね。私、このエアグレーズン孤児院にて院長を務めています。「トフラ・ラクーゼ」といいます、遠慮はいりません。「トフラ」…とお呼びください」


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「・・・よろしくお願いします」

「では、可愛い子供たちの紹介をさせていただきますね。…じゃあ年長者からいきましょう」

「はい。さっきは見苦しい箇所を見せてしまい申し訳ありません。先ほども名乗りましたが、改めて、俺はフウガって言います。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げるフウガ、その様子に不服そうな表情を浮かべるシュンディは、不満を表に漏らす。

 フウガの自己紹介が終わり、彼が席に座り直しても、次の子が席を立たない。

「シュンディさん?」

 一向に動こうとしない彼女に、トフラは心配そうな表情を浮かべて顔を覗き込む。


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 見た目通りというか、やはりフウガの次はシュンディらしい。

 初めて来た訳だし、彼女の事を知らないから当然ではあるが、私に…というより大人に対しての態度が雪国並みに冷たいと見える。

「・・・シュンディ、よろしく」

 トフラに促されて、しぶしぶと言った雰囲気で、席から立つ事はせず、簡略化された挨拶をする。

 自分が悪い訳ではないし、だからこそ対応に困るというモノだ。

「はい、シュンディさん、ありがとう。ではどんどんいきましょう!」

「「お~っ!」」

 賑やかというか個性的な面々だな…と、この光景を見ていて思う。

 決して多くはない子供達、最初に自己紹介を終えたフウガとシュンディも個性が強そうだし、残っている子もお互いが被る事のない個性を持っているように思える。


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 次に自己紹介をしてくれたのは「デリカ」という女の子、茶色の鱗を持つ竜種で、話し方からシュンディとは違う大人しさを感じる。

 次はシュンディと共に私の所へ来ていた人種の男の子2人、名前は「キント」と「ノイ」、2人とも同い年で体が大きい方のがキントで、どことなく間の抜けたような話し方をするのがノイ。

 最後が年少組の「ワイズ」と「トーリ」、歳はトーリの方が1つ下らしいけど2人共自己紹介と言われても何をどうしたらいいのかわからないという雰囲気で、トフラが代わりに紹介してくれた。

 ワイズは本が好きな人種の男の子、トーリは人種と竜種のハーフで首と下顎付近に白の鱗と甲殻がある。


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 以上がこの孤児院で生活をしている子供達だ。

 フウガ19歳、シュンディ12歳、デリカ10歳、キントとノイ9歳、ワイズ5歳、トーリ4歳。

 フウガに関しては、子供と言っていいものかわからないけど、私としては現実が20歳で成人だし、そこから大人という事でいいかと思っている。

 現状、自己紹介の様子を見た感じでは、とりあえずこちらに牙を剥いているのはシュンディだけのよう。

 他の子達は落ち着いているのか、それとも人見知りをしているのか…、ともかく敵意を向けてくる様子はない。

「自己紹介ありがとう。では私の方も自己紹介させてもらうわね。私の名前は「フェリス・リータ」。一応、仮という事になっているんだけど、軍人で戦闘術軍生をやっています」


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 人数が人数なだけに一度に子供達の事を覚えきる事は出来ない。

 だからそちらは追々覚えていくとして、私は自分の自己紹介をする。

 自分の立場、状況、この世界での肩書を子供達に教えても仕方がないから、私は階級だけ伝えてお辞儀をした。

 まぁ、その階級も仮、軍人というのも仮で保留状態だが。

 でもそれ以外に紹介する事が無い。

 ここに来て、ここで生活をする事になった事はわかったけど、何をするかまではわからないから説明もしようがない。

「はい。ありがとうございます」

 私が頭を上げると、自己紹介の終わりを告げるように、トフラが手を叩く。


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 そしてそれを合図に、待ってました…と言わんばかりに数名の子供が外へと走り出し、そして残った数人の子供は空いたお皿を片づけ始める。

「ジッと話を聞き続けるのは子供達には辛いですから」

 そのあっという間な光景に付け足すようにトフラは微笑みながら話した。

「そ、そうですね」

 トフラの言葉に肯定するも、最初に飛び出していったのがシュンディだったので、別の意味も含まれるだろうと感じ、私は思わず苦笑してしまった。

「ではお話はまた後でしましょう。リータさん達は長旅で疲れもあるでしょうから休憩していてください」

「あ、手伝います」


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 食事の片づけをしようと洗い場の方へ向かうトフラ、そしてそれに気付いたフィアが後を追う。

 私もその手伝いをしようかとも思ったけれど、2人の他にフウガとデリカが片づけをやっていたので、これ以上人手は必要なさそうだった。

 とりあえず、椅子に座って一休みする。

 休憩していてくださいと言われても、住み慣れた場所だったり、通い慣れた場所だったり、そういった場所ではないほぼ見知らぬ土地では落ち着かないし、そんな事を言われても困る。

 完全に手持ち無沙汰な状態。

 そこに助け舟と言ったらいいのか、それとも試合開始のゴングの音と言ったらいいのか、捉え方に困る声が私を呼びつけた。


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「フェリ! やるぞ!」

 その元はイクシアだ。

 さっきまでへばっていた奴とは思えない程の声を上げる。

 まぁその表情は優れないけど。

「やるって…何を?」

 当然の返しだ。

 急にやるぞと言われても、反応に困る。

「何って? 特訓に決まってるじゃん。ウチとフェリがやる事なんて他に無い」

「他に無いって事は無いと思うけど…」

「いいんだよ。とにかくやるよ」

「いや~、イク、顔色優れないし。そもそも休んでいてと言われたから、お言葉に甘えて休んだ方が…」


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「特訓を必要としているのはウチじゃなくてフェリだし、あんたの体調には問題ないだろ?」

「それはそうだけど」

「決まり…、行くよ」

急げと言わんばかりに、振り上げた手をクルクルと回して、その準備を進めるイクシアに私は選択肢が無いのだと悟る。

 正直、この夢の世界で生活する上で、こんな事は初めてではないし、慣れ始めている自分もいる。

 押しに弱いというか、やりたくない!と言えない自分もいるし、そんな事を言えない立場でもある自分もいる。


---[60]---


 結局はそんな理由が頭をめぐった。


 この孤児院の敷地は広い。

 建物だって立派な造りをしているというのに、それに加えて広い敷地を有しているというのは驚きの一言だ。

 俺の住む国なんて土地が無い、土地が高い、と言われて広くする事も出来ず、高くしていく事で建物を建てる場所の問題を解決していく。

 この世界は俺の世界よりも土地というモノが貴重で…、場所もないというのにこれだけの敷地を持つとは…。

 さっきはシュンディに絡まれていたから、視野が彼女に一点集中していたけど、視野を広くして、改めてそこを見た時、普通に驚いた。


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