第9章 戦えないと意味がない

 西部方面軍は、最新鋭の機甲部隊だ。戦車は強力だし、多数の航空機も保有している。兵士は基本的にトラックで移動するので、長距離移動でも疲れない。


 それに対してファラム侯国の装備は旧式だった。長いこと平和主義をとり、兵器の更新をおろそかにしてきたのだから、そうなるのも当然だろう。


 だから侯国軍は、西部方面軍に対して劣勢に立たされた。今や武器弾薬も底をつきかけ、軍隊組織としても壊滅寸前となっている。


 それなのにファラム侯国に勝ち目があるというのか?


 ケイオス将軍は疑問だった。だから前線に出るにあたり、サクヤを部屋に尋ね、問いかけたのだが、


「兵力だけでは、必ずしも勝敗は決まらない」


 サクヤは自信たっぷりだ。


「ならば勝敗は何で決まるのか?」


 ケイオス将軍は詰問する。


「たとえば刀剣で戦っていた時代を考えてほしい。頑丈がんじょうで切れ味のよい刀剣や、遠くまで勢いよく飛んでいく強力な弓矢などを、敵よりも多く保有している軍隊は強いと思うか?」


「異なことを言う。強いに決まっているではないか」


「しかし、その軍隊が幼稚園児ばかりで編成されていたとする。それでも強いと言えるか?」


「幼稚園児の軍隊だと? そんなもの弱いに決まっているではないか」


「そうだ。弱い。いくら武器がすぐれていても、それを扱う人間がまともに戦えないなら意味がない。それこそ宝も持ち腐れだ。役には立たない」


「ん?」


「これは共和国――西部方面軍とて同じことだ。たしかに優秀な兵器を数多くそろえているようだが、それを使うのは将兵だ。将兵が戦えなければ、どんなに優秀な兵器があっても弱い」


 思い出してほしい。


 サクヤが「鬼神」として西部方面軍を襲撃し、戦車を斬りまくっていたとき、どうなったか。


 西部方面軍は大軍を擁しており、局部的にサクヤにやられただけで戦力をほとんど喪失していなかった。それにもかかわらず、恐れをなして引き下がっている。


「つまり敵の戦意をそげば勝てると、そう言いたいのか?」


「そうだ」


 サクヤが言うには、かつてタカスギ・シンサクという武人は、少ない兵力で敵の大軍と戦ったとき、夜にたくさんの篝火かがりびいて見せたそうだ。


 これを見た敵軍は「大軍がいる」と勘違いして恐れをなし、みずから城に火を放って逃げ出したという。


「敵の本陣を急襲し、大将の首をとる。しかも、敵陣で鬼神のように暴れまわって見せれば、敵は恐怖のあまり戦意を喪失するだろう。こうなれば勝ちだ」


「なるほど……。座して死を待つより、勇ましく戦って花と散ったほうが潔くもあるな。善は急げだ。さっそく夜襲を準備しよう」


「いや、白昼堂々と正面きって突撃したほうがよい」


「は?」


 ケイオス将軍は驚いた。そんなことをすれば、敵の砲撃や銃撃にさらされる。犠牲もはかりしれないし、そもそも襲撃が成功する確率も低下する。


「確かに命がけにはなるが、われらの鬼神のごとき戦いぶりを敵の目に焼きつけ、恐怖させるためには明るいときでないとダメだ」


「まあ、確かに暗いと、われらの戦いぶりを見せつけることができないが……。だが、わかった。そういうことなら、ただちに決死隊を編成しよう」


 かくして1000名の決死隊が編成され、目につきにくい間道をつたって一路、西部方面部の司令部がある野営地を目ざした。


 ◇ ◇ ◇


 ファラム侯国は「森の国」だ。至る所に木がうっそうと茂っているので、身を隠す場所には事欠かない。


 サクヤたち決死隊は、いくつかにわかれ、森の中の間道を駆けていった。ここを通れば敵の目につくことなく、敵に近づくことができる。


 目ざすは、西部方面軍の野戦司令部が置かれている田園地帯――その手前にある林の中で合流し、突撃のタイミングをはかる。


 今や田園地帯は、西部方面軍に制圧されていた。その地域にあるファラム侯国の離宮も占拠され、今では西部方面軍の野戦司令部として使われている。


 司令官のオルム大佐は、侯爵の執務室だった場所を私室として使っていた。副官たちとテラスで優雅にティータイムを楽しんでいると、遠くから轟音が聞こえてきた。


「エンジン音? 飛行機? 今日は飛行予定などあったか?」


 オルム大佐が怪訝けげんそうに言うと、副官たちは一様に首をかしげて見せた。


 そのとき空襲警報が鳴り響く。


「すわ、敵襲か!?」


 オルム大佐たちは一斉に立ち上がる。


 遠く西の空に目をやれば、豆粒くらいの大きさにしか見えないが、いくつかの飛行物体が見える。


「まさかだが、ファラム侯国の航空隊か?」


「わが軍のものでなければ、敵機だと思います。が、どうしてこのタイミングで……?」


 ファラム侯国にも、航空隊があった。


 保有機数は全部で複葉機がわずか10機――ただし、それらはいずれも戦闘用ではなく、偵察用にすぎない。しかも、すべて旧式だ。


「戦力外かと思いきや、まさかあの航空隊オンボロを投入してくるとはなぁ」


 オルム大佐はさげすむような笑みを浮かべながら言った。副官たちも同調し、ニヤリとして見せる。


「もはや武器も弾薬も尽き、なりふりかまっていられなくなったのでしょう」


「出せるものは、なんでも出す、と?」


「はい。そのうちくわかまを手にして襲ってくるかもしれませんな」


 副官の一人が笑って軽口をたたくと、だれもが「ちがいない」と大笑いした。


 オルム大佐たち西部方面軍の軍幹部は、だれもがファラム侯国軍をなめきっていた。「もはや風前のともしびだ」と完全にあなどっている。


 そうこうするうちに砲音や銃声が聞こえてきた。西部方面軍が高射砲や機関砲で、対空攻撃を始めたのだ。空に向かう多くの射線が、まるで地上から空に向かって降る雨のようだ。


 それを見て、オルム大佐はほほ笑みながら、満足げに言った。


「無駄なあがきだ」


「はい。わが軍の猛烈な攻撃で、すぐに撃墜されて終わるでしょう」


 そんな余裕の予想に反して、ファラム航空隊は善戦健闘した。


 パイロットはいずれも熟練パイロットだ。ファラム侯国のイベントなどで披露した見事な曲芸飛行の腕前で、たくみに砲弾や銃弾をかわしていく。


 かわしながら爆弾を投下してまわる。


 地上に降った爆弾は、次から次に黒煙を吐き出した。煙幕弾だ。


 西部方面軍の野営地は黒い霧につつまれ、急激に視界が悪化していく。ファラム航空隊がどこを飛んでいるのか、よく見えなくなってきた。これでは高射砲や機関砲の照準を合わせられない。


 ただし共和国の戦法は、物量作戦、人海戦術、飽和攻撃だ。


「敵機が見えなくても関係ない。弾を惜しまず撃ちまくれ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるものだ」


 現場の指揮官たちは、だれもが同じようなことをがなった。


 砲手や銃手たちは、あたりかまわず撃ちまくる。


 結果としてファラム航空隊の複葉機は、奮戦むなしく1機また1機と撃墜されていった。


 だが、しかし、


「ただでとされるほど、オレたちは素直じゃない」


 どのパイロットも撃墜されるときは、必ず弾薬や燃料の集積場所を狙って落ちていった。煙幕のせいでよく見えないが、それらしいところに見当をつけて操縦桿を動かし、機体を向ける。


 うまく命中したときには爆炎が吹きあげ、もうもうと黒煙が立ちのぼった。周囲に与えるダメージも大きい。


 最終的にファラム侯国の航空隊は、全機が撃墜されて終わる。


 が、西部方面軍の野営地一帯は、すっかり黒い濃霧に覆われていた。近くにいるはずの友軍や戦友の姿ですら、よく見えない。


 このときすでにサクヤたち騎兵隊――決死隊は、西部方面軍の野営地に突入を開始していた。


 煙幕が目隠しとなってくれているおかげで、西部方面軍の砲撃や銃撃も効果激減だ。なにしろ決死隊が目前に迫るまで、どこに決死隊がいるのか見えないのだから、西部方面軍の将兵としては撃ちにくい。


 もちろん対空攻撃と同じで、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とばかりに撃ちまくればよいのかもしれない。しかし、


「撃つな! 味方だ!」


 あちこちから怒声とも、悲鳴とも聞こえる大声が聞こえてくる。


 そう、水平射撃の場合は、対空射撃の場合とは事情が異なっていた。下手に撃ちまくれば、同志討ちになりかねない。


 その結果、どうしても射撃が控え目になってしまわざるをえない。


 おかげで決死隊のダメージは、今のところ少なかった。


 もちろん時には銃弾がかすめることもある。中には銃弾に撃ち抜かれて落馬する者もいれば、砲弾の直撃や爆風によって吹き飛ばされる者もいる。


 それでも煙幕のおかげで、命中率は格段に低い。


 決死隊は、友軍機の犠牲とひきかえに命拾いをしているようなものだった。ケイオス将軍は心で合掌しながら、航空隊の献身を思う。


(おまえたちには感謝してもしきれない。おまえたちの死はムダにはせぬ)


 ◇ ◇ ◇


『闘戦経』第9章


〇原文・書き下し文


 |兵(へい)の|道(みち)は|能(よ)く|戦(たたか)うのみ。


〇現代語訳


 兵法とは、戦えるということにすぎない。


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