#3 逃亡&ウエイトレス

「このパフェおいしいですね」


 浅草ステーション構内のカフェ。カウンター席にはぎこちない様子の親子が座っている。ミカとナツミの変装だ。最初はミカも恋人を演じようとも考えたが、明らかに不自然で釣り合わないので断念した。


「そうか……」


「食べてみます?」


「ああ……」


 ミカは周囲を警戒しながら差し出されたパフェを食べる。旅館であればセキュリティは完璧だが、一歩でも外にでればいつ襲撃されてもおかしくはない。


「ご注文は他にございますか?」「おまたせしました! こちらがソースカツ・パフェになります!」


 二人のバニー着物ウエイトレスが働いている。高崎線セントラルへ向かう弾丸列車は正午に到着する。それまで、あと五分……


「いらっしゃいませ! 空いたお席にどうぞ!」


 クニサダ・コス姿の男がミカの隣に座る。一見すると、ただの観光客にも見える。しかし


「……」


 ミカはいつでも動けるように体を緊張させる。修羅場を潜り抜けてきたミカだからこそ感じられる危険な空気。


「そんな怖い顔しないでくれませんかねぇ」


 のんびりとした口調で男は話し始める。しかし、話し方とは裏腹にいつでも刀を抜き、ミカを斬ることができる状態を維持している。


「細かいことは抜きにするとですね。その少年を渡してもらいたいんですよ。いや、ただとは言いませんよ?そちらが貰う報酬と同額……いや、少し上乗せしますから」


「……力ずくで奪わないのか?」


「いやいや、私は平和主義者でしてね? それに強奪ミッションで商品に傷を付けると面倒なのは、ご存知かと思いますが、依頼者からも完璧な状態で連れてくるように言われているんですよ」


 しばしの沈黙。ナツミもその会話を聞いて不安そうにミカの顔を見、服の袖をぎゅっと掴む。ミカとナツミの視線が合う。その瞬間


 <列車が参ります! 白線までお下がりください!>


 アナウンスが流れ弾丸の形をした列車が入って来る。


「そうだな……答えはこれだ!」


 ミカは銃を素早く抜き天井に向けて二発! その銃を男に放り投げる!


 男は自分に向けられた銃撃なら反応できた。しかし、予想外の行動に反応が遅れ銃を受け取ってしまう。


「ピー、ガガガ、発砲を確認! バスターモードへ移行! ターゲット確認! バスター!」


 バニー着物ウエイトレスの目が赤く光り、戦闘体制に移行する。そう、彼女たちは戦闘機能付きウエイトレス・アンドロイドだったのである。


 ミカはナツミを抱き抱えるとガラスを突き破り窓から脱出!男は追おうとする。


「バスター!」


 ウエイトレス・アンドロイドが男を発砲者と誤認!スカートからコンバットナイフを取り出し斬りかかる。しかし!


「ピガーッ!」


 一刀両断!ウエイトレスは一瞬にしてスクラップへと変わる。男の手には赤熱した刀……そう、高振動によって熱を発生させるヒート・カタナである!


「やってくれるねぇ……」


 声の調子は変わらないが……その表情にはとてつもない怒りを感じさせる。


「バスター!」


 もう一人のウエイトレス・アンドロイドが胸をはだけさせる。そして、二本の銃身が胸を突き破り出現!高速で弾丸をばらまく! 男は柱の影に滑り込み、身を隠す! 流れ弾が客をハチの巣にする。


 ——絶叫、悲鳴、怒号……店内は地獄絵図だ。


 ウエイトレスは柱に向かい弾丸をさらに吐き出す。柱がみるみる削れていく。


「まったく……いい加減にしてほしいねぇ……」


 男は柱から飛び出し、ウエイトレスに迫る。


 激しい銃撃……しかし、男は客の死体を盾にする。


「このポンコツが!」


 客の死体を投げつけ、その客ごとウエイトレスを真っ二つに斬り裂く。


 <発車しまーす! 駆け込み乗車はおやめください!>


 発車のアナウンス。列車の定刻運行は神聖にして絶対である。駅は騒然としてるが、この程度では阻害されることはない。男は刀を収めると深いため息をつく。体は小刻みに震え怒り抑え込んでいるようだ。駅はますます騒然とし始め、草津ヘブンポリスのサイレンが聞こえてくる。


「ピー、ガガガ……ババババ!」


 男はウエイトレスの頭を踏みつぶすと裏口から逃走した。


 ————————————


「飯、買ってきたぞ」


 弾丸新幹線の特別個室、畳敷きのスペースにナツミは不安そうに座っている。


「ありがとうございます」


「安心しろ。ここなら安全だ」


 弾丸列車・カラッカゼ……各街をつなぐ交通手段の一つだが、利用者は多くない。ネオ群馬では道路網が充実しているため、移動には列車よりも車が利用される。では、なぜ、列車が利用されるのか?


「セキュリティは完璧だ。だてに高い金を払うわけじゃないからな」


 そう、自動車事故は、把握されているだけで年間、数千万件にも上り、毎年何十万人もの死者を出している。しかし、列車に関しては無事故、無死傷者を毎年記録している。本当にそうかはわからないが、自動車よりもはるかに安全であるのは間違いなく、上流階級の利用者も多い。上流階級の人間が多いということは、当然、それだけセキュリティも高くなる。


「セントラルに着いたら忙しくなるからな、食べておいた方がいいぞ」


 ミカは買ってきたダルマ・ランチを机に置く。列車の旅での定番の弁当である。弁当箱用ダルマを輪切りにし、各段に様々な食材が詰め込まれている。ナツミのダルマ・ランチは十段もある一番上等なもので、もちろんナチュラルな食材をふんだんに使っている。


「あの、ミカさんは……」


「ん?ああ、俺はこれで十分だからな」


 ミカのものは、醤油で炊いた米だけの二重段のランチである。もちろん一番安いわけだが、ナチュラルな米をナチュラルな醤油でたくと言うのはぜいたく品である。別に金がないわけでも、特別な理由があるわけでもない。単に、仕事中は贅沢な食事をとらないという癖がついているだけだ。


「えっと……お嫌いでないなら一緒に食べませんか?」


「え?」


「あ、その……おいしいものは二人で食べた方がおいしいって知りましたから」


「ん?知った?」


「あ、なんでもないです! どうぞ!」


 ナツミはお重をミカの方にいくつか寄せる。ミカは違和感を感じたが、それ以上は深く聞こうとはしない。誰でもいいたくないことはある。


「ああ、ありがとな」


 車窓からは遠くに高崎セントラルの明かりが見えていた———

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